不思議なスナック(改訂版)
カツオシD
不思議なスナック
駅前商店街の外れ。一杯横丁にある『スナック美代子』は不思議なスナックだ。
今年還暦を迎えるママが一人で切り盛りしている店なのだが、ここに集まる常連さんの趣味、年齢、性別等が見事にバラバラなのだ。
俺のように会社務めの四十代サラリーマンや三十代のOLは元より、六十代の鳶職から八十歳近い御隠居さんといった年配の客。逆に二十代のあまりこうした酒場には来ないと思われるオタクっぽい人から、子育て中の主婦、女子大生までといった具合だ。
そうなると、酒が入っても客同士の会話が進まない。
例えば俺が「釣りとか行きはります?」と聞いても「私は餌のミミズなんかが苦手で」と言われれば、そこで話が終わる。
八百屋の主人が「ワシ、タイガースのファンやねん」と切り出しても、「ああ村山さんがいた所やね」とか「野球は詳しうないけど、イチロー選手はようCMに出てはるねえ」といった答えしか帰って来なければ、関心の薄さが伺えて別の話題に移らざるをえない。
以前、酒が入ったオタクさんが深夜アニメの奥深さについて熱心に力説をしていたが、時折ママさんが「へえ~そうなん」とか「最近のマンガは絵が上手やね」と、相槌を打つだけで、他の常連客は誰もそれを聞いていなかった。
仕事帰りに店に立ち寄れば、殆どが顔見知りなのでペコリと頭を下げて一応挨拶をするものの、たまにママさんと話をするだけで、ビールや日本酒、チューハイ等を注文してはチビチビと飲む。それがこの店の暗黙のルールだ。
時折、誰かが思い出したようにカラオケを歌う事もあるが、曲の好みもまったく合わないので、終わったなという時にパラパラと拍手をする。
友人にそういうスナックだと語れば、誰もが「そんな店で飲んでいったい何が面白い? 酒を飲む場所など、どこにでもあるだろうが」と言われる。時には「なるほど分かった。きっとママさんの出す手料理が格別でしかも安いんだろう」とかってに納得する者もいる。
ところが、そうではない。
ママさんの手料理は、俺が作った方がまだマシというレベルだし、店もボロくて手狭だ。料金だけは良心的と言えるが、これで高ければさすがに腹が立つ。
それなのに、飲んでいるうちにしだいに楽しくなっていき、店を出る頃には「よし明日もまた来よう!」という気持ちになるのだ。
そんな調子なので、出張で四、五日も来れない時には居ても立ってもいられなくなる。
もしかしたらママさんが付出しに変なキノコでも盛ってるんじゃないか? と、疑った事もあったが、たまに間違って入ってくる常連以外のお客さんにも同じ付出しを盛りつけている上、そうした人達が居心地悪そうにすぐ出て行くところを見ると、そういう事もなさそうだ。
だとすると、俺は何故この店が好きなんだろうか?
その事が自分でもずっと不思議だったが、ある時ひょんな事からその謎が解けた。
「ミスター内山、一度君の通うバーに連れて行ってくれないか?」
そう言ったのは、シアトル本社から出向で大阪に来ていたデビッドだった。
東洋の伝統や風習に興味があり、陰陽道や仏教の経典まで読みあさっているという変なアメリカ人で、庶民の暮らぶりについても知りたがっていた。
俺には苦手なタイプの外国人だったが、同僚ということで昼食を共にした折、不思議と居心地がいいというこのスナックの話をすると「是非とも」と頼まれてしまったのだ。
「もしかしたら風水を利用しているのかもしれませ~ん」
デビッドはそんな冗談を言いながらスナック美代子のドアを開けた。
が、その途端フラリとなって膝を付き、頭を抱えてその場に座り込んでしまったのだ。
「デビッド、どうした?」
俺は驚いて常連客と一緒に彼を助け起こし、とりあえずカウンターに座らせた。
デビッドは「わかりませんがドアを開けた時、強い警戒波が襲ってきました」と言って九字を切りながらエクソシストのように呪文を口ずさみ始めた。
よく聞くとそれは唯の般若心経だったので、ちょっと拍子抜けしたが、しばらくすると俺達の背後を見て目を見開き、「そうか、わか~りました!」と興奮して言った。
「な、何がわかったんや?」俺はちょっと不安になりながらも尋ねると、
「みなさんの居心地が良い訳ですよ。もしかして、ここに集まった人達はみな身内の方を戦争で亡くさ~れてませんか?」
「ワシの父がタラワで亡くなったよ」
それまで黙って日本酒を飲んでいた常連客の爺さんがポツンと口を開いた。
「あれ、私の母方の祖父もタラワで亡くなったて聞きましたわ。なんでも小隊長やってはったとか」
と、これはママさん。
待てよ、そういえば俺のひい爺さんもタラワで亡くなったと親戚のおばさんが言ってなかったけ?
俺はゾッとしながら全員の顔を見た。
どうやら誰もがタラワという地名に心当たりがあったようだ。
「みなさんの背後にいる守護霊さん、みんな同じ部隊の仲間だったですよ。だか~らアメリカ人の私が入った時、警戒したんですね」
デビッドがママから出された突出しでビールを飲みながら、一人納得したように頷いた。
要するに常連客達の趣味や年齢がバラバラでも、その守護霊達は全員、かっての戦友であり顔見知りだったのだ。
『スナック美代子』は、守護霊達が昔に思いを馳せながら、守っている子孫達の悩み事などを語り合い、助言を聞く憩いの場所だったらしい。
そういえば誰もしゃべってないのに、ふと全員が可笑しくなることがあったが、ひい爺さん達、まさか子孫の失敗を酒の肴にして全員で笑ってたんじゃないだろうな。
( おしまい )
不思議なスナック(改訂版) カツオシD @katuosiD
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます