第4話 8月某日土曜日朝の話(4)
テレビのない場所での食事は酷く静かだ。かといって普段通りにスマホを持ち出すのはマナー違反の様な気がして、躊躇ってしまう。そんな微妙に落ち着かない私とは対照的に先輩は沈黙さえも気にならないらしい。のんびりと箸を動かしているのを見て、咀嚼の合間に会話を試みる。
「先輩は昨日ここに泊まったんですか?」
「昨日っていうか……ちょいちょい?」
「……私、5月から当番の度に先輩が寝てるの見てますけど」
「知ってるなら聞かなくても良いじゃん」
「いやーん」と恥ずかしそうに身体をくねらせる先輩を無視して再び箸を動かす。
『動物管理学教室には住人がいる』
ゼミを選択する時に流れてきた七不思議の一つにすらならない噂はどうやら本当だったらしい。
動物管理学教室4年
可愛いと綺麗が混じった様な顔立ちと誰にでも打ち解ける明るい性格。そんな彼女は友人も多いし、教室の教授までもに可愛がられる存在だ。
リア充を地でいくような人がどうしてこんな場所に住んでいるのか目の前の女性の考えが理解出来なくて思考を放棄すると、マグカップに残った味噌汁を飲み干して両手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
「いいえ」
にこにこと返答を返す先輩に一瞬疑問を浮かべたものの、「ごちそうさま」には作り手に感謝する気持ちも含まれているのだったと気づき、軽く頭を下げる。
「ちなみにその卵、遺伝子学教室からもらったの」
「!?」
『遺伝子学教室』は主に小動物を実験に扱うゼミで飼育棟の一番手前を管理している。つまり、私が食べたのはガラスの向こうのケージに入った鳥のどれかが産んだ卵らしい。実験動物の滅菌処理もされていない卵を口にしたという事実に軽く忌避感を覚える、そんな態度を察した先輩が困った様に笑みを浮かべた。
「そんなに嫌そうな顔しないでよ。生産者の顔が見える安心安全な卵なんだから」
「……先輩、自分で上手いこと言ったみたいな顔になってますよ」
「え!? うそっ!」
傷ついた様な表情に何故か罪悪感を覚え、あえて茶化すと両手を頬に当てた先輩がしばらくしてはっとした表情を浮かべる。
「もう、知代ちゃん!」
「そういう訳で片付けは私がします。
先輩はゆっくりしててください」
返事をするより早く二人分の皿を重ねて椅子から立つ。
「二人でした方が早いのにー」
「良いんです」
簡易というだけあって、キッチンは狭い。幸い大した量でもないし、当番に比べたら些細な事だ。手早く洗い、濡れた手を振って乾かしながら先輩にまだお礼を言ってなかった事を思い出した。
「先輩」
「ん?」
「当番、手伝ってもらってありがとうございました」
「どういたしまして」
思ってもみなかったといわんばかりにきょとんと目を丸くした先輩がにこりと笑う。私に向けられたその笑顔が眩しすぎて、思わず目を奪われた。
日常、時々、先輩 菜央実 @naomisame
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。日常、時々、先輩の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます