神様ドライブは2人乗り

ちびまるフォイ

本当の神様はお客様です

タクシーが止まると神様が乗ってきた。


「どちらまで?」


「どこへでもいい出すがよい」


「は、はぁ……」


運転手は車を発進する。

バックミラー越しに神様の様子をチラチラと伺う。


「私は見ての通り神だ。どうして車に乗ったかわかるか?」


「まるでわかりません」


「神様ともなるとあらゆる奇跡を起こすことができる。

 瞬間移動だってできるのに、あえて車に乗ったのだ」


「はぁ」


「つまり、ちょっとしたきまぐれというわけだ」


「そ、そうですか。それでどこまで行けばいいですか?」


「言ったであろう。どこへでもいい、と。

 私が飽きたらそこが目的地となる」


神様に失礼のないようにいつも以上に真剣な運転で車は進む。

しばらく進んでいると後部座席の神様が声をかけた。


「ここでいい」


「え、ここで?」


「飽きたのだ」


「そうですか。お代は1万と――あ、ちょっと!?」


神様はゆうゆうとドアを開けて外に出てしまった。


「なに? お代?」


「か、神様といえどこれをもらわないとやっていけませんから」


「私は満足していない。満足していないのにどうして払う必要がある?」


「え、ええ……?」


神様論理はむちゃくちゃだったが、これ以上逆らっても無駄そうな空気を感じ取り

運転手はそのまま諦めて消えていく神様の後ろ姿を見送った。


それからしばらくして、また神様がタクシーに乗ってきた。


「どちらまで?」


「どこへでもいい。きまぐれだ」


車は発進した。


「運転手」

「はい」


「お前は以前に私を乗せたことがあるな?」

「はい、お代をいただけてなかったです」


「それなのに、まだ"神対応"のステッカーを車に貼っている?

 このステッカーを車に貼っていると神が乗り込んでくるだろうに。懲りなかったのか」


「ええ、以前は失敗しましたから今度は満足いただけるようにと

 リベンジの意味もかねてステッカーをつけています」


「ほう、なかなかおもしろいじゃないか」


車は制限速度を無視して、信号をつっきり、一方通行を逆走する。


「運転手、今回はそこそこに面白いぞ。とてもスリリングだ」


「退屈している神様を楽しませようと考えましたから」


「後ろから追ってきているのは?」

「あれは警察です」


「まったく騒がしい。むんっ」


神様は奇跡の力を使うと警察はあっという間に消えてしまった。


「神様、なにをしたんですか?」


「警察を別の場所に転移させてやったのだ。

 後ろで騒がしくされるとドライブを楽しめないからな」


「さすが神様です」


暴走を続けていたタクシーがひとしきり走り終わると、神様は車を降りた。


「今回はなかなかに面白かった。

 普段では感じられないスリリングな体験ができたからな」


「それはよかったです。ではオ代を――」


「だが、まだまだだ」

「えっ」


「まだスリルが足りないから金は渡せない」


神様はそれだけ言うとあっさり消えてしまった。

残されたのはものすごい数値を叩き出しているメーターだけだった。


「この金額……どうしよう……」


運転手はがくりと落ち込んだ。



またしばらくすると、神様はタクシーを見つけて乗り込んだ。


「運転手、出せ。行き先は――」

「どこへでもいい、ですよね?」


車はぐんと猛スピードで走り出した。


「運転手、お前はまだ懲りずに"神対応"のタクシーもやっているのか?」


「ええ、このステッカーを外すつもりはありません」


「今回は自信があるのか?」


「もちろんです。前を見てみてください」


神様はふとフロントガラスのほうを見ると、車が道を塞ぐように横に停まっていた。


「あれはなんだ?」


「以前に警察を転移させたでしょう?

 それでも警察は諦めずにこの車を追ってきているんですよ。突っ切ります!」


「うおおい!」


タクシーは車を強引に突破する。

後ろからは怒号とともに連続する発砲音。


「どうです? スリリングでしょう!」


「や、やりすぎだ!」


飛んでくる銃弾でガラスは割れて車内はめちゃくちゃになる。

ハリウッド映画顔負けのカーチェイスを繰り広げる。


「ええい、転移させてやるっ」


「神様、そんなことしても無駄ですよ。

 この先ずっと警察はこの車をマークしていますから逃げ切れません。

 なにせ私たちは一級犯罪者として指名手配されてますから。

 もっと特別な力を使わない限りは……」


「神をなめるな。むんっ!!」


神様が奇跡の力を使うと、あれだけしつこく追っていたパトカーも

上空を旋回していたヘリコプターも、道路を封鎖していた検問もすべて解除された。


おまけに車もガラスが治り、車体から傷が消えて元通り。


「神様、一体何をしたんですか?」


「この車に乗っているすべての人間の犯罪歴を消した。証拠もない。

 これでもう追われることもないだろう」


「それはすごい」


「よし、ここで降ろせ」


神様の言うとおりに車を停めてドアを開ける。

すると、神様は神財布からはじめてお金を取り出した。


「受け取れ。今回の体験は非常にスリリングで良いものだった。

 いつも退屈していたが今日のドライブは非常に有意義で金を払う価値がある」


運転手は突き出されたお金を神様の方へと押し戻した。


「いいえ、お代は結構です」


「何を言っている。お前も生活があるだろう」


「こうして神様にステキな体験をしていただけで満足ですから。

 そのかわり、このタクシーのことは他の神様にも教えてあげてください」


「もちろんだとも。八百万の神々にもこのタクシーのことは広めるつもりだ。

 スリリングな体験をしに幾千もの神がやってくるだろう」


「それは楽しみです。神の奇跡は起こせるんですよね」


「当然だ。神ならば誰でも私と同じだけの奇跡の力がある」


「よかったです。またのご利用をお待ちしています」


神ははじめてドライブに満足して帰っていった。

運転手は神様が消えたのを確認すると車のトランクを開けた。



「んん……もう着いたんですかい?」


「ああ、警察も追手もすべて振り切っている。

 それに同乗者の犯罪歴もすべて抹消されているから

 お前が捕まることはない」


「すっげぇや! 伝説の逃がし屋の噂は本当だったんだ! あんたまるで神様だよ!」


トランクに隠れていた銀行強盗は大喜び。

運転手はそっと手を出した。



「では、お代のお支払いをお願いします」

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