ある転生者の独白・後編

   

 窓口の受付嬢は、俺にとっては、初めて接する異世界人だ。ついつい無意識のうちに、じっくり観察してしまう。

 服装としては、白いシャツと黒いベスト。イメージとしては、カジノのディーラーだ。カジノなんて行ったことないので、アニメやドラマからの記憶だが。

 年齢は、二十代半ばくらいに見える。

 細い瞳に、すらりとした鼻筋。そして存在を主張しすぎない、小さめで可愛らしい唇。

 大人しそうな、おしとやかな印象の顔立ちだった。

 体つきに関しては、窓口の受付嬢なので、窓口越しでは上半身しか見えないが……。適度に豊かなバストが、視界に入ってくる。おそらくナイスバディなのだろう。

 長い金髪も艶やかで美しい。ただ、髪の隙間から覗く耳まで金色というのは、何なのだろう? 異世界人だから、ということなのだろうか?

「では、この器具に手をかざしてください。登録にあたって、ステータスの測定をしますから」

 受付嬢は、ゴチャゴチャした機械を用意して、俺の方に押し出してきた。たくさんパーツがあって文章で表すのは難しいが、パッと見て俺の頭に浮かんだのは、どこかの本で図示されていた六分儀という道具だった。そんな感じの器具だ。

 ちょうど六分儀のように、複数のレンズだかガラスだかが使われており、受付嬢は、その一番大きなレンズっぽい部品を指し示していた。

 言われた通りに、そこへ俺が手を近づけると、青い光が照射される。これで何らかのデータを読み取れるらしい。

「あら! あなたは転生者なのですね! ステータス数値は、どれも平均的ですが……」

 平均的、大いに結構。そう思いながら、俺は彼女の言葉に耳を傾ける。

 そうそう、耳といえば。

 彼女の耳は、相変わらず黄金色こがねいろに輝いていた。それも、右耳だけ。今さら気づいたが、左耳は、最初から普通の肌色だったようだ。

 ついつい俺は、彼女の右耳に視線を向けてしまう。これって、アシンメントリーのファッションなのだろうか。

「さて、転生者につきものの固有技能オウンスキルは……。あら!」

 同じ『あら!』だが、先ほどはニュアンスが違う。受付嬢は、はっきりと眉間に皺を寄せていた。

 慌てて彼女は作業を中断すると、ポケットから小道具を取り出す。何かと思えば、コンパクトミラーだった。この世界でも、女性は化粧道具として、そうしたものを持ち歩いているらしい。

 鏡で自分の顔を確認した彼女は、真っ赤になった。いわゆる『耳まで真っ赤になった』という状態だが、こんな時でも右耳だけは金色こんじきを保っているのが、俺には面白おかしく思えた。

「やだぁっ、もう!」

 彼女は、恥ずかしそうに一声。続いて席を立ち、奥へと引っ込んでしまう。

 急に放置された俺は、唖然とするばかり。

「……何なんだ、いったい」

 そんな俺の耳に、他の冒険者の言葉が聞こえてくる。少し離れた場所から遠目で見ていたようだが、それでもはっきりわかるくらいに、受付嬢の光る右耳は目立っていたらしい。

「右耳ってことは、もしかして……。そういうことか」

 見れば、細面ほそおもてのイケメンがニヤニヤしていた。

 反対側にいた筋肉質の大男も、意見を口にする。

「そうだよな。あの子、なぜか右耳だけなんだよな。左は、そうでもないのに」

 ここで大男は、ハッとしたように、最初のイケメンと顔を見合わせた。

「おい、お前……。何で知っている?」

「お前こそ、もしや……」

「まさか……。お前もリリィと寝たのか?」

「『お前も』ってことは! この野郎!」

 二人は取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。

 なんだなんだ、と人が集まってくる。


 この世界に来たばかりの俺でも、薄々状況は理解できた。

 冒険者ギルドの受付嬢といえば、看板娘みたいな存在だったのだろう。それが、すでに二人の冒険者の食い物にされていたと判明して大騒ぎ……。そんなところらしい。

「おい、聞き捨てならねえぞ!」

 集まってきた中の一人――青い鎧を着た痩せぎすの男――は、拳を振り上げながら、

「俺だってリリィちゃん狙ってたのに! コンチクショウ!」

 だが二人の殴り合いに参加する度胸はないらしく、上げた拳のやり場に困っていた。

 それに、ひとこと言わないと気が済まないのは、この青鎧だけではなかった。彼の発言を口火として、他の者たちも喚き始めたのだ。

「リリィちゃん! 僕だけじゃなかったのか! あんなに一緒だったのに! 情熱的な夜を過ごしたのに……!」

「なんてこった、他にも男がいたなんて! 俺以外にも、こんなに……」

「リリィのやつ、とんだビッチじゃねーか! 俺のベッドの中じゃあ、甘い声で『あなただけよ、ダーリン』って囁いたくせに!」

 ……どうやら青鎧とは、怒りの趣旨が違うらしい。

「あれ? もしかして俺だけ? 相手してもらえなかったのって……」

 かわいそうな青鎧は、上げた拳もだらりと下げて、その場に半ば崩れ落ちるような状態になっていた。

 一方、一度でも受付嬢と寝た男たちは、全員が殴り合いに参加したようだ。大乱闘会といった様相を見せ始めていた。


「あの受付嬢、そんな娘さんだったのか……。俺の第一印象、あてにならないなあ……」

 そう呟いた俺が、ちょうど「細目キャラは信用してはならない」という格言を思い出したタイミングで。

「はい、はい。お待たせして悪かったねえ。担当、交代しましたよ」

 しゃがれた声を耳にして、俺は窓口に向き直る。

 見れば、先ほどまでリリィという受付嬢が座っていた椅子に、しわくちゃの婆さんが腰掛けていた。一応、服装は同じく、白いシャツと黒いベスト。ベテランの受付嬢なのだろう。もう『嬢』という言葉も似合わない歳だが。

 右耳を光らせていたリリィとは違って、今度の婆さんは、唇が金色きんいろに光っていた。

 この年齢で、そんなにオシャレに気を使うとも思えない。もしかすると、窓口の係員には、必ず顔の一部を金色にするというルールでもあるのだろうか……?

 そんなことを考えた俺に対して。

「あんたの固有技能オウンスキルは『ザ・ゴールデン・ウィーク』って能力だね。こんな固有技能オウンスキルは、あたしも初めて見るよ。おめでとう」

 婆さんは、リリィが投げ出した仕事を再開した。つまり、測定結果の告知だ。

「『ザ・ゴールデン・ウィーク』……?」

 俺が聞き返すと、

「そう。対象は、あんた自身を除く、周囲の生き物。効果範囲は、だいたい半径一メートル以内。いや、もう少し広いかな? とにかく、自動的に発動する固有技能オウンスキルだね。だから便利だよ」

 いやいや。

 説明してくれたのはありがたいが、そもそも「どんな効果を発揮する能力なのか」が、俺にはわからない。

 いまだに疑問の色が消えない俺の顔を見て、婆さんも、察してくれたらしい。ようやく、肝心の能力そのものを述べ始める。

「モンスター相手なら、弱点が判明するね。急所が一目瞭然になるんだよ」

 例えば心臓や首筋や頭部のように、生き物なら必然的に急所になってしまう部位がある。

 そうした『当然の急所』しか持たないモンスターの場合は、その部位を、それ以外に固有の急所がある場合には『固有の急所』の方を、知らせてくれる能力なのだという。

「これって、凄いことだよ。クリティカルヒット間違いなしだからね!」

 ふむ。

 確かに、そんな能力ちからが自動発動するというなら、モンスター相手の冒険には便利そうだ。戦闘のたびに一度くらいは、半径一メートルの範囲に入る瞬間もあるだろう。

 神様の語っていた「平和な日本人でも、いきなり戦えるように」という理念に合致する。それに、この婆さんが「おめでとう」と言ったのも、わかる気がする。

 と、ここまでは喜んでいたのだが。

「ただし、人間相手だと、ちょっと話が違ってくるねえ。人間相手でも、やっぱり自動的に発動して、金色に光るんだが……」

 ……ん? 『金色に光る』だって?

 そういえば、先ほどの説明では「どう一目瞭然になるのか」は言われなかったが……。この『人間相手』という言葉から考えて、モンスターと戦う時も、やはり金色に輝くことで急所を知らせてくれるのだろう。

「人間を相手にしたら、モンスター相手みたいな命がけの戦闘は必要ないよねえ? だから別の意味での弱点――弱いところ――が、表示されるみたいだよ。ただし人間でも『誰もが弱いところ』しかない場合は、そこが光るし、個人的に弱いところがあれば、その『個人的』の方がピカピカになる」

 その発言の意味することが、俺の頭に浸透するよりも早く。

 婆さんは、下卑た笑みを浮かべながら……。

「まあ、これだって、上手く使えば便利なはずさ。特に、女をベッドに連れ込んだ時にはね。ヒッヒッヒ……」

 そう言って。

 若い頃は美人だったかもしれない婆さんは、舌で唇を――金ピカに光っている唇を――、少し湿らすのだった。


――――――――――――


 そこまで俺が回想したところで。

「さあ、ついに帰ってきたよ。我らが街だ」

「大げさだなあ、アードリアは」

 アードリアとジェイの言葉で、俺は現実に引き戻された。

 ちょうど、これまで歩いてきた野外の土の道路から、石畳で舗装された街の大通りへと切り替わるところだった。そこでアードリアは立ち止まり、

「じゃあ、あたしらは、こっちから帰るから」

 大通りから一本東の、細い裏路地を指差した。

「お二人は、どうぞ大通りを進んでください」

 アードリアに合わせて、ミアリィも、そんなことを言う。口には出さないが、彼女の顔には「一緒に歩くのは恥ずかしいから」と、はっきり書いてあった。

 まあ、いつものことだ。

「そうだな。じゃあ、ここで別れよう」

 そう言ったジェイに続いて、俺は黙って頷いてみせる。

 それを確認して彼女たちは、

「ええ、お疲れさま」

「またな!」

 軽く手を振りながら、二人して細い路地へと入っていった。


 二人の後ろ姿を見送っているうちに。

 ふと俺は、初めて会った時の彼女たちを思い出してしまう。

 ビキニアーマーを着たアードリアは、健康的に露出したヘソを金色に光らせていたし、ミアリィの方は、特徴的なエルフ耳を左右両方とも、まるで金粉を塗りたくったかのように輝かせていた……。

 ちなみに。

 今ではアードリアは全身鎧フル・プレートでヘソを完全にカバーしているが、ミアリィのエルフ帽の方は、しょせん金属ではなく、糸で編んだもの。耳の光を隠しきれていなかった。まるで照明器具を布で覆ったかのような感じで、ぼうっとした淡い光が、いつも帽子越しに確認できていた。

 そして、照明器具を覆うといえば……。

「またあいつら、二人だけで帰っちまったな。ならばシュータ、俺たちは俺たちで、二人でメシでも食いに行くか?」

 そう言って笑うジェイは、それこそズボンの中に電球でも入れているかのように、股間を光らせていた。

「ああ、そうしようか」

 俺は軽く頷き、光る股間の持ち主と並んで、二人で歩き出した。

 そう。

 ジェイは俺にとって、この世界における数少ない友人なのだ。

 以前にジェイが「男にとっては、二重の意味で、そこが弱点だからなあ。今さら、そんなこと気にしねえよ」と言ってくれた時から、俺は、彼を尊敬すらしていた。



 黄金週間。

 ゴールデンウィーク。

 この場合の『ゴールデン』は『ウィーク』にかかる形容詞のはず。

 だが、あの自称『神』は、二つを並列の形容詞として扱ったのだ。

 つまり『ゴールデン&ウィーク』として。

 いや、形容詞が二つ並ぶこと自体、文法的に間違っていそうだが……。


 ともかく。

 俺の固有技能オウンスキルは『ザ・ゴールデン・ウィーク』。

 弱点――ウィークポイント――を、金色の部位――ゴールデンポイント――にしてしまう、という能力だ。

 俺は、神から与えられたこの力を駆使して、ここレナトゥス・ワールドで、第二の人生を送らなければならない。

 それは理解している。十分に理解しているつもりだが、それでも。

 ちょうど「注意一秒、怪我一生」という言葉があるように、今でも時々、思い出しては悔やんでしまうのだ。

 何故あの『神』と対面した時、俺はカッコつけて英語で――アルファベットで――思い浮かべたのだろう、と。

 俺の英語力なんて、スペルミスして『Golden Week』が『Golden Weak』になってしまうレベルだったのに、と。

 そのせいで一生この固有技能オウンスキル『ザ・ゴールデン・ウィーク』と付き合うことになったのだから……。死因となった事故以上に、ある意味『事故』ではないか、と。


 今。

 人通りのある辺りまで戻ってきた俺の耳に、また、周りの声が聞こえてくる。

「おい、あれって、例の『ザ・ゴールデン・ウィーク』じゃないか?」

「大変だ、急いで離れよう! さもないと俺たちまで、恥ずかしい箇所が金色になるぞ!」

 逃げていく人々から、こう言われる度に、俺は……。

 自分の凡ミスを――肝心の場面で簡単なスペルを間違えたことを――指摘されているような、嘲笑されているような気分になるのだった。




(「黄金の技能を持つ男 ――GW物語――」完)

   

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黄金の技能を持つ男 ――GW物語―― 烏川 ハル @haru_karasugawa

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