ローラ・マルティスはお世辞にも美人とは言えない顔立ちで、ゲームではヒロインを虐める悪役令嬢。
そんなローラに転生した主人公が、既にしっかりと嫌われ者の基盤が出来上がっている状態の中、とある目的のためにゲームのヒロインであるアリスに近付くことから物語は始まります。
待ち受けるのは、数々の障害、恐ろしい陰謀、想像を絶する苦難。
誰が誰を陥れようとしているのか?
何故どうして、何の目的で?
何が起ころうとしている? 何を起こそうとしている?
息をもつかせぬ怒涛の展開の連続に、呼吸すら忘れかけてのめりこんでしまいました。
それでもローラは何者にも何事にも屈することなく立ち向かい、彼女の強く真っ直ぐな心に打たれ、周囲の人達との関係が徐々に変化していきます。
ゆっくりと育まれていく信頼と想いが、光となってローラを照らしてくれる――先の見えない闇のような状況だからこそ、そのあたたかさがより胸にしみました。
どうか皆様にもこの物語を読んでいただき、鳴り響くエルドラインの鐘の音を聴いてほしいです。
私の耳には痛く切なく、それでいて何よりも優しい響きがまだ余韻を奏でています。
この物語に出会えて良かったと、心から思います。
悪役令嬢ものというのは、乙女ゲーム世界の主人公のライバル役(多くの場合は性格悪くて主人公をいじめてフラグ立てまくって負ける)に転生した主人公が、負けルート回避したり、悪役令嬢の運命に抗うって話。それが典型。
さて、その意味では、本作品も悪役令嬢モノとしてのスタートを切る。
事故にあった主人公は悪役令嬢ローラ・マルティス公爵令嬢に生まれ変わるのだ。
そして始まる学園生活。
そこでは自らの悪評に溢れ、初めからローラはいわれなき風評に悩まされるのです。
しかし、それにめげず、ローラは正ヒロインのアリスを幸せに導くために頑張ります。
さて、ここまで聞くと
「富升さんが、王道の悪役令嬢ものラブコメをしたため始めたのだな〜」
と思わなくもないのだが、どうも、文から漂う雰囲気が違う。
ふわふわした学園ラブコメではないのである。
……どっちかっていうと、ミステリ?
そういえば、富升さんって色々書かれますが、メイン、ミステリですよね?
次々と起こる事件。
不自然な風評。
うごめく陰謀。
その中でも、ローラは、その思考力と、転生前から持っていた知識で、一つ一つの事件を推理しながら乗り越えていきます。
やがて、王子や周りの貴族の子や娘との人間関係も少しずつ変化していく。
最終的に60万字を越す長編は、十分なドキドキと人間ドラマを届けてくれるでしょう。
詳しくは読んでいただくしか無いですし、レビューではネタバレは回避すべきことですが、一つだけ、僕が大切だと思ったことを。
それは、本作を決定的に方向づけるギミック。
――と呼んで良いのだろうか?
まるでユングの精神分析の対象となるべき存在。
それは――「左腕」。
それが何なのかは「第69話 貴女の為の私の腕を」にまで到達してもらうしかない。
(いきなりその話に行かずに前から読んでね!)
そこまで辿りつけば、止まらない。
物語はありがちな学園モノとは決別し、濁流がローラ・マルティスを、そして、読者を飲み込む。そしてフィナーレまで押し流していく。
これはラブコメでも、ミステリでも、戦記物でもない、ローラ・マルティスの物語。
願わくば貴方が、ローラ・マルティスの捧げた「左腕」の、確かな証人たらんことを。
60万字超えの物語の迎える結末を。
もがき続けた先の思わず胸が熱くなる大団円を。
そして、貴方の為の――物語を。