めでたしめでたし

 ―八木の足軽が村に居座っていた頃より数年が経過した。

 その間に家屋や小屋の位置など若干変わったことはあるが道や地面の形は昔のままだった。

 田畑の畦道で子供らがきゃあきゃあと遊んでいる。

 鷹助はその子達を避けながら進んでいった。八木の支配下であった深見村は今は中川の物となってしまった。


 鷹助は空を見上げた。青空にトンビが弧を描き飛んでいる。その下に佇む深見山も変わりなかった。


 深見村の一件の後、中川から別の任務をいくつか命じられた。

 鷹助は主君の命令通りに任務をこなしてきた。深見村に関わることは無くなった。ただ、心のどこかで深見山の事が引っ掛かっていた。

 旅の商人を装うために背負った包みが負担となってきた。鷹助は息をついて道端に腰を下ろすことにした。

 「旅の方ですか?」

 鷹助が振り向くと一人の尼僧が立っていた。

 「村で休んでいきますか?」

 鷹助は誘われるまま付いていった。



 「ありがとうございます。」

 鷹助は尼から茶を頂き礼を言った。

 お堂の中を見渡す。綺麗に掃除され整頓されている。足軽の住処となっていた頃とは大違いだ。

 「失礼ですが。こちらのお生まれですか?」

 「はい。赤ん坊の頃からここに住んでおります。」

 「昔、中川家と八木家の戦があったと聞いておりますが。その時もここに?」

 「はい。皆で八木の足軽の手当てをしておりました。中川の兵が攻め込んだ時、足軽大将の万兵衛はわずかな足軽と共に防ぎきりました。しかし別の戦で討ち死にし、結局は中川の勝ちとなりました。」


 「村の人たちはどうなりましたか?」

 「村の者は逃げ出しており無事でした。私も父と共に間一髪の所で逃げ出すことが出来ました。」

 「その時の事を知っているものは今も村にお住まいですか?」」

 「はい。あっ、でも私の幼馴染のりんのように余所の村に嫁いで、ここにはいない者もおります。相手は吾作というのですが。」

 「……」

 鷹助は質問を繰り返していたが突然無言となった。尼の顔をじっくりと見た。


 「あなたの俗名はよもぎでは…」

 尼は黙り答えようとしない。


 「万兵衛、りん、吾作と私が聞いてもいないのに、その名があなたの口から出て来ました。」

 「人の素性を尋ねる前に、まず自分自身の素性を明かすこと。」

 「申し訳ない…」

 鷹助は面目ないと謝った。

 「あの…」

 「何ですか?」

 「あの山に泉があると聞いているのですが…」

 


  泉は鏡のように鷹助と尼の姿を映し出した。

 「笑われると思うけど。この泉には深見大蛇が棲んでいるの。大蛇は水を操ることが出来て、村の者が仕出かした事を大蛇のせいにするとその者に災いを与えたの。私の母は大蛇の眷属なの。父も後から自ら望んで眷属となっってね。今は二人とも泉の中で暮らしているの。」

 「今更笑おうとは思わないよ。」

 鷹助は笑いながら言った。


 「さあて、そろそろ村を出て行こうと思います。失礼しました。」

 鷹助は立ち上がったが「んっ?」と何かに気づいたようだった。

 「どうしたの?」

 「今、泉の中に太い大木のような物が見えて…」

 「そうですか。」

 尼は何でもないことのように答えた。

 二人は泉から静かに離れ山を降りて行った。




 深見山の大蛇の話は代々村の者に伝えられていった。中でも一人の尼さんは大蛇に詳しかった。尼さんの語るところによると何でもかんでも悪いことがあると「大蛇だ」と騒ぐものではないと言った。そうすれば大蛇が出てきて本当に災いを引き起こすとか。何もしなければ大蛇は大人しいから安心してろとさ。

めでたしめでたし。

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語られる 深見大蛇の山 桐生文香 @kiryuhumi

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