Chord12: 嵐の前の前の日常

翌日




「ん、んん……。」




拓真のベッドに寝かせられていたローレライが目を覚ました。




「ここは……?」




目をこすりながら起き上がろうとしたが、




「……っ!?」




負傷した左腕の痛みが引いていなかったようで、そのままベッドに寝転がったままでいることにした。




「よう、起きたか。」




その声を聞いて最初は少し驚いたローレライだが、すぐに安堵した。




「……タクマ?」


「まだ痛いか?無理に動かないで安静にしておけよ。」




まだローレライはあまり状況が理解できていなかった。




「あれ……?たしかアタシ、タクマの家を出てドイツに帰ろうとしてたのに……。」




記憶が少しずつ蘇る。




「でも道に迷って、気がついたらここにいた……。」


「お前、オレがおぶってここまで運んでやったの覚えてないか?」




拓真は確認するように質問してみた。




「アンタ、アタシの体に触ったの……?」




彼女はじっとりとした目で、軽蔑の情を浮かべたような目で拓真を睨んだ。




「触らないとおぶれないだろうが。」


「変なところ触ってないでしょうね?」




さらに軽蔑したような口調を加えて詰問する。




「お前、めちゃくちゃ怪我してたんだぞ。そんな、その、なんだ……。変なそのいやらしい感情はないよ。」


「嘘つき、目が泳いでる。」


「泳いでねえよ。」


「ほら、今2ナノメートルくらい目が右に泳いだ。」


「細けえなおい。お前の目は電子顕微鏡かなにかなのか?でもその調子じゃあ元気で大丈夫そうだ。」




拓真は溜息をつきながら、安心したような表情で自分の部屋をあとにしようとした。




「でもまあ、えっと……その、あ、あり……がと……。」


「なんだ?」


「な、なんでもないわよ!!あっちいけ!!」




なんだよとでも言いたげな不満そうな顔で拓真は部屋をあとにした。




「なによもう、折角このアタシがお礼を言ってあげたっていうのに……。」




ローレライは不貞腐れて布団を頭までかぶった。




「でも、覚えてないってことは、不意を突かれて気を失ったのかしら……。」




昨日の出来事を思い出すようにゆっくりと思考を巡らせた。




「あいつらがやったのは間違いなくわかるわ……。ってことは、まさか!!」




ローレライは最悪の状況に陥っていることに気がついた。気がついてしまった。




___________________________________________




拓真は自分の部屋で散々罵られたあと、そのまま部屋をあとにして階段を降り、リビングへと向かった。


部屋に入るとすぐに、




「ローレライちゃんは大丈夫だった?」




京子が声をかけてきた。




「ああ、目を覚ましたよ。まだ傷がちゃんと治りきってないみたいだったけど。」


「そう……。でも目が冷めたなら良かったわ、美味しい料理作ってあげなくちゃね。」




京子は笑顔を浮かべて張り切ってローレライのための料理を作り始めた。




拓真は阿澄にローレライが見つかったことを報告するべく家へ出向くことにした。




「あら、今御飯作るって言ったところなのに、どこに行こうとしてるのよ?」




京子は拓真にまるでもう忘れたのかとでも言いたそうな顔で尋ねてきた。




「中河にローレライの捜索の協力を頼んだんだ、見つかったことを知らせに行かないといけないから。すぐに戻るよ。」


「報告なら別に直接行かなくても電話ですればいいじゃない。」


「あいつ携帯持ってねえんだよ。直接行ってやらないと。」


「家に固定電話があるでしょ?」


「電話番号知らねえよ。」


「あら、たしかにそうね……。」




何気ない会話、平和であることに安堵を覚えながら不安も芽生える。




京子が突然不敵な笑みを浮かべた。




「じゃあ拓真はご飯抜きでいいわね。」


「はあ?なんでだよ、すぐに戻ってくるって言ってるじゃんか。」




怪訝そうに拓真は京子の方を見た。




「阿澄ちゃんと外で食べて来なさいな。阿澄ちゃんもその方がきっと喜ぶわよ。」


「いやなんでそうなるんだよ。飯だけで喜ぶようなもんでもあるまいし。」




拓真は首を振りながら、なにも感じないで否定した。




「……はあ。あんたって本当に……。もういいわ、いってらっしゃい。」




もう諦めたのか、京子は急にそっぽを向いて料理に専念し始めた。




「なんだよ……。」




意味もわからず拓真はそのまま家を出た。




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ローレライはゆっくりと、痛む左腕をかばいながら起き上がった。




「まずいわ……。やっぱりない……、宝玉がなくなってる……。あいつらに盗られたんだわ。このままじゃ……あいつらの好きにはさせないわ!!」




焦りと怒りが入り混じった複雑な感情を抱きながら、それでも取り返さないといけないという思いを胸に必死に走って追いかけようとした。




その時、今度は別の知らない人物が部屋に入ってきた。




「あらあら、そんなに急いでどこに行くつもりなのかしら?傷も治ってないんでしょ?」


「アンタ誰よ?」


「随分警戒されているようだけど、私は別に怪しいものじゃないわよ。」




その女性の手からはお盆に乗せられて湯気が上がった美味しそうな和食料理が鼻孔をくすぐる香りを醸し出していた。


ローレライは思わずつばを飲み、よだれが口から垂れるのを我慢した。




「お腹空いたでしょ?ほら、どうぞ召し上がれ。」




女性は、ニッコリと満面の笑みを浮かべてそれを拓真の勉強机の上に置いた。




「そ、そんな手には乗らないわよ。毒でも入ってるかもしれない……じゃない。」




口ではそう言いつつも、その主婦が作ったとは思えない見栄えの、まるで割烹料理店の御膳かのようなプロ級の盛り付けをまじまと見て目を離せるわけがなかった。




「そうね、自己紹介がまだよね。私は奥山京子、拓真の母親です。」


「タクマの、ママ?」




不思議そうに聞き返す。




「そう、ママよ。同じ家にいるんですもの、家族じゃない誰かがいたらそれこそおかしいと思わない?」




至極当たり前なことを京子は言うと、漸く流石に理解し納得してローレライは、




「これ、本当に食べていいの!?」


「ええ、もちろんよ。お口にあうかわからないけど……」




京子が言い切る前にすでにローレライは椅子に飛び乗り、腕の痛みも忘れて食いついた。




「あらあら、そんなに急がなくてもお料理は逃げないわよ。」




その姿を見て京子は嬉しそうに頬に手を当てた。




「おいしい!!とってもおいしい!!この魚も、この野菜も、白いご飯も、このミソスープも、全部おいしい!!キョーコって料理上手いのね!!」


「そんなにおいしいおいしいって連呼されると照れちゃうわね……。」




モムモムと口いっぱいに頬張りながら、さっきまで頭の中を巡っていた覚悟は一体どこに行ってしまったのかというくらいに幸せそうな表情を浮かべたいた。




____________________________________________




「母さん一体どういう風の吹き回しなんだよ。」




拓真は阿澄の家に行く途中ずっと京子がなぜあんなことを言ったのか考えていた。




「まいっか。」




理解したいと思っても理解できないので、そのうち拓真は考えるのをやめた。




「よし着いた。」




あのお嬢様口調の女が住んでいるとは思えないくらい普通の家。そのインターホンを鳴らすと




「はーい、どちら様……、あら拓真くん久しぶりねー。」


「あっ香澄さん、ご無沙汰しています。」


「すぐに阿澄を呼ぶわねー。」




阿澄の母香澄がインターホンからそう言うと、




「阿澄ー、愛しの拓真くんが来てくれたわよー。」


「どわわーれが愛しの拓真くんよ!!そんなんじゃないわよ!!」




やいのやいの言い争う二人の声が拓真には筒抜けだった。




「相変わらず仲のいい親子だな。」




拓真は思わずそう呟いた。




「ちょっと、切ってないからさっきの会話奥山くんに全部聞こえてるじゃないの!!お母さんなにしてるの!!奥山くん、今の会話は全て忘れてくださいな。忘れないなら三回くらい死んでください。」


「くらいってなんだくらいって。」




ぎゃんぎゃん叫ぶ声が聞こえるが、とうとうインターホンが切れたようで、その声は聞こえなくなった。

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超能力者に愛を求めて 広野 氏子 @liarliarbz

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