サンマに何かける?

snowdrop

クイズ×10

「ねえねえ、十回クイズって知ってる?」


 休み時間。

 詠華は同じクラスの美衣に話しかけられた。

 詠華は、知ってるよ、とうなずく。


「たとえば『ピザ』と十回言ってもらったあと、答えが『肘』になるようなクイズをだされて、ついつい『膝』といってしまう、相手の間違いを誘うクイズだよね」

「そうそう。十回クイズに引っかからないのか実験しようとおもうんだけど、やってみない?」


 詠華は笑みを浮かべて、どうしよかなとつぶやく。

 クイズ好きだからね、彼女は。

 やってもいいんだけれど「実験」という言葉が気になる。

 どう考えても、引っかけて笑うつもりに違いない。


「二人して、なんの話?」


 椎奈が詠華に抱きついてきた。

 

「十回クイズに引っかからないか、実験しようと思って。椎奈さんもいっしょにやろうよ」

「うん、いいよ。やるやる~」


 うれしそうな椎奈を見て、詠華は思い出す。

 そういえば彼女、「東大王」や「今夜はナゾトレ」というクイズバラエティー番組が面白いと話していた。

 それらに比べると、十回クイズなんて暇つぶしの遊び。


「じゃあ、私も参加する」


 詠華はうなずき、椎奈に離れてもらった。


「一応ルールを説明するね。『なんとかを十回言ってください』といったら十回言ってください。その後クイズを出します。間違うかどうかを実験したいので、今回は正解を早く叫んだ人の勝ちとします」

「答えるのは一人一回なの?」

「もちろん」


 ルールを聞く限り、普通だった。

 実験という言葉に気負いすぎていたのかもしれない。

 詠華は横目でチラリと椎奈をみた。

 やりたくて頬がゆるんでいる。


「全部で五問、用意してきたの」


 得意げに美衣が問題を出す。


「入浴、と十回言ってください」


 詠華と椎奈は「入浴」を十回、口にする。

 くり返すたびにテンポが早まり、「にゅうよく」が「にゅよく」になり、最後には「におく」になっていた。


「二億じゃなくて入浴だから」


 美衣に指摘されてしまう。

 二度目は指折り数えで十回、間違わずに言い終えた。


「それでは、アメリカの首都は?」

「えっと、ワシントン」

「詠華ちゃん、正解」


 よし、と、詠華は顔の前で両手を軽く握る。

 あやうくニューヨークといいそうになった。

 美衣が手を叩く。

 だが、その手を椎奈が掴んだ。


「ちがうよ、コロンビア特別区だよ」

「え?」

「だからコロンビア特別区。法律上の正式名だよ。かつてコロンビア特別領だったけれど、一八〇一年のコロンビア特別区自治法により、コロンビア特別区となり、一八七一年の新しいコロンビア特別区自治法によって特別区内の自治体は特別区に統合されたの。ワシントンというのは特別区内にあった自治権をもつ市の一つだったんだけれど、そんな経緯からコロンビア特別区のワシントンといわれ、略してワシントンD.C.。単にD.C.でも通用する。日本ではワシントン市や首都ワシントン、ワシントンと呼ぶことが多いけど、コロンビア特別区が正式だよ」


 鼻息荒く、椎奈は力説した。

 へえ、そうなんだ、と詠華も美衣も聞き入ってしまう。


「二人とも正解でいいよ。一問目は練習みたいなものだから。つぎは引っかかるかもね」


 気を取り直し、自信アリげに美衣が次の問題を出す。


「スプーン、と十回言ってください」


 詠華と椎奈は「スプーン」を十回、くり返しつぶやく。

 先程の失敗をしないよう、今度ははじめから指折り数えながらくり返した。


「スパゲティーを食べるのは?」


 詠華は、フォークと言いかける。

 それより先に椎奈が答えを叫んだ。


「スーパーマリオ!」

「え?」


 美衣はまばたきをくり返す。


「ゲームのマリオの好きな食べ物はスパゲティーなんだよ」

「マリオの好物なんて知らない。そうなの?」


 美衣が詠華をみる。

 わからない、と、詠華は笑いながら首をひねってみせた。


「嘘なんか言ってないよ」と椎奈。

「嘘じゃないかもしれないけど、答えはちがうから」

「えー、じゃあなに?」


 口をとがらせて拗ねる椎奈を前に、詠華は落ち着いて答えた。


「答えは人間でしょ」

「正解」


 美衣はホッとした表情をみせながら拍手した。


「フォークって言い間違わなかったのはすごかったね」

「言いそうになったけどね」


 詠華は、ふう、と息を吐く。


「ちょっとまって。スパゲティーを食べるのは人間だけじゃないよ。犬や猫はもちろん、ハムスターやキノボリカンガルーだってスパゲティーを食べるんだから」


 鼻息荒く、椎奈はまたも力説をし出す。

 ペットとして飼われている動物の餌に与えたら、スパゲティーだけでなく、ピザやカレーも食べるかもしれない。


「じゃあ、答えは動物ってことで。今回も二人が正解でいいよ。気を取り直して三問目。次はどうかな」


 美衣は次の問題を二人に出す。


「キャンパス、と十回言ってください」


 キャンパスキャンパスキャンパス……と、二人でくり返す。


「角度を図るのは?」

 

 コンパス、と詠華が言いかける。

 だが一瞬、先に椎奈が答えた。


「プロトラクター」

「へ?」


 美衣は驚いて目をパチクリさせる。


「他にはトゥールアングル、マイターゲージもあるよ」

「えっと……なにそれ?」

「だから角度定規。美衣ちゃん、知らないの?」

「う、うん……知らない」


 椎奈は嬉しそうに説明をはじめた。


「角度を測定するのに用いられる定規のことだよ。角を測定するもっとも簡単なものは分度器だけど、さらに正確に測定したいときに用いられる道具なんだ。いまは光学的に角度を二秒で測れる光学的角度定規もあるんだよ」


 聞きながら詠華は、美衣の顔色をうかがう。

 きっと、コンパスと間違えてほしかったんだろうなと思いながら、椎奈の肩に手を置いた。


「そこは素直に分度器でいいんじゃないの?」

「あ、そうなんだ。……じゃあ、正解じゃなかったんだ」

「うん。今回は二人とも間違いということで」


 美衣は小さく息を吐いた。


「それじゃあ第四問。ハンバーグって十回言って」


 今度も詠華と椎奈は指折り数えて、間違いなく、ハンバーグハンバーグ……と十回くり返した。


「スターウォーズの監督は?」


 詠華は口を閉じて首をひねる。

 誰だったか、名前が出てこない。

 困っていると、またもや椎奈が先に答えた。


「新三部作はジョージ・ルーカス。旧三部作はジョージ・ルーカス、アーヴィン・カーシュナー、リチャード・マーカンド。続三部作がJ・J・エイブラムス、ライアン・ジョンソン。スピンオフやアニメも答えるの?」

「……いや、いいよ。椎奈さんって、詳しいんだ」

「一応、全部見てるから」

「そう、なんだ……すごいね」


 問題を出している美衣の表情が暗くなっていく。

 相手の間違いを誘い、間違うところを楽しく笑うクイズのはずなのに、場の空気がまずい。


「あー、美衣ちゃん、今の問題は正解なしでいいから。気持ち切り替えて、最後の一問は難しい?」


 詠華は気を使って笑顔で声を掛ける。


「……まだ一問残ってたね。うん」

「今度は答えられるようにがんばるから」


 だから美衣も元気だして、と詠華は励ましの視線を送ってみせた。


「それじゃあ、最後の問題ね。大根って十回言って」


 大根大根……と、椎奈と詠華はきっちり十回、くり返して言った。


「サンマにかけるのは?」


 詠華は、大根おろし、と言いそうになる。

 きっと答えは違う。

 でも、誤答したほうが、美衣が喜ぶかもしれない。

 だからといって、わざと間違えたのに気づかれたらとうしよう。

 余計、機嫌が悪くなりかねない。

 面白いことを言ってごまかすのもアリだけど、空気を読みすぎるのもよくない。

 意を決した詠華は、目を見開いて答える。 


「醤油」

「……正解」


 美衣は息を吐き、手を叩いた。

 

「まあ、今回はしょうがない。優勝は詠華ね」


 美衣にそう言われて、詠華は椎奈を見る。

 腕組みをしながら、右に左にと、首を傾けて考えていた。

 難しいことは知っていても、簡単な問題は苦手なのかもしれない。


「椎奈はわからなかった?」

「わからなかったというより、どれがいいのか迷ってて」

「え?」

「詠華ちゃんは醤油なんだね。うちのお父さんはノーマルポン酢かけるけど、お母さんはスダチやカボス、ゆずの入ったポン酢なの。でもわたしは、焦がしバターソースが好きだから、どれを答えようか迷っちゃって」


 詠華と美衣は顔を見合わせる。

 椎奈が何を言い出したのか、一瞬わからなかった。


「椎奈って……洋風が好きなの?」

「うん。サンマのガーリックソテー。春先に食べるなら、春菊のバターソースがけは美味しいよ」

「へ、へえ……そうなんだ」


 詠華は苦笑いを浮かべる。

 クイズに勝って勝負に負けた気がしてならなかった。


 

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