花のお宮

とうこ

花のお宮

 手紙が届いた。

 ――もうすぐだよ、帰っておいで。

 真っ白い便箋に、それだけ書かれている。差出人の名前はない。心当たりもない。今時めずらしく筆で書かれた文字は流水のように達筆で、こういうのを人品卑しからぬと言うのだろう。ハネやハライに独特の癖があって、なんとなく一筋縄ではいかない人物に思えた。

 畳んだ便箋を封筒に戻そうとしたら、奥で何かが引っかかった。

 ひっくり返した封筒から手のひらの上に、ひらり、ひらり、薄紅色の花びらが数枚。私の手のひらに触れた途端、すっと雪のように溶けて消えてしまった。手のひらから、ふわりと、甘く透きとおった匂いがひろがる。この匂いを知っている。なるほど、と私は頷いて、次の連休の日付指定で京都行きの新幹線を予約した。


 梢から木漏れ日が降っている。

 どこまでも終わりの見えない長い石段に、他の参拝客の姿はない。上を見ても後ろを振り返っても気持ちが折れそうになるので、カバンの肩ひもを握りしめ、私は足元だけを見て一段、一段、登っていく。

 最後の石段を登り切って、私はようやく顔を上げた。

 まぶしい早朝の青空に、朱塗りの鳥居が聳えている。その先にはぽっかり空いた境内の真ん中に、小さな白木の祠がひとつ。

 ふわりと風が吹いて、祠を囲んで咲き乱れている木々が一斉に薄紅の花びらを散らした。

 たちまち視界が花びら一色で埋め尽くされた。

 甘く透きとおった匂いが空いっぱいに満ちていく。

 ――おかえり。

 やさしい懐かしい声が、祠の奥から私を呼んだ。

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