第3話 純白の小箱 ~邂逅~

徹は意味深な言葉を呟いた。

車は赤レンガに向かってスピードを上げていった。




S-2000は、快調に首都高速をみなとみらい方面に向かっていた。

夕焼けに照らされながらジョット旅客機が飛び立っていく。

麗子は夕日に浮かぶ羽田空港を見ながら、日の落ちるのが早くなったなと

心の中で呟いた。腕時計に視線を落とすと、18:30分を過ぎている。

バックのサイドポケットに刺さっているチケットの開演時間は19:30分。

十分な時間が残されている。


「何か、ドライブするのも良いモノよね。

 いつの間にか季節も秋めいて来ていたなんて。

 ちっとも気が付かなかったわ。」


「お前は、いつも根詰めすぎなんだよ。仕事も人生も楽しく過ごさなきゃ

 面白くねーだろ?まっ、ちょうど良い息抜きってところじゃねーのか。」


そうねと言いながら麗子は微笑し、赤く染まった東京湾に視線を戻していた。

車は、みなとみらいの出口を下っていき、国際展示場であるパシフィコ横浜に

向かって一直線に進む。突き当りの交差点を右折すると、左手に4等分した

マスクメロンを縦にしたような形のインターコンチネンタルホテル。

右手には鮮やかなネオンで彩られた大観覧車が勇壮に聳え立っている。


その間を軽快なスピードで駆け抜けていくと、碧い光でライトアップされた、

赤レンガ倉庫が視界に入ってくる。車は“P”マークに向かって左折していった。

2人はエレベーターに乗り込み3階へ向かった。モーションブルーへ向かった。

麗子はチケットを係員に差し出し、所定の席に案内された。

既に7,8割の席が埋まっており、開演を待ち望んでいるように、

店舗内はざわついていた。


「さてと。歌を聴いてはい、終了って訳でもないだろうからな。

 この空いている席に誰が来るのか?其処からが勝負だな。」


「そうね。でも、本当に目的は何なのかしら?此処まで引っ張るくらいだから

 相当の対価を求められるような気がして、ちょっと不安になってきたわ。」


2人がそう話していると、舞台の裾からベージュのドレスに身を包んだ

褐色の肌の女性が舞台中央に出てきた。確かにテレビでも見た事のある女性だと

徹が思って眺めて居ると、場内は割れんばかりの拍手と歓声が沸きあがった。

演奏が始まった。ウッドベースとピアノの旋律がゆったりと流れて、

ハスキーでありながらもスッと胸に響いてくる彼女の歌声に場内も聞き入って

しまっている。麗子も同調しているようだ。目を瞑ってその演奏に深くシンクロ

している。恋人同士であれば、特別な日にこんなサプライズを仕掛けたり

するんだろうなと徹がぼんやりと思った瞬間だった。

今まで、確信が持てなった最後のピースがぴったりと当てはまった。


「成程ね。粋な計らいだな・・・。」


徹は苦笑しながら窓から見える、ベイブリッジを眺めていた。

次々と運ばれてくるフレンチに舌鼓を打ちながら、徹と麗子は、

他愛もない会話を楽しんでいた。美味しい料理、お洒落な店舗、素敵な音楽。

あっという間に時間は過ぎて行き、食後のエスプレッソが運ばれてきた時だった。


「桜麗子様、お届けモノです。どうぞ、お受け取り下さい。」


ウエイターは、2つのエスプレッソと一緒に、大きな封筒を麗子に差し出した。

和やかだった空気が一気に張り詰めている。麗子はありがとうと何食わぬ顔で

その封筒を受け取り、ウエイターが席から離れていくのを確認して、

その封を切った。

中には、便箋と小さなスコップが入っている。

戸惑いながらその便箋を開いてみると、


「大輪の花が散る時、碧き翼が羽ばたくなり。

 その大海に臨む頂に、天使の羽、舞い降りるなり。」


麗子はその言葉とスコップの意味がまったく分からず、困惑の視線を徹に送った。

“銀縁めがね”は淡い光の中でも輝くを放っている。与一は麗子からその便箋を

受け取って中身を確認すると、クスクス笑いながら麗子に呟いた。


「面白い一興ですね。説明は後ほど。先ずはここを出ましょう。

 時間が無いですから!」


与一はすっと立ち上がり、麗子の手を引いてモーションブルーを後にした。

麗子は与一に手を引かれている事に照れくささを感じながら、


「与一さん、仕事はどうなっているの?クライアントも現れなかったし。

 あの言葉とスコップはいったい何を示しているの?」


「先ずは、車へ。目的地はすぐ其処ですから!」


そう言いながら、与一は麗子を助手席にエスコートし、車を急発進させた。

ダッシュボードのデジタル時計は23時35分を示している。

5分も走っただろうか?与一は、道の端に車を停めた。目の前には大きな

ウッドデッキが広がっている。大桟橋デッキ。どうやら此処が目的地のようだ。

与一はズンズンと大桟橋デッキの先端に向かって歩いていく。

それについていく麗子。デッキの最先端に辿り着いて、与一は振り返り

便箋を麗子に差し出した。


「大輪の花とは、あの大観覧車ですね。碧き翼を羽ばたかせているのは、

その反対側のベイブリッジ。その両方を見渡せる大海の望む頂きとは、

この大桟橋デッキの先端部と解釈しました。

そして、私の足元に白羽が一本刺さっています。

 おそらく、この下をこのスコップで掘れ!という事だと思いますね。」


「成程。でも、大輪の花が散る時って、いう部分はどういうことなのかしら?」


「麗子さん、大観覧車のデジタル時計は何時を示していますか?」


「えっと、23時59分よ。

もしかして、12時ジャストで観覧車のライトアップが消えるって言う事?」


与一は、麗子に背を向けながら白羽の下の芝生をスコップで掘り返している。

麗子がその言葉を言い終わると同時に、デジタル時計が“0:00”を指し、

大観覧車のライトアップが一気に消えた。与一は小さな小箱を掘り当てて、

ニッコリと笑いながら麗子にその小箱を差し出した。


「お誕生日、おめでとうございます。麗子さん。」


「えっ!」


箱を開けてみる。その中にはティアズドロップのネックレスと

メッセージカードが入っている。

その独特の筆跡で今回のクライアントが判明した。


「親愛なる麗子へ

 28歳の誕生日おめでとう。仕事に没頭している君の事だから

 自分の誕生日すら忘れているんじゃないかと思って。折角の誕生日。

君が一番大切に想っている人と過ごして欲しくて、こんな悪戯を依頼したんだ。

僕の君への想いは変わらない。君が幸せになってくれる事が僕にとっての

幸せなんだ。

勇気を持って君の気持ちを一番大切な人へ伝えて欲しい。

君なら出来るはずさ。頑張って。

                           秋山 修」


「どうやら、秋山にはめられたみたいだな!

 なんて書いてあるんだ!愛の告白か???」


徹がそう言って手紙を覗き込もうとする。麗子はさっと身をかわし、


「うるさいな!これは私と秋山の秘密の事なの!

 あなたは・・・関係ないの!もう、振り回されて疲れちゃった。

 とりあえず、車を預けて朝まで呑み直すわよ!徹、付き合ってよね!」


「ヘイヘイ。分かりましたよ。」


と大桟橋デッキを降りていく彼の後ろ姿を照れ笑いしながら見つめている。

埠頭の先に見えるベイブリッジが碧き翼を広げて、祝福の羽ばたきを麗子へ

送っているように輝いていた。



                              ~ 完 ~

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骨“盗”品屋! 村雨与一 @tetsujikoide0923

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