夢の話
時雨薫
第1話
これは今朝早く、外の世界が三時を少し回った頃の夢。
黒い影に背負われていた。白く無機質で近代的な建物の半屋外の空間を、影は歩いていた。灌木に露。夢の体というものは不思議だ。自分になったり、自分でない何かになったりする。そもそも夢なのだから、体を持っている必要さえない。もっとも私は体のない夢を見たことがないのだけど。ともかくこのとき、影と私との体にははっきりした境界がなかった。背負われているようでもあり、また、自分の足で歩いているようでもあった。
影は一つではなかった。私の右隣に中学の頃の友人がいた。その子もまた影に背負われていた。中学を出てからもう何年も経っているのだから今もなお同じ容姿であろうはずがないのだけど、だからといってそう激しく変わるものでもないだろう。あの頃毎日見ていた懐かしい顔だった。
それから私は、その子がとうに死んでいることを思い出した。その子は私にとって、もう過去の人だった。それならば私はなぜ、この子と並んで背負われているのだろうか。私はもう死んでいるのだろうか。影に尋ねた。声帯を震わせるような乱暴な訊き方ではもちろんない。自分自身を起こしてしまわないように気遣うような、ほとんど呼気だけからなる声だ。影は言った。そうだ。お前も死んでいる。しかし私は死に方が思い出せない。また影に尋ねる。影は答える。換気の悪いところでゴミを燃やして死んだのだ。なるほど、そんなことがあったかもしれない。一酸化炭素中毒なら記憶が曖昧なのも当然だ。それにしてもくだらない死に方をしたものだ。しかし人とはそんなものであろうか。
友人の顔をまた見た。かわいい顔だ。随分と幼い。こんな顔なのに、いや、むしろこんな顔だからこそだろうか、哲学者のような問を発する子だったのだ。その子が若くして死んだ。この子の死に方もよくは覚えていない。しかし私の死よりはずっと確実だった。確信のある死だった。私はそれを何で知ったのだったか、よく思い出せない。たしか葉書が届いたのだ。葬儀のお知らせだったろうと思う。
私もこの子も二十歳を迎える前に死んでしまったということは、とても意外で、驚き呆れる。少し寂しい気もした。
私は目を覚ました。この表現は適切でないかもしれない。意識は依然として夢に浸かっていたから。ともかく私は一つの境界を超えて、電車やバスがせわしなく行き来する側の世界へ来た。二十秒か、もしかすると四十秒くらいかけて、夢の体が物理的な身体へ沈んでいく。私は正直だから付け加えておくのだけど、客観的な時間で測れば実は四秒もかかっていない。しかし体感はもっと長いのだ。
自分をぎゅっと抱いて、存在を確かめて、それから私は起床を決意した。それから昨日までの自分の記憶が流れ込んでくる。記憶は脳みそに蓄えられているわけではない。毎朝、大気からダウンロードしているのだと思う。夢と記憶とを照合して、私は笑ってしまった。その友達はおそらく死んでいない。少なくとも私は死んだという知らせを受け取っていない。それから、私も死んでいない。私が起きて思考していることは、明らかに死の定義に反する。
なんやかんやでこの年まで生き延びてしまった。十代もじき終わる。私はまずゴミ出しに行くことにした。
夢の話 時雨薫 @akaiyume2
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