第26話 杖を買いに
激しい雨が降る中、ぼくはある人のところへ行っていた。
そこは杖を売っているお店で、ルーシア学校の生徒がよく通っているという。
「チィッス!」
レジスタンスに膝をついて眠そうにしている女の子がいた。
「アニーさん、今日はお世話になります」
アニーさんだ。<糸車アニー>と二つ名を持っているルーシア学校の生徒。初日の魔法バトルで戦った人で、勝負後もなにかと絡んでくる機会が増えていた。
アニーさんは、両親がお店をやっていると聞いていた。杖を専門とした業者で、杖の生産から販売まで家族4人で行っているという。
「今日は、一人なんだね」
「まあ、時間(タイミング)の関係でね」
「私としてはありがた…」
「はい?」
「そ、それよりも、杖を見に来たんだよね」
急に話題を逸らされた感じだ。
アニーは「私が見てあげるよ」と聞いたが、「いいよ」と断った。
ぼくは『杖』と書かれたネームプレートを見上げながら、自分が合う杖を探していた。
この店はネームプレートが天井から吊るされている。ネームプレートには杖の製造元・制作者の名前が刻まれており、二つの棚ごとに分けられていた。
左右にネームプレートが掛けられ、それを見て自分に合った杖を探すというものだ。
『なにを探しているんですか?』
偉そうにルキアから問われた。
「ククルトさんの杖を探しているんだよ」
賢者ククルト。クリストン学長が招集した人物のひとり。大賢者の弟子だと言われているが詳細は不明。ルシアーノとなにか関係があるような雰囲気をしていた。
ククルトは杖を作っていると本人から聞いている。
彼曰く「暇つぶし」と言っていたのだが、制作まで半年をかけ、一本当たり三年にひとりは見つかるか見つからないかと言われるほど所持者がなかなか見つからない代物だ。
どんな杖なのか興味があった。
こうして、休日を使って、ククルトの商品を覗きに来たわけだ。
『ここっすね』
ネームプレートに指をさす。
そこには周りとは異なり、人が多く集まっていた。
「俺が所持者だ!」
「いや、ぼくだ。こう見えてもAランク卒業生だ」
「ランク関係ないわ。Dランクの生徒が手に入れて、環境が変わったと聞く。だから、ランクは関係ない!」
「そうだ! 俺だってこうして電車で乗り継いできたんだ。俺だって可能性はある」
大人から子供までやんやんと騒ぎ立てている。
やはり、有名人がつくった杖は別格だ。人の品格もまるで違う。
『これは、やめた方がいいな』
ルキアにそう言われ、ぼくは見たかったなーという気持ちを抑え、別の制作者へ足を進めた。
ネームプレートを手あたり次第探り、杖を見ていくが、どうも合わない。
「やっぱり…向いていないのかなー」
杖を無くしてしまった。
キャンプで魔物との戦いの後、杖がなくなっていることに気づいた。ぼくは探そうと思ったが、暗い山中でまた魔物に出くわすことと仲間が傷つけることを恐れて、ぼくはこれ以上探そうとはしなかった。
エレナから杖を借りてやっていたが、物にできなかった。杖はぼくのイメージと指示に答えてはくれたが、うまく操作ができないことが多かった。必要以上に魔力が少なかったり多かったりとコントロールできていないようだった。
「お客さん、いいものありますよ…」
黒い燕尾服を着た男が手招きしていた。
ルキアは止めるどころか『へーきへーき』とぼくを押し出すようにして背中を大きく叩いていた。
「これは――」
埃がかぶったたった一本の杖が無造作に置かれていた。その杖はおよそ80年前に制作されたもので、時期と名前が書かれていた。
「お客様に合うのと思いまして、お招きしたのですよ」
燕尾服の男は礼儀正しくお辞儀をした。
「合うって…?」
「この杖はすでに所有者を無くして一人ぼっちでした。私はどうにかして所有者を見つけたいと思っていのです。そこで、あなたが現れたのです」
自分に指をさして、ぼく? と尋ねた。
燕尾服の男はそうですと何度も頷いていた。
「合うにもまだ、触れていないのに…どうしてわかるんですか?」
「わかるのですよ。私には」
胸に手を置いた。
「私はこう見えても妖精なんですよ」
「嘘ッ!?」
『事実だよ』
ルキアがそう答えるのなら事実だ。
「わたくしは常に手招きしているのですが、どうも、見えていないようでして、なかなかお客さんがこちらまで来てもらえませんでした。」
「そ、そうだったのか…」
「それともうひとつ。」
燕尾服の男は人差し指をたてて言った。
「この杖が気に入った人でないと、この杖を物体として見ることができません」
えっ? つまり、それって…。
「この杖は物質ではないのです。すなわち存在していないもの。杖が所有者と認めない者には触れることも使うこともできません。ですが…私はあなたを見てピーンと来ました。この人しかいない…と。この杖もそう思ってくれるはずです。どうか、触れてやってください」
ぼくは恐る恐る杖に手をかけた。
握れる。ぼくはその杖を天井に向けて伸ばした。
「魔法を唱えてください。そうすれば、杖は答えてくれます」
ファイト! と応援してくれている。
「それじゃ…≪奇跡≫」
呪文を唱えると、眩い燐火が花火のように咲いた。ぼくが見える位置に大きな花を咲かせていた。きれいだ。こんなにも見事な花を見せてくれた杖はなかった。
魔力の減りもあまり感じない。
適切な量しか使っていないようだ。
「どうやら、杖は気に入ってくれたようですね」
「あ、ありがとうございます」
ぼくは燕尾服の男と杖にお礼を言った。
『値段は相当高そうですな』
「あっそうだ。値段は…いくらぐらいで?」
燕尾服は両手を差し出し、「いいえ、お値段は無料です。なにせ、この店の店主でさえも知っていない杖ですのでね。もらってくれた方が私と杖は嬉しいのです」と燕尾服の男は嬉しそうだった。
『用は済んだ。さっさと行こう』
ルキアにそそのかされてさっさと行こうとしたとき、燕尾服の男が「待ってください!」と、突然姿を変えた。
燕尾服の男は蝶の羽を生やした美男へと変わっていた。サイズは手のひらほどだ。まるでおとぎ話に出てくる妖精のようだった。
「そ、その姿は…」
「これが本来の私です。コトリコと申します」
「ぼくルアと言います。見えませんがルキアという捻くれた邪険もいます」
『誰が邪険だッ!』
と拳が振りかざした。ぼくはよけようとしたところ、隣にあった棚に阻まれ、避けることができず直撃を食らった。
「あいたッ!」
『自業自得です』
ぼくは両手で頭をさすりながら、ルキアを睨みつけた。
「そこにいるのですねルキアさんは」
一連の出来事を見ていたコトリコは不思議そうに見つめていた。
「呪いですよ。強くなるための条件として常に一緒にいるんです」
「それは頼もしい限りですね」
そう言われれば、確かに頼もしい存在だが、悪夢を見せなければなおよかったのかもしれない。
『思っていること、わかるぞ』
「ああ、うるさいうるさい!」
ぼくは頭を左右に振って拒否した。これ以上、ルキアの思惑通りになっては大変なことになる。ぼくはルキアの話を裂いて、さっさとお店を出ようとした。
「それじゃ、ぼくらはこれで…」
ぼくはその場から離れようとしたとき、ぼくの服を引っ張って止めた。
「待ってください」
「なにか用事でも?」
「わたくしも一緒に連れて行ってください」
「『は?』」
「実は、わたくしこの杖の守護となってから、身動きが取れなかったのです。こうしてルアさんと出会ったことで杖から解放されたのですが…80年間、こんな閉ざされていた私は外の時間を知らないのです。迷子になっては私のプライドが許さないのです。どうか、少しだけでいいのです。私と一緒に…」
ぼくは断ろうとしたとき、ルキアが『おもしれぇーわ』とカッカッカと笑いあげていた。ぼくはその笑い声を無視しようとしたとき、「わたくしは杖とひとつです。どうか…」と杖に憑りついてしまった。
杖の守護となっていた輩が逆に憑りつく存在になってどうするのかと問いたかったが、あきらめた。ぼくは、その杖を手に入れ、コトリコと一緒にお店を出た。
「いいもの見つかった?」
アニーに聞かれ、「まあ、うん」と答えた。
「お金は結構よ。それ、呪われた杖だしね」
懐に隠していた杖を見破っていた。アニーは指をさして、その杖の経緯を知っている素振りを見せた。
「黙っていてあげる。私と今度、勝負しなさい。それでチャラよ」
不敵な笑みを浮かべるアニーを尻目にぼくはさっさと店から出て行った。
四人の魔法使い にぃつな @Mdrac_Crou
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