第9章 ご褒美
「そんなの、いらない!」
利亜奈は、払いのけられた手を見つめた。
「この世に、お金より価値のある物があって?」
「ある!」
拓は、叫んだ。
「へえ。聞かせて欲しいわ。」
「それは……」
拓は、立ち止まった。
「頑張れ!坊主!」
後ろから、刑事と警察官が拓を応援している。
「えっと……人の役に立つ事だ!」
「人の役に立つ?どうやって?」
「発明品を作って、周りの人を幸せにするんだ!」
拓は、さっき利亜奈を捕まえた、改良型ネズミ捕りを、彼女に見せつけた。
「ふん。これだって、お金がなければ、作れないじゃないの。」
「うっ……」
拓は一歩下がった。
「いい加減にしろや。」
後ろから刑事がやってきた。
「利亜奈さん。はっきり言って、あんたには失望したよ。」
利亜奈は、刑事をキッと睨みつけた。
「若くて金があるあんたが、宝石に目に眩むのは、ちょっと分かるきがした。だが、金にしか価値が見いだせないあんたを、もう尊敬する事もない。おい、連れて行け。」
「はっ!」
警察官達は、利亜奈を立たせ、外に連れて行った。
さすがの利亜奈も、騒ぐ事はなかった。
「坊主、偉かったな。」
「へへへっ。」
刑事は拓が持っていた、改良型ネズミ捕りを持ち上げた。
「これが怪盗マリアを捕まえるとはな。大した発明だ。」
「ありがとう、刑事さん。」
刑事は、大きく背伸びをした。
「じゃあ、帰るぞ。坊主、俺の車に乗れ。」
「はーい。」
拓は、改良型ネズミ捕りを全部袋に入れ、刑事の後を追った。
「ねえ、刑事さん。」
「なんだ?」
「刑事さんの大切な物ってなに?やっぱりお金?」
刑事は、鼻で笑った。
「バカ言うんじゃねえ。俺が大事にしているのは、庶民の安全と正義だ。」
「カッコイイね。」
刑事は照れて、頬をかいた。
「坊主だって、カッコよかったぞ。」
「そう?」
「発明品で、人の役に立つか。小学生でよく言えたもんだ。将来楽しみな発明少年だ。」
「みんなそう言うけれど、俺、発明家だから。」
「そうか?はははっ!」
刑事は、拓の頭を撫でながら、大声で笑った。
美術館の外に出ると、ちょうど利亜奈が、パトカーの中に乗る途中だった。
「まだ、信じられねえ。怪盗マリアが利亜奈様だったとはな。」
「俺は、分かってたよ。」
拓はご機嫌で、刑事に笑顔を見せた。
翌日。
【怪盗マリア、捕まる!】
【犯人は、領主の娘・利亜奈様!】
そんな新聞記事が、一面を飾った。
それに付け加えられたのが……
【お手柄、発明少年!】
【発明品で、怪盗マリアを捕まえる。】
と、拓の事も載っていた。
家でそれを見ていた拓の両親は、目を丸くした。
「怪盗マリア、本当に利亜奈様だったんだ。」
「あの子の言った通りね。」
両親はそっと、テレビを観ている拓を見つめた。
ああしていると、ただの小学生に見えるが、今や我が息子は、怪盗マリアを捕まえた、ヒーローなのだ。
「お手柄……なのかしら。」
「逆に、よくも捕まえたなって、逆恨みされないだろうな。」
両親は、ブルッと体が震えた。
「そんなに、利亜奈様って怖いの?」
「怖いと言うか、恐れ多いと言うか……」
「何言ってんだよ、お父さん。悪い事をしたのに、偉い人だからって、許されるの?普通逆でしょ!」
父親は、はぁっとため息をついた。
「拓の言う通りだな。」
「そうね。偉いわよ、拓。」
両親に褒められ、拓は得意げになった。
そんな時だった。
玄関のチャイムが鳴った。
「何かしら。」
母親が、玄関の方へ向かった。
「どなたですか?」
「こんにちは。三軒隣の者です。」
「あら?三沢さん?」
母親が、玄関のドアを開けた時だ。
三沢さん夫婦が、ニコニコしながら立っていた。
「奥さん、拓ちゃんはいる?」
「拓ですか?お待ちくださいね。拓!」
母親が呼ぶと、拓はいつもと違って、素直に玄関に出て来た。
「拓ちゃん、こんにちは。」
「こんにちは、おばさん。」
すると三沢さん夫婦は、母親を押しのけて、拓の前に進んだ。
「拓ちゃん、今回の件はすごかったわね。」
「おばさん、新聞見たの?」
「ああ、見たよ。お手柄じゃないか。」
三沢さんの旦那さんも、喜んでいる。
「そこでね。拓ちゃんに、発明品を頼みたいの。」
「いいよ。」
拓は何も考えずに、二つ返事した。
心配なのは、拓の母親だ。
「いいの?拓。そんな安請負いして。」
「いいよ。今作ってるものもないし。おばさん、どんな物がいいの?」
「あのね。キッチンで使う物がいいわ。例えば、卵を自動的に割る機械とか。」
「卵を割る機械ね。分かった。」
事の次第を分かっているのか、分かってないのか。
母親は、もっと心配になった。
「じゃあ、お願いね。拓ちゃん。」
「はーい。」
そう言うと三沢さん夫婦は、ニコニコしながら帰って行った。
「本当にいいの?拓。」
「いいよ。なんで?」
「自動で卵を割るなんて。作れるんだったら、お母さんだって欲しいわよ。」
「だったら、お母さんにも作ってあげるよ。」
「そう言う問題じゃありません。」
母親と拓が、玄関からリビングへ戻ろうとした時だ。
また玄関のチャイムが鳴った。
「また?誰かしら。」
母親が玄関を開けると、今度は大勢の人が、玄関に押し寄せていた。
「ああ、発明少年だ!」
「発明少年。俺にも何か作ってくれ!」
「俺は、草刈り機が欲しい。」
「私は、子供をあやす機械がほしいわ。」
だが拓は、迷う事なく返事した。
「いいよ。」
それを見た拓の母親だけが、ため息をついた。
怪盗マリアを捕まえて、拓は発明家としてモテるだけでは、なさそうだ。
それは、学校からの帰り道だった。
「拓君。」
後ろを見ると、同じクラスの百合香ちゃんだった。
「ゆ、百合香ちゃん。」
彼女は、クラスの中でも人気者で、男女共に好かれていた。
「拓君、すごいね。怪盗マリアを捕まえるなんて。」
「それほどでもないよ。」
拓は、照れ笑いを連発した。
「発明品って、今も作ってるの?」
「作ってるよ。百合香ちゃんも、何か作って欲しい物ある?」
「私はいらない。」
「えっ……」
拓はがっかりした。
「だって、私まで拓君に発明を依頼したら、拓君体を壊すまで、頑張っちゃうでしょ。」
「百合香ちゃん……」
拓は、百合香が天使に見えた。
発明品より自分の体に、気を遣ってくれるなんて。
なんて優しい子なんだろう。
拓は益々、百合香ちゃんを好きになりそうだった。
「じゃあ、拓君。」
百合香ちゃんが、手を振る。
「バイバイ、百合香ちゃん。」
拓も百合香ちゃんに手を振った。
百合香ちゃんが、道の角を曲がると、拓は百合香ちゃんの姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。
その時だ。
「おい、坊主。」
「あっ、刑事さん。」
どこに行く途中なのか、刑事は車の中から、拓に向かって顔を出した。
「今の女の子は、誰だ。」
「同じクラスの百合香ちゃん。可愛い子でしょう?」
「坊主。そう言うところは、普通の男の子だな。」
拓は、ペロッと舌を出した。
「だが、まだ早いぞ。」
「ちぇ。刑事さん、意地悪だな。」
拓は刑事にも、手を振った。
「さーてっと。今日の晩御飯、何かな。」
拓はスキップしながら、家に帰って来た。
「ただいま。」
「お帰りなさい、拓。」
拓はランドセルを置いて、キッチンにやってきた。
「今日の晩御飯、なに?」
「ん?聞きたい?」
「聞きたい、聞きたい。」
母親は、冷蔵庫から合いびき肉を出した。
「今日は拓が好きな、ハンバーグよ。」
「やったああ!!」
拓は、飛び跳ねて喜んだ。
今日の百合香ちゃんの事と言い、晩御飯のハンバーグと言い、最近ついてると思う拓。
「街の人の役に立った、ご褒美よ。」
「へへへっ。」
拓は照れながら、そして誇らしくなりながら、リビングのソファに座った。
「あっ!まだ三沢さんの卵割り機、作ってない!」
拓は急いで、二階へ駆け上がった。
「全く。困った発明少年ね。」
母親は微笑みながら、息を吐いた。
発明家拓と怪盗マリア~美術館へのインベイション~ 日下奈緒 @nao-kusaka
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