第8章 お金と発明品

利亜奈の屋敷から戻ってきた拓は、急いで改良型ネズミ捕りの増産にかかった。


両手両足型にする為だ。


「もう一つは、この前と同じように作らなきゃな。」


設計図なしで、あれこれやっているうちにできた作品だ。


既にある右手型を見ながら、左手型を作るようになる。



案の定、夕食の時間になっても、拓は2階から降りてこない。


「拓はまだ、来ないのか。」


「何回言っても、聞かないのよ。」


両親は、あの一件以来、拓の事に呆れ果ててしまった。


「でもな。食事はきちんと摂らないと。」


「そうよね。」



やれやれと、父親は2階の階段を昇って行く。


拓の部屋からは、ウィーンウィーンと機械音だけが、聞こえてきた。


「拓、入るぞ。」


部屋の中に入ると、拓は手にある機械を、何度も何度も見直していた。


「拓。食事の時は、一旦手を休めて、降りて来なさってって言わなかったか。」


「うん。でも、今だけは見逃して。」


拓は何度も機械の中を覗き、もう一つの機械と見比べては、また機械の中を覗く。


父親は、黙って拓のベッドに腰かけて、しばらく拓の様子を観察した。


背中は小さくても、作っている様は、どこかの研究員みたいだ。


自分の息子とは言え、ここまで発明品を作れるなんて、すごいと思う。


そう言えば幼い頃から、何かを作り上げるゲームやおもちゃが好きだった。



「拓は、何の為に発明をしているんだ?」


「何の為って、人の役に立つ為だよ。」


「今、作っている物もか?」


「そうだよ。これで、怪盗マリアを捕まえるんだ。」


拓はどうやら、最近怪盗マリアに、憑りつかれているらしい。


「どうして拓は、怪盗マリアに拘るのかな。」


「どうしてって、怪盗マリアは街の宝石を盗む、悪い奴だから。」


その瞳は、真っすぐに発明品を見つめていた。



「もし、怪盗マリアを捕まえて、本当に利亜奈様だったら……街中が大変な騒ぎになるぞ。」


「だから、捕まえちゃいけないの?そんなの変だよ。」


「そう、だな。」


父親は、拓に正義感が芽生えているのが、嬉しかった。


「一段落着いたら、降りて来なさい。分かったね。」


「はーい。」


拓はそれでも、父親の方を向こうとしなかった。



改良型ネズミ捕りの両腕を作ったところで、拓は階段を降りた。


「あら拓。やっと一段落着いたのね。」


母親はそう言うと、夕食を温めてくれた。


「はい。今日はシチューだぞ。」


「え~俺、ハンバーグが食べたかったな。」


「そんな事言わないで、早く食べなさい。」


「はーい。」


拓はシチューを食べながら、物足りなさを感じていた。


「ねえ、お母さん。やっぱり俺、ハンバーグが食べたい。」


「無理言わないの。」


母親は、キッチンでもう洗い物をしている。


「そうだ!怪盗マリアを捕まえたら、ハンバーグ作ってよ。」


「はいはい。その時はね。」


軽くスルーされた。


拓はため息をつきながら、シチューをかき込み、食べ終えると立ち上がった。


「もう食べ終わったの?」


母親は、泡のついたスポンジを持ちながら、驚いていた。


「発明がまだ、途中なんだよ!」


拓は瞬く間に、2階への階段を駆け上がった。


「全く……誰に似たんだか。」


父親はソファにあるクッションで、顔を隠した。



そして2階にあがった拓は、また改良型ネズミ捕りの作成に、取り掛かっていた。


今度は、両足の部分だ。


「なんとか、明日までに完成しないと。」


拓の中では、明日、怪盗マリアが美術館に現れそうで、仕方なかった。


もし明日間に合わなかったら、また宝石を奪われるどころか、今度はいつ美術館に現れるか、分からない。


「えーっと、こっちが右足だから……」


右手と左手が微妙に違うように、右足と左足も微妙に違うようにする。


一度捕まえたら、二度と離さないような工夫だ。


「待ってろよ、怪盗マリア。俺が必ず捕まえてやる。」


やる気満々の拓は、遅い時間になっても、興奮醒めないまま眠ろうとはしなかった。


そして翌日。


拓は目の下にクマを作りながら、出来上がった改良型ネズミ捕りを持って、警察署に向かった。


「刑事のおじさん、いる?」


「ああ、発明少年。」


その警察官の人は、刑事を呼んで来てくれた。


「なんだ、坊主。それは。」


「改良型ネズミ捕り。今度は、両手両足にしたんだ。」


「それは、失敗作だろ。」


「また改良したから、今度は怪盗マリアを捕まえられると思うよ。」


拓と刑事は、見つめ合った。


最初にしびれを切らしたのは、刑事の方だった。


「分かったよ、坊主。今度だけだぞ。」


「ありがとう、おじさん。」


拓は喜びながら、改良型ネズミ捕りを持ち上げた。


「早速、美術館に取りつけに行こう。」


「ああ?何で。」


「今夜、怪盗マリアが来そうな気がするんだ。」


刑事は何を悟ったのか、警察官に美術館へと向かうように仕向けた。


「これで怪盗マリアを捕まえられなかったら、二度と警察署には来るなよ、坊主。」


「はーい。」


拓は素直に返事をした。


それほど、今回は自信があったのだ。



やがて夜になり、拓と刑事と警察官達は、怪盗マリアが美術館に現れるのを待った。


シーンとなる美術館。


大きなダイヤだけが、キラキラと音を立てて、光っているようだった。


「ケースは、直ぐに外れないようになっているよね。」


「当たり前よ。ネズミ捕りはどうだ?」


「指定の位置に、設置した。」


暗い美術館の中、赤外線に怪盗マリアが映ったところで、フロアの電気が一斉につくようになっていた。


「早く来い、怪盗マリア……」


拓がそう呟いた直後だった。


警察官と刑事、そして拓は、風を切る音を察知した。


「刑事さん……」


「しっ!」


ここにいると知られたら、それこそ怪盗マリアを捕まえる機会を失ってしまう。


拓達は、息を飲んだ。


そして、ガラスのケースが微妙に動いた時だった。


ガシャン、ガシャン!と言う音がした。


「引っかかった!」


拓は大きな声を出した。


怪盗マリアの、両腕を捕まえたのだ。



「なに!?おまえは!!」


怪盗マリアがこちらを振り向こうとした時だ。


またガシャン、ガシャンと言う音がした。


今度は、両足も捕まえた。



「今だ!」


警察が怪盗マリアを、一気に取り押さえた。


「きゃああ!」


一気に警察官に捕まえられた怪盗マリアは、思わず声を出した。


「大人しくしろ!」


警察官達は怪盗マリアを押さえ、仮面を引きはがした。


その正体に、一同驚いた。



「利、利亜奈様!」


「利亜奈様だ!」


「怪盗マリアが、利亜奈様だったなんて!」


取り押さえている警察官達の、手の力が弱まって行く。


その隙をついて、利亜奈は警察官達の輪の中を、脱出した。



「利亜奈様。あなたが、怪盗マリアだったなんて……」


刑事も、歯ぎしりをする。


やっと捕まえた怪盗が、この街の領主の娘だったなんて。


これでは、捕まえた甲斐がない。


見逃すしかないのか。


刑事がそう思った時だ。



「怪盗マリア!やっと捕まえたぞ!盗んだ宝石を返せ!」


拓が一人だけ、利亜奈を追い詰めた。


「発明少年……」


利亜奈は、ニヤッと笑った。


「どう?発明少年。一つ取引をしようじゃない。」


「なんだ!」


「私を捕まえたとなると、君だって分が悪いだろう?だから、今回は見逃すって言うのは?ちゃんと取引料は払うからさ。」


利亜奈は、手を拓の前に、差し出した。


「どう?悪い話じゃないよ?現に後ろの人達を見てごらん?」


拓が後ろを見ると、皆斜め後ろを向いていた。


まるで、取引の様子も見て見ぬ振りだ。



「刑事さん!」


刑事も、下を向いている。


「おまえが発明した物だ。おまえが取引したいって言うなら、してもいい。」


すると拓は、利亜奈の手に右手を差し出した。


誰もが、取引をすると思っていた。


その時だった。


「そんな取引、できるか!」


拓は、利亜奈の手を払いのけた。

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