第4話
インテリアショップのような新品の家具の匂い。
マナの家のリビングは一言で言うと作り物の様である。
統一された清潔感のあるインテリアが綺麗に配置されていた。
事務所の応接室や、展示会のような生活感のない業務的な雰囲気である。
そして天井から照らされる白色の明かりが無機質な雰囲気を、より際立たせていた。
新品のように真っ白なソファに吸い込まれるかのようにキョウカは腰を落とした。
「ふぅ。」
キョウカはソファに座り一息つくと、疲労から全身の力が抜けていくのを感じた。
背もたれに寄りかかりポケッと天井を見上げる。
「ワタシなにしてんだろ......。」
一日のことを振り返ったキョウカの第一声はそれだった。
自分が今日したことと、マナが自分にしてきたことを比べる。
多少の差はあれどあかの他人を付けて願望を一方的に押しつけている点は一致していた。
そう考えると自分もあんな奴と同じかと思えて虚しく感じていた。
そしていたたまれなくなって手で自分の視界を覆う。
視界が塞がり、より鮮明にさっきの出来事を思い出して深いため息を吐いた。
リビングに入ってきたマナはキョウカの前の机にグラスを置く。
そして手に持っているペットボトルの麦茶を注いだ。
キョウカはマナの言葉に背筋がぴんと伸びる。
「はい、麦茶。」
「あっ、ふぇっ!?
うっ、うん。
どうも。」
キョウカは反射的に答える。
しかし先ほどまでの奇行を考えると薬か何かが入っているかもしれない。
そう考えると空中でワタワタと手を振るだけでグラスを取れずにいた。
「毒なんて入ってないから大丈夫よ。」
そういうマナの声には先ほどまでの覇気はない。
キョウカがマナの顔を見上げると、先ほどとは打って変わって無表情がそこにあった。
本当に感情がないかのような完全な無表情。
二重人格者を思わせるほどの差にキョウカは開いた口が塞がらない。
「ん、何?」
「あっ、いえ......。」
そして訪れる無言の間。
両者が互いの出方を伺い、見つめ合う。
静寂の中で壁掛け時計の音だけが響き渡る。
「飲めば?
麦茶。」
「あっはい。
グェホッ。」
キョウカは慌てて麦茶を一気飲みして盛大に咽せた。
口元を押さえて嗚咽を漏らす。
「はい、ティッシュ。」
「ゲフォ...アリガト...。」
「はぁ、どんくさ。」
「ズビバゼン..。」
キョウカはマナからティッシュを受け取り口元を拭く。
そしてマナはため息を吐きながらゴミ箱をキョウカの傍に移動させる。
「そんな緊張しなくていいって。
別に拉致監禁する気もないし、帰りたかったら帰ってもいいから。
終電間に合うか知らないけど。」
その言葉を聞いてキョウカは慌てて時計を見る。
現在午後10時半過ぎ。
駅まで徒歩だと考えると微妙な時間だ。
キョウカは眉間にシワを寄せる。
「間に合わなそうなら泊ってきな。
私が付き合わせたのが原因だし。
どうしても帰りたいならタクシー呼ぶけど。」
「タクシー...。
泊めてください。」
「はい。」
キョウカにとってタクシーは遠い記憶の中にしかない乗り物だった。
タクシーの車内は運転手と自分だけの密室。
それは長期に渡り"会話"をしていないキョウカには、いたたまれない環境である。
ならば、そんな中にいるよりは泊めてもらった方がマシだと考えたのだ。
「夕飯は食べた?」
「いや、まだです。」
「カレーでいい?
レトルトだけど。」
「ありがと......ございます。」
淡泊な会話を終えるとマナは立ち上がり、キッチンに入って行った。
マナの背中が見えなくなると、キョウカは深いため息を吐く。
キョウカは横になるようにソファに倒れ込み、顔を埋めた。
これでよかったのか、これ以外の選択肢があったのではないかと脳裏によぎる。
そう考え始めると、大失態をしてしまったような気がしてしまう。
そして独り心折れていた。
一度姿勢を倒すと、全身の力が抜けて起きあがることができない。
ソファに顔を埋めて軽く足をバタつかせた。
一方その頃、マナも一人キッチンで考え込んでいた。
鍋に水をためてコンロにかける。
冷蔵庫に背中を当てて、人差し指を口元に添えた。
「あの子、どうしよう......。」
マナは今後のキョウカの扱いについて考える。
連れ帰ってしまったものの、明日には帰るのだろうか。
このまま帰してしまっては、今日の自分の行いが全て空回りになってしまう。
それだけは嫌で、どうにかキョウカを引き留める言い訳を探していた。
「問い壱。
私にとってすでにあの子は特別な存在で側に置いときたいと思っているか。
答えはNOだ。
及第点はいいとこ。
私には遠く及ばない普通の子だ。」
そう言いながら腕を組み自問自答を開始する。
「問い弐。
あの子は私に隠しているだけで本当は何かあるかもしれない。
その”何か”に心引かれてというのはどうだろうか。
NOだ。
あの状態であの行動。
人としての底は知れている。
何かあったとしても一般の範疇だ。」
足をクロスさせ、左手を眉間にあてる。
「問い参。
あの子自信ではなく、あの子を当たり屋にさせた周りの環境に興味をもってというのはどうだろうか。
......。
微妙だな。
面白そうではあるけど、いまいち決め手に欠ける。
というか、他人の人間関係に入り込んでいけるほど私は器用ではない。」
その場でターンをして、腰に手を添える。
「問い四。
それよりは、意気消沈としているあの子が哀れで。
そんなあの子に手を差し伸べる優しい私というのはどうだろうか。
......うん。
それは妙案ね。
とても優しい私だわ。」
そう言いながらマナは沸騰した鍋にレトルトカレーの袋を入れた。
その顔は電球でも浮き出そうな確信めいた顔をしていた。
わたしの物語は......。 秋 @aki_tukuhiki
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