俳句超短編② パリの桜

祥一

 おれはずっと広場で、桜とかいう薄ピンクの花を眺めていた。他に見たいものがないのだから、仕方がない。

 今までの人生で、花なんてものをずっと軽蔑していた。この桜だって、なにがいいんだかさっぱりわからねえ。

 どうやら日本とかいう聞いたこともない国の花らしい。ここに来る前、薄汚い役人どもが話してやがったのだ。御者に、桜が目印の広場だとか伝えて。

 馬鹿か、誰も知らねえような花が目印になるかってんだ。と、思っていたんだが、予定通りやってこれたんだから、間違いはなかったのだろう。

 確かに派手な花ではある。今日くらいのしょうもないそよ風なんかで、こうもどんどん花びらを散らして、明日には丸坊主になるんじゃねえか。ちっとはペース配分を考えちゃあどうなんだ。

 まあ、おれに似てるといえなくもねえな。ぱっと咲いて、ぱっと散るってのはよお。潔いところは気に入ったぜ。

 それにしてもなんでえ。うるせえ観客どもだ。人がせっかく風流に桜現物としゃれこんでいるのによお、どいつもこいつも、美というものを理解できない愚物ぞろいだ。

 おれのツラなんかじゃなくて、桜を鑑賞したらどうなんだ!

「うひゃあ、今こいつ、こっちをにらみやがったぞ」

 へん、にらんじゃ悪いかよ。せいぜいびびりやがれ。

 くだらねえ、昨日までのおれだったら、今みたいな口の利き方をする野郎には、十発は拳をお見舞いしてやるんだがな。命拾いしやがって。

 うわっ、花びらが目にぶつかったじゃねえか。おれとしたことが、珍しくものを誉めたと思ったらこれだ。やっぱりいつも通り、見えるもの全部呪ってやればよかったぜ。

 あーあ、目がかゆくなってきた。思い切りこすってしまいたいんだが、そうもいかねえ。

 なんて不便な状況なんだ!

 仕方ねえから、おれは目をバチバチさせた。

「キャアアア、まばたきしてるわ!」

 うるせえ、うるせえ。そうなると思ったぜ。これだけ珍しい見世物を提供してやってんだから、おまえら全員、見物料を払えよな。

 ちくしょう、おれもこんなことになると思ってなかった。意外と痛くないんだよな。目も耳もちゃんとしてるし。息はちょっとしにくい気がする。別にもう呼吸なんかしたくねえよ。

 おっ、右斜め前方に、スケッチブックを持っておれのことを絵にしてやがるおっさんがいるじゃねえか。ひげにベレー帽って、もう少しファッションを考えちゃあどうなんだ。

 やめてくれよな。おれにだって羞恥心くらいはあるんだ。こんな姿を人前にさらしてるだけでもむかつくのに、絵になんか残されちゃあたまらねえ。

 おいっ、だれに許可をとって絵なんか描いてやがるんだ。よせよ、この野郎。

 おれはそう怒鳴ってやりたいと思ったんだが、さすがに声は出ねえみたいだ。

 今まで生きてきて、おれは後悔なんかしたことがないつもりだったが、こんなひどい目に逢わされるとはな。

 おいっ、神様よお、さっさと死なせてくれ。

 そうつぶやこうとしてもやっぱり口が動かねえ。

 九人殺したくらい、何が悪いんだ!

 おれの体はどこだ!



           ギロチンの首が儚む桜かな

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