六回裏 -Mood maker-
来日して3年目、アメリカや中南米の連中と違って俺たちがここでやっていくにはそれなりの実績が必要だ。もちろん、即戦力を期待されている連中とは違って多少は育てる。そういった点では長い目で見てもらえているところはある。
「カン、何やってるもうミーティング始まるぞー」
「わかたヨ、コレ飲んだラ行くカラー」
想像以上にこのチームは温かい。メジャー球団などではアジア人選手というだけで腫れ物に触れる様な扱いをするチームもあるという噂もあった。もちろん、国で学んだ日本語でコミュニケーションがそれなりに取れているということもあるだろう。
近くて遠い異国の地では慣れないことも多い。食い物一つ、移動手段一つそれぞれをとっても違う。国内の移動に飛行機を使うことなんて殆どなかった。
「ヤパリ緑は人気あるネ」
「我が弟ながら羨ましいよ全く」
「キヨシもそれなりヨ、私もう2年なるけどグッズやっと作ってモロたよ。でも全然売れない」
今のパイレーツには野手の外国人選手がトッパンぐらいしか居ないから、外国人選手枠で二軍に落とされるといったことは殆ど無いのが幸運だった。来年からはどうなるかはわからない。7月31日がすぎるまでは毎年戦々恐々としていた。
『放送席、そしてスタンドのパイレーツファンの皆様ヒーローインタビューです』
ある日きっかけが来た。たまたま上がったヒーローインタビューのお立ち台で通訳の卓さんではなく、清がいた。勉強していると言っても細かな日本語のニュアンスが伝わらないことだってある。
「キヨシナンデ? 呼ばれテナイでしょ?」
それでも構わず通訳として振る舞う清、もうどうにでもなれという気持ちであえて台湾語で受け答えをしてやった。それに適当な通訳をする清。3回目の質問で、流石に限界だった。
「違うヨキヨシ、貴方適当スグルのヨ、コレじゃ私タダの変のオニーサンじゃい」
盛大にマイクに乗ってスタンド中に響いたそれが盛大にウケた。日本人のツボはよくわからない。だけど、そこがきっかけでチームのムードメーカー、お笑い担当、よくわからないけど面白い選手としての地位を得た。グッズもそれがきっかけで売れ始めた。
「カンちゃん最近調子いいな。左の時以外はスタメンにほぼ定着じゃねえか」
「キヨシのおかげヨ。アレからタガが外れタヨ」
「それ、使い方違うからな!?」
パフォーマンスに力を入れるようになった。自分がホームランバッターでないことが悔やまれるが、もし戦力外通告を受けたとしても客寄せパンダとして他球団で雇ってもらえるかもしれない。もしそれでも駄目ならコメディアンにでも転向してみるのも一つの身の振り方だな。
シーズンが終わって監督が南場になった。彼は俺のことをかわいがってくれている一人だ。野球の実力でかなわないということはないが、やりやすくなる事に代わりはない。チームはBクラスということと成績も平均よりやや上程度ということがあって年俸はわずかに50万円アップにとどまったけど、また来年もこのチームでやれる事が嬉しかった。
「
応接室を出た後に会った彼は南場の親友とも呼べるうちの一人、今年は3番手投手としてそこそこ頑張っていた。どことなく風采が上がらない印象があるけど、なんとなくそれが好きだった。やりすぎる自分とそれに乗る清を最終的には彼が止める。
彼が上がりでベンチに居ない日はやりすぎて南場次期監督にドツキの突っ込みをもらったことがある。そういう意味で、良いブレーキ役だし何度か呑みにも連れて行ってもらった。
普段行くような騒がしい店ではなく、とても落ち着いた雰囲気のいい店だった。プロ生活が長いと各都市で自分の穴場を見つけるようになると笑ったのがとても印象的だった。
「千秋! 千秋も今日かー!私今年頑張ったのにタメタメたよー」
「はいはい、蘇君。今日は他にも怖い先輩がくるからあんまり騒ぎすぎるとまたゲンコをもらうよ」
「ナガレ監督か? ウソダもうオワテルはずヨ」
その彼も4月に入院し、居なくなった。そう思っていたが……あれはプレーオフを勝ち抜いた次の日のことだ。三筒が面白いことがあると言って連れて行った先に彼がいた。聞いた話ではこんなところにいられないはずなのに。
「千秋ィィ、会イタカタヨー」
****
日本一を決める試合は六回の裏ここまで両チーム合わせてわずか一本のヒットと非常に緊迫した投手戦、両チームともに守備でいいプレーが出ておりますまさに頂上決戦にふさわしい試合であります。
『六回の裏 パイレーツの攻撃 1番ショートストップ 一色緑』
この回は打順よく1番の一色緑から始まりますパイレーツ。好投の東風のために追加点を取りたいところであります。対する角道ここまで三筒に対するホームラン一本に抑え、これ以上点はやれないところであります。第1球を投げたっ、バントの構えだけ、見送ってボール。
マウンド上角道普段と違いやや疲れが見えます。やはり大舞台のプレッシャーはこのエースをも飲み込んでしまうのか。第2球投げたっ打った。打球はバックネット方向玉城が追います、これはスタンドへ入ります。
『打球の行方には十分ご注意ください』
左バッターボックスの一色緑、軽く素振りをいたしまして調子を確認いたします。第3球目を投げたっ、外低目決まったストライクッ!スライダーがビシッと決まりました。
「鹿島さん」
はいどうぞ。
「バッターボックスの一色緑選手ですが、今日はお兄さんと一緒にお母様のお墓参りに行ったそうで、日本シリーズでの勝利を二人で誓ったとおっしゃっていました。お兄さんの一色清選手にも伺ったところ、たまたま一緒になっただけと照れたように帰ってきました」
ありがとうございます。一塁側パイレーツ情報は横浜港湾放送、猪瀬真美アナウンサーです。その母に誓った日本一に近づけるためにここは塁に出たい一色緑、カウントは2ボール2ストライクと変わっております。第5球目投げたっ、落としてきたーバットは……止まっています。3ボール2ストライクフルカウントとなりました。
第6球目投げたっ、打ったこれは三塁線切れていきますファウルボール。今のは何でしょうか小野さん。
「カットボールだと思います。やや外に逃げたのでファウルになったといったところでしょうか」
投球は次が7球目となります。セットポジションから角道投げたっ打ったピッチャー返しだ。取っています、ピッチャーライナーよく取りました角道、ワンナウトです。
『2番 ライトフィルダー 盃口 正二』
ここからまた右が続きます、盃口今日3回目の右バッターボックスに入ります。今年はキャプテンとしてチームを引っ張ってまいりました、その維持をここで見せたいところ。初球は何を選択するか投げたっ、空振り。ここは抜いてきましたゆるい球、まったくタイミングが合いませんでした。今日はセンターフライと三振に倒れている
盃口でありますが、いまいち合わないといったところでしょうか?
「盃口はどちらかと言うと、ランナーを置いている状況の方が得意な選手ですからね彼を最大限活かすためにも一色緑にはがんばってほしいところだったのですが、今日の角道の出来だとどちらも難しいかもしれませんね」
2球目となります、投げたこれは浮いてしまった。ボールカウントは1ボール1ストライクです。角道ここで一旦ロジンバックに触れまして再度セットポジションへ入ります。第3球目を投げたっ打ったー一塁線、ベースを跳ねました。打球は一塁側ファウルグラウンドへ転がっている。今ライト戸金追いついてセカンドへ送球!打った盃口は悠々とセカンドへ到達しました。均衡を破るツーベースヒット! 小野さんがおっしゃっていた試合を決める次の一点への大きなチャンスを得ましたパイレーツ!
そして、盃口はそのままベンチへ下がりますか……コレは……背番号64
『パイレーツ選手の交代をお知らせいたします。セカンドランナー盃口に変わりまして、蘇 セカンドランナー
ここで蘇の代走が出たところで、コマンドーも内野陣が集まります。これは……羽生コーチが出てきました。角道をここで諦めるようですね。
「ここから右がずらりと並びますから、ここの1点は大事ですからね駒場監督も勝負に来たようですね」
『コマンドーピッチャーの交代をお知らせいたします。角道に変わりまして、成込コマンドーのピッチャーは
コマンドーここで右の成込を投入してきました、今期の成績は48試合に登板して2勝5敗 32ホールド 防御率は3.11であります。コマンドー勝ちパターンの一角を成すピッチャーですが六回裏最大のピンチを救えるか成込。
『3番 DH セブルス・トッパン』
第5戦でデッドボールとクロスプレーがありましたトッパン、情報では肩を痛めているとのことですが、このチャンスをモノにすることができるか。今日3回目の右バッターボックスです。
成込投球第1球となります。投げたっ、インコースボール。胸元突き刺さるボールこれは少し力が入ったか。第2球目投げたっ、打った。これは切れていきます。ファウルボールです。
『打球の行方には十分ご注意ください』
「前の2打席と違ってこの打席は球を選んでるようにも見えますね」
というと?
「外国人選手に多い特徴で早打ちをしつつ追い込まれてから粘るということが多いんですが、角道に対しては追い込まれる前に決めに行ってた印象です。それが投手が変わりましたからね」
なるほど、投球は3球目投げた、ボール際どいところでしたが見送っていますトッパン。これは小野さんの言う通りじっくりと球を選んでいると行ったところでありましょうか。カウント2ボール1ストライクとなりましての第4球目投げたっ蘇スタートしているっ、トッパンが打った打球はショートへ、1塁へ送ってツーアウトです。
『パイレーツ選手の交代をお知らせします。起家に変わりまして 高目 バッターは
ここで左の高目をバッターボックスに送ります南場監督、これは……コマンドーベンチも動きますね、羽生コーチがボールを受け取りました。ピッチャーが変わります。
『コマンドー ピッチャーの交代をお知らせいたします。成込に変わりまして、チェス コマンドーのピッチャーはブランドン・チェス 背番号99』
左のチェスがコールされましたコマンドー、これを見て……高目が下がります。大きく試合展開が動いた六回裏の攻防であります。これは、誰が出るでしょうか右の野手で残っているのは……三元と天野ですか……。
『パイレーツ選手の交代をお知らせいたします。高目に変わりまして 三元 バッターは
ツーアウト三塁、両監督ともに勝負に出ました。六回裏、初球を投げたっ打った、打ち上げた。ファーストキングスマン大きく手を上げます。今掴みました。パイレーツ大きなチャンスを得ましたが追加点ならず。六回裏終了1対0パイレーツリードで試合は終盤へと向かいます。
神様がくれた第七戦 麻野栄五郎 @uranff10
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