俺の家にあがってくかい

星 太一

俺の家にあがってくかい

「俺の家にあがってくかい」


 それが俺の口癖だった。

 なんてったって田舎生まれの田舎暮らし。

 すれ違う人は皆知り合い、もしくは友達、もしくは家族だった。

 家の近くに人が来たら、俺は決まったようにああ言ったもんさ。

「俺の家にあがってくかい。お茶でも飲もうや」

 婆さんに言ってお茶の準備をして、よく煎餅かじったもんよ。

 知ってる人だろうが知らん人だろうが、そんなの関係ない。

 色んな話を聞いて、色んな事を話して。連絡先もほいほい交換してた。

 楽しかったよ。


 都会の人は……いや、「今」の人は知らないんだろうな。田舎だろうが都会だろうがそんなの関係ないんだ。

 俺のこの性格はどうかしてるのかな。

 なあ、仏さん。あんたはどう思う。

 やっぱり俺がいけなかったのかな。


 この性格は何というか、生まれつきだったみたいでさ。

 すぐに誰とでも仲良くなれたんだよ。

 俺の村で俺の名前を知らん者はすぐにいなくなった。

 孫曰く俺の孫だって言えば誰もが「ああ! かんちゃんとこの孫かい」って言ってくれたらしい。それが誇らしかったし、嬉しかったって。

 流石にちょっと照れたよ。


 奥さんをもらうまでは、暇を見つけてはそこら中ほっつき歩いた。

 その時も沢山の人とすぐに仲良くなった。

 知り合ってすぐに意気投合しちゃって、そいつの家にあがりこんで、酒を呑んでベロベロに酔い潰れたこともあった。

 住所交換してさ、手紙書いて、野菜送って、偶に会いに行っては酒を呑んで……。

 年々、年賀状が増えるのを見てはほくほくしていた。

 奥さんをもってからは放浪することは無くなったが、そう言う付き合いはずっとしてた。

 奥さんは知らない人をすぐに家にあげる俺に最初は怒ったし呆れていたけど、辛抱してずっとそばにいてくれた。

 結局は楽しかったって言ってた。

 怪しい奴が来たときはどうしてくれようかって思った、と、すぐ後に付け加えていたが。


 人が来ると楽しいんだ。

 新しい世界を知れる。

 海の向こうの島には真っ赤な妙ちきりんな神社がいっぱいあること。

 最近までこの村と変わらない程のド田舎だった町が今では「街」になっちまった話。

 外人さんは実はとても優しい人がいっぱいいるってこと。

 俺はおかげでかなりの物知りになれたし、困った時は皆が助けてくれた。

 モチロン、俺も助けたことがあるさ。


 ……でも、今はこんな交友関係持つ人はいないんだってな。

 そこら辺通りかかった学生に「俺の家にあがってくかい」って言ったらあからさまに変な顔された。

 話して楽しくなったから連絡先交換しようって言ったら、不審者扱いされる、なんてこともあった。

 偶に俺に助けを求める電話が来るから、言われた通りに金を出したら実はそいつは困ってなんかいなかった。

 詐欺だった。


 今の人間はどういう生き物なんだ?

 まるで……まるで仮面被ってるみたいじゃないか。

 素顔さらして楽しく暮らす俺が馬鹿みたいだよ、何でこうなっちまったんだ?

 聞いたら、婆さんは「時代だ」って答えた。……納得いくわけが無い。

 繋がりとは何だ。

 見ず知らずの人間は全員不審者か。

 じゃあ誰となら仲良くして良いんだ。

 信頼関係とは一体何なんだ。

 人は一人じゃ生きられないんだろ? 人って字は支え合ってるんだろ? うずくまってる人を土台にして人って字があるんじゃないだろ?

 どうしてもう一人にその体を預けられないんだ。どうして自分に対してうずくまってくれる人しか信用できない世界になっちまったんだ。

 何で……何で!


 ここまで書き殴って我に返った。

 遠くで怒鳴り声が聞こえた。

 行ってみると孫が母親に叱られている。

「どうした」

「どうしたもこうしたもありません! この子ったら、見ず知らずの人と、仲良くなったからって連絡先交換したんですって! こんなに危ない世の中で……もしもの事があったらどうするの!」

「だって……連絡先だけだもん……住所は教えてないもん……」

「そういうところが危機感無いって言ってるんです! GPSでも何でも使えばストーカー出来るんです、この時代は!」

「まあまあ落ち着きなさい。……百合、その人とはどんな話をしたんだ?」

「……色んな話をしてくれた。身の上話とか、仕事で出会った色んな人の話とか、自分の娘も大学生だとか、海外出張に行ったときの体験談だとか……」

「それで?」

「文化祭の日にちが近づいたら連絡してって言ったから……それで……」

「連絡先を交換したのか」

 俺の孫――百合はこくりと頷いた。

「そうか……」

「……」

「大丈夫だ、百合。それなら心配ない」

「おじいちゃん……」

「おじいさん! 何言ってるんですか!」

「やらしいこととか聞いてこなかったんだろ? 住所まで聞いてこなかったんだろ? なぁら大丈夫だ。俺もそういう人だったから俺には分かる。変な連絡さえ来なければその人は良い人だよ。俺と同じ、すぐに仲良くなれる人好きの奴だ。だから――」

「いい加減にしてください!!」

 母親が遮った。

「もう後戻り出来ないから、様子をしばらく見ることにしましょう。しばらくは私が学校まで送ります。お婆さんにもこの事伝えて自宅付近を変な人がうろつかないか見ててもらいましょ」

「……はい」


「良い事? 百合。間違ってもおじいさんみたいな人になっては駄目」

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