お隣さん、今日の音楽どうですか。

某単発のスピードライティング講座の課題で書いたエッセイ、の下書き版。

色々と手直ししてから提出しています。


 40分、2450文字程度+固有名詞等の追加

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 昨今マンションやアパートに暮らしていると、ご近所間での付き合いが薄く云々、などという話を腐るほど記事やらニュースやらで聞いてきた。


 現在の自分はどうかといえば、なるほど確かに隣近所との係わりは非常に薄い。

 家の前ですれ違ったら、軽く挨拶や会釈をする程度が精々。私と友人がルームシェアをしている物件は角部屋なのだが、唯一のお隣さんは我々が初め形だけもと挨拶に行った時、なんと居留守を通してきた。失礼な、別に取って食いはしないぞと思ったが、まぁこのご時世警戒するのも仕方がないだろう。

 そんな訳で会話など「おはようございます」だの「こんばんは」だの十文字以下で収まる内容しか交わしていないので、具体的な名前も連例も何一つとしてよく分からない。唯一分かることと言えば猫を飼っていること位だろうか。ペットは本来規約違反のはずなのだが、この前帰り道にふと窓を見てみたら堂々と黒い猫様が置物のように鎮座していた。時々壁越しに爪とぎの音も聞こえてくるので、その度に「この物件賃貸だぞ! 大丈夫か!」などと私や友人の方がいらぬ心配をしている。


 さて昨今マンションアパート云々、の文言でこれまたよく出てくる話題の一つが、「近隣の住民とのトラブル」だと思うのだが、それに関してはこの情報量の少なすぎる隣人はどうかというと、控えめに言ってもかなりのグレーゾーンになるだろう。


 大音量で音楽をかけているからだ。


 一度だけどこかの家から「うるせぇぞ!」という怒鳴り声が聞こえていたので既にトラブルになったのだろうか。それにしては怒鳴り声はその一言以来聞こえていないので、大したことにはならなかったのかもしれない。


 そしてその隣人が音楽をかけている部屋というのが、どうやら私の部屋や居間のすぐ隣の部屋らしく、壁越しに結構はっきりと聞こえてくるのだ。


 ただ、その音楽をあまり迷惑だと思ったことは私にはない。


 どちらかといえば、流れてくる音楽でひとりイントロクイズをして遊んでいる程度だ。

「お、これはダフト・パンクとカニエ・ウェストの曲が入ったマッシュアップだな」

「これは…某有名な曲に似ているがすこし印象が違う……リミックスかな」

「曲は知らないが、この声は絶対ニッキー・ミナージュだと私の本能が告げている!」

 などと、流れる曲ごとに充てるのは中々に楽しい。

 時にはとても私好みの曲が流れてくるので、その度に曲名を尋ねたい衝動にかられてしまうのだが、驚いた隣人に通報されるが怖くていまだに実現できていない。

 冷静に考えてみると、自分の効いている曲を壁越しに他人が一緒に聴いているって、中々に怖い状況かも知れない。いや字面だけなら中々に江戸川乱歩的ですらある。別に屋根裏の梁から眺めてなどいないが。


 基本的には洋楽、それもいわゆるEDM系の音楽が多い隣人のラインナップだが、一度だけクラシック音楽が流れてきたこともある。

 ある晩帰宅したら、突然壁越しにモーツアルトのレクイエム第八曲「涙の日」が流れてきた。辛気臭いコーラスが響く中で私はひどく困惑した。何か人生においてつらいことでもあったんだろうかと、これまたいらぬ心配をした。その翌日からはまたEDM曲がガンガン流れていたので、恐らく大丈夫だと信じたい。


 映画が大音量で流れてくることもある。指輪物語の映画の音が聞こえてきた時はとても面白かった。中学、高校時代にDVDボックスで何度も見た映画なので、大体のシーンを覚えていた私は、聞こえてくる声や背景音楽から脳内でシーンを一人再生して遊んでいた。ふむふむ、ビルボの誕生日パーティのシーンだな。あ、今ガンダルフ捕まった。踊る小馬亭の手前で追われているシーンかな、といった具合だ。

 残念ながら壁越しなので流石に台詞を聞き取ることは出来ず、話し合いの場面に突入したところでこちらの作業が終わったこともあり、それ以降のシーン再生は諦めてしまったが、こちらも久々に映画が見たくなってしまった。


 そんな訳で、もしかしたら人によっては騒音騒ぎになりそうなこの隣人の生活も、私はわりと面白おかしく受け止めて暮らしている。

 因みにこれを一緒に暮らす友人にいったところ、えらく生暖かい目で「君がお隣さんとうまく付き合っているようでよかったよ」などと言われてしまった。友人の方はうるさくないのかといえば、どうやら部屋の配置の問題でそこまで部屋に音が聞こえてこないらしい。


 とはいえ、やはりどうしてもうるさい時はある。

 朝六時に起きて朝食を用意していた時、ひどく調子の外れた歌が聞こえてきたことがあった。どうやら隣人本人がご機嫌で歌っていたらしい。

 これにはさすがの私も激怒した。どうせ壁越しに聞こえてくるならもっといい曲が聞きたいし、上手な歌を聴きたい。何が悲しくて朝っぱらから上司の下手くそなカラオケに付き合わされた気分にならなきゃいかんのだ。全く迷惑な話である。この時は私の方がヘッドホンで音楽をかけてやり過ごした。次にやったら壁を叩いてやろうかと、この時ばかりは少し思った。

 さいわいなことに、その手の真の騒音はそれ以降あまり聞こえてこない。もしかすると私が日中いない間に流れているのかもしれないが、ともかく最近耳にするのはいつもの映画かドラマの音か、EDM系の洋楽ばかりである。


 ここまで話してからふと不安になったので、最後に誤解のないように言っておく。

 別に毎日壁に耳を押し当てて聴いている訳ではない。音楽が流れてきたのに気付いた時だけ、一人イントロクイズをしたり映画のシーン当てクイズをしたりしているだけである。決して私は江戸川乱歩作品に出てくる下宿生ではないので、ご安心を。

 ただ、隣近所の迷惑な騒音も、こういった楽しみ方でやり過ごす方法もありますよ、というだけの話である。

 最もこれ、嫌いなタイプの音楽が流れてきたらどうしようもないのだが。


 さて、今日はどのような曲が流れてくるのか。もしかしたら今日は猫の爪とぎ程度しか聞こえてこないかもしれない。それはそれで静かに過ごせるので、全くもって問題ない。

 お隣さん、今日の音楽どうですか。


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