第7章 地球さんありがとう

 外に出ると、日が傾きかけていた。

「日が沈むと、地球がポールシフトする」

 陽太と綾子は、おむすび山に全速力で自転車をこいだ。

 西の空が赤く染まる。カーカー、カラスが鳴いている。緑の田んぼからカエルの合唱が響く。山が近くなるとヒグラシのカナカナという鳴き声がさざ波のように繰りかえす。

「もう少しだね」

 自転車を並べて二人は走り続ける。

 おむすび山のふもとに着いた。しだいに道が狭くなり、坂道になる。

「自転車、降りよう!」

「そうね」

 坂道が急になったので、陽太と綾子は自転車を道の脇に置き、坂道を走り出した。

「もう夜になったのかな」

 小さな山だけれど、日の光が生い茂る木々の枝葉にさえぎられ、まるで夜のように暗い。

「まだ五時半よ」

「がんばって! もう少しで、山頂だよ」

 スマイルが二人のスマホに、ガッツマークを表示して見せた。

 森が開けた。小さな広場に着いた。

「やった、おむすび山の頂上だ!」

 二人は広場の中央の巨大なジャガイモみたいな岩石を背にして座った。

「陽太くん、綾子ちゃん、おつかれさま」

「スマイル、これからどうすればいいの?」

「この岩石がリトルコアだよ」

 二人は振り返り、高さ三メートルほどの大きな岩を見あげた。

「岩石の一番高いところに、ぼくとリトルコアが合体できる穴、アクセスホールがある。そこにぼくを運んでほしいんだ」

「よし、いくぞ!」

 陽太が岩に飛びつく。綾子も足場をたしかめながら、岩をよじのぼる。

 二人はまるでロッククライミングをしているみたいだった。

「陽太くん、綾子ちゃん、ファイト」

 スマイルの声が一段と高くなる。

 グラッ、大地が揺れた。

「わあ」

「きゃあ」

 岩が左右にゆれ、陽太も綾子も振り落とされた。

「ポールシフトがはじまったんだ」

 スマイルの悲痛な声。

「地球さん怒らないで」

 陽太は、揺れる岩に飛びつく。

「ごめんなさい地球さん」

 綾子も、岩によじのぼる。

 地球はようしゃなく揺れ続ける。まるで彼らの勇気を試すように。

 西の空が深い紫に染まった。日没が近い。

「陽太くん、綾子ちゃん、がんばって!」

 スマイルの応援が二人を励ました。

「えい!」

 陽太が、岩の最も高いところに着く。

 綾子もすぐに登ってくる。

「その穴にぼくをセットして」

 目の前にスマイルにぴったりの穴がある。

「綾子ちゃん、ぼくのリュックからスマイルを取り出して」

 綾子が陽太の背中のリュックに手をつっ込んだ。

「はい」

 綾子がスマイルを右手に持って陽太に手渡そうとした、その時だった、大きな揺れが二人を襲った。

「きゃあ」

 綾子の足が滑った。

「綾子ちゃん!」

 陽太は振り向き、這いつくばって手を伸ばす。

 綾子の左手が陽太の手首を握った。

「もうダメ、スマイルを投げるから受け取って」

 陽太も綾子も汗で手が滑り出した。

「綾子ちゃん、手を離しちゃダメだよ」

 下まで三メートルはある。しかもよく見ると大小様々な岩石がころがっていた。

「もう、ダメよ手に力が入らない」

 綾子の手から力が抜けてゆくのがわかる。

(ああ、どうすればいいんだ)

「綾子ちゃん、ぼくを握りしめて! 絶対に手放しちゃダメだよ」

 スマイルだった。

「わかったわ!」

 綾子は力の限りスマイルを握った。

「スマイル、何をするの?」

「説明は後で!」

 スマイルがそう言うと、綾子の右手がグンと持ち上がり、

「綾子ちゃん、すぐに陽太くんの手を放して」

 綾子はあっという間に岩の天辺に着いた。

「陽太くん、綾子ちゃん」

 二人はその場に座り込み、涙目でスマイルを見つめた。

「地球の磁場を利用して飛んだんだ」

「スマイルは自分の意思で磁極をコントロールできるんだね」

「そういうことだったのね」

「急がないと」

 陽太がすばやくスマイルを穴にはめる。

 二人のいきがピッタリ合う。

 リトルコアが目もくらむほどの金色の光を放つ。

「わあ、わあっ」

 陽太の体が、綾子の体が、まるで宇宙飛行士のように宙を舞う。

「……」

 気がつくと二人は、リトルコアから二十メートルほど離れた茂みの中にいた。

「陽太くん見て!」

 綾子が、空をみあげる。

「スマイルが……」

 スマイルとリトルコアは合体して、気球のような大きさの、シルバーに輝く金属の球体となって空に浮かんでいた。

 ピカッ

 球体が強い金色の光を発した。

「あっ」

 陽太と綾子は、右腕で両目をおおう。

 球体から天と地に金色の光のビームが真っ直ぐ伸びた。

「あの光はどこまで伸びるんだろう」

 陽太が天を見上げる。

「きっと天の北極星よ」

 綾子も夜空をつらぬく光をながめた。

「地に伸びた光は、地球の中心、コアまで伸びているんだね」

「きっとそうよ」

 スマイルは、北極星とコアをむすび、地球がポールシフトしないように、極軸を合わせていたのだ。

 光がやんだ。周囲は真っ暗だった。

「スマイル!」

 二人の声がこだまする。

「スマイルがいない」

 陽太は、大きな岩石があったところに屈んで、地面をさわった。まだ温かだった。

「きっとコアに帰ったのよ」

 綾子もかがみ、地面を両手でさわった。

 リンリン

 スマホが鳴る。

「スマイル!」

 大喜びで電話をとった。

「陽太、遊んでないで、すぐに帰りなさい!」

 お母さんのかん高い声だった。

「今から帰る」

 ピッと、スマホを切る。

 ピピピピ

 今度は綾子のスマホが鳴った。

「早く帰ってきなさい」

 お父さんからだった。

 綾子もがっかりして、返事だけするとすぐに切った。

「スマイル、大丈夫かな」

「ほんとね」

 月明かりの山道を歩き始めた。

 ピロピロリン♪

 二台のスマホが同時に鳴った。

「陽太くん、綾子ちゃん、ありがとう」

「スマイル!」

 顔を見合わせ、二人はにっこり笑う。

「ぼくはコアにいるよ。元気だから心配しないで。地球はもうポールシフトしないから」

「ばんざーい!」

 陽太と綾子は、飛び上がり、ハイタッチした。

「スマイル、もう会えないの?」

「うん。だけど、ぼくは、いつも大地を通して、君たちとつながっている。そのことを忘れないでね」

「りょうかい!」

 二人は、はいつくばって、地面をさわった。

「陽太くん、綾子ちゃん、家まで送るよ」

 ふわりふわり、二人の体が宙に浮く。

「ぼくは重力を、コアから自由にコントロール出来るんだ」

「きゃっ、きゃっ」

 綾子は、嬉しそうに声をあげる。

「わぁっ、わあっ」

 陽太はこわくて、はしゃげない。

 スマイルは、陽太と綾子と、二人の自転車を家の近くの公園まで送り届けた。

「地球の自然を守ってね」

「スマイル、約束するよ」

 二人は、地面に膝をつき、優しくさすった。

 気のせいか陽太と綾子は大地がにっこり微笑んだように思えた。


                                    了

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地球を救え、ぼくのスーパー磁石 あきちか @akichica

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