第2話

ルプスランド特区に入るとは1度も考えていなかったのがダッチだ。彼は森で一生を過ごすと考えていたからである。

「壁が家になってんのかこれ?」

「その壁の内側にも街になってますよ。」

都市っていうんです、とアロイスは返事した。

「案内はここまでっス。あんな無茶苦茶もうこりごりっス。」

そうか、とダッチ。

「おまえは今後どうすんだ?仕事を首になったんだろ?」

「そうっスね。特区の仕事でもあさるっスよ。」

ここでもやるとこが多いっすから、とラブは返答した。

「ま、郊外と比べたらマシな場所っすから、どうとでもなるっす。」


特区から支給された警報機を受け取り、二人はラブと別れた。

「セーフハウス?ってのがあるのか」

アロイスは前もって、特区内に場所を構えていたことを伝えた。

「しばらくはそこで過ごしましょう。」

しかしセーフハウスは爆発していた。ルプス反応が濃く出ていたので、バークロア

(ルプスによる特殊な気象現象)だろう、と現地人に言われた。

「それはいいとして、中のものがあらかたなくなってますね。」

「家が引っ越したがったのかもな。」

なんとか使えそうなものを集める二人。

「あるのは鉄パイプに、シャベルにスコップ、リヤカー、でかい箱と不発弾に…尻?」

格子に尻がうごめいていた。

調子を崩されながら引っこ抜くダッチ。

「抜けた?わーい。いりのっちうやね。」

お、おう、いりの?となりながらも、ダッチは彼女が何をしていたか聞いた。

「うち、モモ、っちよかましゅ。帰る場所のがとからなくなっちここん近くにいたんたい。そいぎ男ん人ん亡骸ばみつけて、なしてもお墓に埋めていげたくっち…」

それで私の家を家探ししてたわけですか、とアロイス。

「いってることわかんのか!?」

「ええ。私の頭は最高ですから。」

ドヤ、とアロイス。

なんかよくわからんがすごい自信だな、とダッチは思った。

そういうわけでリヤカーを引きながら街を行く一行。街の人は彼らを奇異の目でみていた。

郊外へ向かい、遺体を埋める3人。

「それにしても、墓地がねぇんだな」

「コンクリばかりですね。」

これじゃ安らかに眠れなそうだ、と二人は思った。

「だけん、野ざらしんままだげなわいそーたい。」

「そうですね。死んだあとくらい、安らかで。」

モモにアロイスは、優しく返答した。

略式に祈る3人。すると埋葬した箇所が光り輝いた!

「な、なんですか!?」

「わからんけん!」

今のは聞き取れた、とダッチ。

光は収まったが、特に何もないようだ。

しかし、モモが先に異常を感じ取った。

具体的には、足元にひやりとした感触を感じた。

モモは視線を下におろすと、そこには足にしがみつく、男の幽霊の姿があった!

「あぁ~」足に頬ずりする幽霊。ひきつった顔を浮かべるモモ。

ダッチは幽霊の頭部に向かって、無言で鉄パイプを振り下ろした。

「ぐへあっ!!」

汚い男の悲鳴が響いた。

「おー効いた効いた。殴ってどうにかなんのな。」

「足もありますし。」

モモから幽霊を引きはがすアロイス。

「うううひどい。もうちょっと舐めていたいのだー」

変態だ、とアロイス。

「鉄棒でも舐めるか?」倒れている幽霊の眼前に、鉄パイプをかざすダッチ。

「いえいえ勘弁を。」結構です、といった構えの幽霊。

「僕はチャーラといいます。お嬢さんがずいぶんと無防備でしたので、つい…」

「幽霊ならいくらでも殴れるな?」頬に鉄の棒を押し付けるダッチ。

「勘弁勘弁!もう死んだというのに痛い目にあうのは嫌だぁ!」

アロイスとモモは二人を引きはがし、遺体を運びここに埋めたことをチャーラに伝えた。

「それはそれはありがとうございます!ここはルプスダストが多いのもあって、

 なんとか化けて出てこれました!」

「ルプスダストに、そんな効果があるんですか?」

「なんでもありな粒子だ。この街もそういうのに浸食されないよう、隔離されてるんだろ?」

アロイスの疑問に、よくあることだと返すダッチ。

「いやあそれにしても大変でした。借金が溜まってたので、幸運にも空いてた家の家具をうっぱらって事なきを得たんですが、ご覧の通りのありさまで…。」

「斜め向かいの家のことか?」

「よくご存じですね。」

「そこは私の家です。」

「…成仏していいですか?」

ダメだ、とダッチ。

「遺産もろうていいちゃない?」

モモもこれには容赦なかった。当たり前である。

「まあ死んでしまったわけですし?出せる門は出せますよ?」


そうしてダッチたちは、幽霊のチャーラとともに彼の家についた。

「ずいぶん広い酒場だな」

「宿屋も兼ねてますので。」

「ここも別の人のかもしれませんね」

「お布団のあいばよかや。」

中に入るダッチ。そこには先客がいた。

「お客様ですか?すみません、ここのオーナーは夜逃げしてしまったようで…」

先客に声をかけようとするアロイスを、手で遮るダッチ。

「下がっていろ。こいつ、違う…!」

身に着けた警報機が音を立てる。ルプスダストが許容値を超えた音だ。

アロイスはラブを隅へ避難させた。

「お前、モープスか!」

先客と思われた男は、フードを外した。

振り返ると、頭頂部にそれだと表す、特徴的な狼の獣耳が2つ、姿をあらわした。



モープス。それはここ十年で認知された、未知の種族を表す。

この世にルプスダストが認められたときに認定された、新たな人種だ。

それらは獣の特徴をもった人型の種族であり、獣人とも呼ばれる。

かつて人とモープスの間で引き起こされた、ルプス戦争が記憶に新しい。

彼らの共通する特徴はただ一つ。人より強い!


狼耳の獣人は、硬直するアロイスたちに向けて言った。

「表へ出ろ」


チャーラの家の前に出る一行。

獣人は全員でたことを確認すると、どこからとりだしたかわからないが、身の丈ほどある杖を構えた。

獣人の目は、怒りが感じ取れた。


「おいチャーラ、俺たち、お前のお仲間だと思われてるぞ。」

「え、違うんですか?」

調子のいいやつ、とダッチは思った。

「すみません。借金が苦しくて、彼の財布を盗んでしまったんです。」

「そうか。あいつカード持ってないのか。」

獣人を観察するダッチ。物をかえせば許してくれる、という雰囲気ではないことを確認した。

鉄パイプを構えるダッチ。

「それで俺を止めるつもりか?」

「そうだな。犬一匹なら、棒一本で遊ぶだろ?」

ぎり、と歯ぎしりをする獣人。

同じ棒なら長いほうが強い。

しかし目の前の男はふざけてこそいるが、スキがない。

なにか秘策があると獣人は察したが、知ったことかと杖をダッチに向けて突いた。

だから彼が受け身も取らず、そのまま突きを食らったことに獣人はあっけに取られてしまった。その直後に獣人は意識を奪われたため、彼には何が起こったのか全く理解できなかったのである。


銃を構えたアロイスの放ったものが、見事獣人の頭部に命中した。

彼の銃が鎮圧モードでなければ、頭が吹き飛ばされてただろう。

「派手に吹っ飛ぶからあとはよろしく、なんて雑な支持、

 私でないとなんとかなりませんよ?」

吹っ飛ばされたダッチにそう追及した。

「なんとかなったろ?んじゃ後はそいつよろしく。

 俺はしばらく倒れてるわ。」 

そうですかではお先に、とアロイスは獣人を背負って家の中に入った。

周りに人がいないことを確認し、ダッチは虚空に話しかけた。

「お前思ったより律儀なんだな?」

ダッチの腹部から幽霊のチャーラが出てくる。

杖が衝突した瞬間、チャーラがダッチを守ったのだ。

「流石に自分のことで死人がでるのは、寝覚めが悪いので。」

「幽霊も寝るのか。」

「わりと」

起きたら消えてそうだな、とダッチは思ったが口にしなかった。

「ところでお前、なんで死体が残っているんだ?」

ダッチは疑問に思っていた。この街に墓は無い。必要無いのだ。

ルプスに継続的に晒されたものは、死ぬときダストになりルプスに還る。

つまりチャーラは新参者であるはずなのだが、このとおり幽霊になるほどルプスの侵食を受けている。つまりチャーラの遺体は…

「そこはお互い様でしょう?君も随分ヘンテコじゃない?」

そうだな、とダッチは起き上がりながら答えた。



獣人の意識が目覚めたとき、彼は敗北したことを悟った。

「この野郎…二人がかりで来やがって。」

「正確には3人ですけど。」

モモが獣人を介抱しつつ、アロイスは獣人と話をしていた。

まずチャーラとは初対面であること。彼が既に亡くなっていること。

そして彼からこの家を譲り受けたことを伝えた。

「盗みのお詫びじゃありませんが、もし良ければ宿を貸せますよ?」

「うるせぇ、誰がお前ら人間と…」

部屋から出ていこうとする獣人。しかしモモが彼の手を掴み呼びかけた。

「一緒んほう、良かよ?」

「あー…なんて言ってるんだ?」

「貴方と暮らしたいっていってますね」

「ばっ…!?」

馬鹿にすんな!と赤面しながら獣人は答えた。

「…ま、まぁ少しならいてやるよ、少しなら。」

モモはそれを聞いて喜ぶと、獣人はますます顔を伏せた。

「うちはモモたい。あんたくさ?」

「…オウルだ。名前の通り獰猛さ。よろしく。」

「ですがオウルとはふくろ…」

「いうな!」

思ったよりみんな馴染めそうだ、とアロイスは思った。

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天使計画 @shiodofu

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