天使計画

@shiodofu

第1話

少しばかり賢く、そしてあらゆることに器用なアロイスは戸惑いつつも感動していた。目の前の事態がまさに彼の望んでいたものであったがためである。

 器用なアロイスは、生まれも育ちも幸福であり裕福な家庭に育った。そこで彼は思う存分自分の才能を振る舞っていた。気がつくと彼は周囲に放逐されていた。そしてどこへでもいけるアロイスは、この世の最果てに近い場所、ルプスランドにいた。彼では成し遂げられないものを探すために。そして彼は見事それを辺境の森のなかで見つけた。

「凄い!伝説は本当にあったんだ!」

そう言うアロイスの顔は、少年のような輝きを放っていた。周りの人間達が死屍累々でなければ、さぞいい景色であったろうに。

「伝説?」

アロイスに問いかけられた男はそう返事をした。

「おそらく貴方のことです。」

アロイスは続けてこう答えた。

「この森にはかつての大戦の頃からの戦士が、今も離れず森を見守っていると」

その戦士はあらゆる敵を打ち倒し、あらゆる兵器を

凪ぎ払い、あらゆる仲間をいかしたという。

「俺じゃない」森の人は人違いだと彼に伝えた。

「でもそうでなければおかしいですよ」アロイスは続けてこういった。

「だって、30人全員のケツに棒はさせません」

死屍累々の人間たちに、坊切れが墓標のように突き立っていた。

「いやあ、コレは参ったっス。みんなやられちゃったんすか。」

唯一棒の間の手から逃れていた男は、やれやれといった感じて現状を評価した。

「誰だアンタ」 

「ラブって言ってくれっス。

 その坊っちゃん筋のエージェントっスよ。

 世界の端の、そのまた辺境に用があるっていうん 

 で、追いかけたらこのザマっす。」

 

 勘弁してほしいっすネぇ、と、ラブと名乗る男は答えた。


「アロイス坊っちゃん、さっさと実家に戻ってくれませんかねぇ?坊っちゃんを連れ戻すのが俺っちの仕事っす。ご家族の方も心配してますよ?」

「どの口がいいますか。人を道具としか見てない方の所には、戻ることはできません。」

「ここの住人も似たようなモンっすよ。檻の中で日向ぼっこできるぶん、実家のほうがマシっすよ?」 

 家出か、と森の人は思った。

「だから俺っちも、こんな手段を使うことになるんス。面倒ッスねぇ。」

ラブはライターのようなものを取り出し、火打ち石のような音をたてた。するとあたりに倒れていた死屍累々の輩達が、ゆっくりと立ち上がってきた。

「…おい。」

森の人物は、ラブをにらみつけた。

「何怖い顔してるんスか。こちらではよくあることっスよね?」

「新種のエリテムですか」

アロイスが警戒しつつ、ラブを見た。

「あんま見ない品が取れたんで使ってみたんスけど、いやー便利ッス。こんだけたくさん人形動かせるんスから、単身赴任には助かりますわー」


ま、そういうわけでー、という調子でラブという男はアロイスに人形をけしかけた。彼を捕らえる気だ。なにもしなければアロイスは人形に組み伏せられただろう。


その腰の銃を抜かなければ。 


「…あちゃー、マジすか。ダストまみれでも使えるんすね、それ。」

余り考えたくなかった、という調子でラブはいった。

銃声が鳴り響いた後、人形の一体が倒れた。

「ルプスランドでは銃と電気はマトモに働かない。それが常識っす。

 それをそんな小さなもので否定されたら、たまらんっすねぇ。」

「それでも、私はこんなものだけで終わりたくありませんでした。私は、私がなせないことを成すために、あの家を出たのです。」

道楽ですねぇ、とラブはおどけた調子で言うが、アロイスは真剣だった。

「それならいいものがある」

黙っていた森の人はそう語ると、ラブの背後にいた人形が突然全て吹き飛ばされた。

吹き飛ばされた箇所には、森を見上下ろすほどの巨人が立っていた。その体はかろうじてひとのかたちを保っており、今にも崩れそうだった。

「な、何ですかアレは!?」

「さっき伝説がどうとかいってたけどよ、アレがそのなれの果てだ。お前たちが騒がしくしてるから起きたんだ。」

巨人は蒸気の音をたてながら、ゆっくり前のめりに歩いていく。三人を無視して、ある方向へとあるきだした。

「この方向は、特区を目指しているっすね」

「そうだな。街ひとつを食らうつもりだ。」

「そんな…私のせいでこんな…」

膝を落とすアロイス。彼の顔は後悔に歪んでいた。

ラヴは懐から青色のリンゴを取り出し、巨人の足元に投げつけた。

あたりが氷に包まれ、巨人の歩みを阻害しようとする。

「フリーズ!(動くな!)…クソッ。マジでヤバイっす。足止めにもならないっすよ!」

氷は巨人の動きを1秒も止められなかった。

「当然だ。アレはルプス戦争を潜り抜け、伝説にまでなってる。

 あの巨人を越えるルプスは存在しない。」

ルプスは、と森の人は言った。

「だが、それ以外なら越えられる。お前が持ってきてくれた。」

「これが…?」

アロイスは腰に下げた銃に目を向けた。

「ダッチだ。」

「えっ?」

森の人はアロイスに向かってこう告げた。

「いくぞ坊っちゃん。誰にでも出来ないことを、やるときが来たぜ。」



ラブは無数の人形を重ね合わせ、梯子をつくり、巨人にしがみつかせた。

「俺っちが関わるのは橋渡しだけっすよ!あんまり長くもたないっすから、チャチャっとたのむっす!!」

「おう。そっちも耐えろよ。」

アロイスを抱えて、梯子をかけ上がる森の人。

「行きましたね…こんな怪獣決戦に付き合ってられないっす。

 先に帰らせてもらいたいっすけど…」

ラブが辺りを見回すと、辺境でよくみるルプス、狼を模した怪物のレクスに囲まれていた。巨人の放出する多量のルプスダストに惹かれてやって来たのだろう。

「進むも退くも、地獄っすねぇ…!」

青いリンゴを構えながら、ラブは覚悟を決めていた。



「ああいうやつは死ににくい。経験上そうだ。」

巨人の右足に着地した森の人とアロイス。巨人の体に二人の足は大地のように吸い付いた。

「まるでひとつの世界のようですね。」

「そうだ。こいつ自信がひとつの世界だ。」

ついてこい、とアロイスを先導する森の人。

「あそこがこいつのコアだ。」


アロイスは森の人につられて走るが、空中の光る物体に衝突する。

アロイスは幻覚を見た。力尽きる兵士の最後の言葉と、その瞬間を。

「『エコー』に触れたか。こいつに染み付いた記憶だが、無視したほうがいい。おまえには関係のないものだ。」

しかし顔を歪めつつも、アロイスは立ち上がり、エコーをきにせず前に進んだ。

「私にはそうでしょう。ですが、このまま真っ直ぐ行ったほうが早いのでしょう?」

コアへの道は、エコーで舗装されていた。

アロイスはその道を歩き続けた。彼はその歩みのなかで、多くの人の声が聞こえた気がした。


より多くを活かすために自らを奮い立たせたもの。

ただひたすら嘆き、現実逃避を起こしたもの。

巨人への殺意に燃えたもの。


アロイスは伝説を聞いただけの人間だが、ここで多くの叫びを聞いた。彼らはすでに、苦しみを撒き散らす亡霊となり、巨人の体を用いて今を生きる人たちを仇成す存在と成り果てていた。


そして二人は巨人のコアの前にたつ。

「これがこいつらを生かしている。

 その銃でうてば、こいつらは終わる。」

そう森の人がいうと、アロイスは首をふった。

「それをしたら、このひとたちは?」

「消える。彼らもそれを望んでいる。

 このまま今を生きるものたちをがいしてはならない。」

「いいえ終わりません。」

アロイスは銃を構えると、銃が変形し、最大出力の構えとなった。

「何するんだ!?」

こうするんだ!とアロイスは叫び、巨人の尻に向けて発砲した。



「あのなぁ、俺はさぁ、あの巨人に長いこと付き添ってきたんだ。この土地に怨嗟が溜まっててこいつらの怒りを沈めるためにずっと付きっきりで解決策を模索してきたんだわかるかわからないだろ。」

森の人はうなだれていた。

「それがなんだ!実は苦しんでたのは恨み辛みじゃなくて、ただ便秘で尻を洗いたかっただけだって!?それならさっさといってくれよぉーっ!?」森の人の慟哭は深かった。

「ちょっとお腹抱えてたように見えたので、もしかしたらと思ったんです。ほら皆さん満足そうに成仏してますよ」

「巨人の体も消えて万々歳だけど納得いかねぇーっ!!」

倒れそうな森の人の手を取るアロイス。

「ダッチっていうんですか?名前」

「え?ああうんそう。」

森の人は思い付いたように答えた。

そして回りを見ると、ラブが仰向けに倒れてることに気づく。

死ーんとしてた。

「アカン治療ー!?」

森の人、ダッチはラブに腹パンした。

ラブはよろけながら起き上がった。

「ぐほぉっ」

「もいっぱつ心臓マッサージ!」

「要らないっす!」

わーギャーいう二人をめにしながら、アロイスは特区への行き方を考えていた。


続く

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