第三章―10

「おばあちゃんは僕に甘くて、僕が友達を連れてくると二階に篭ってくれました。だから僕は居間で友達と騒ぐことができた。ご飯は作ってくれるし、掃除や洗濯もやってくれる。使用人のいる一人暮らしみたいに、僕は思っていた。最低な、奴です」


 俊太郎は窓の外を見つめる。風に揺られ、草木が項垂れていた。


「おばあちゃんが死んだ前日も、僕は友達を呼ぶから二階に行っててと言いました。おばあちゃんは初めて、今日は友達を呼ぶのをやめてくれないかと言ってきました。その時が初めてです。それまではただの一度も僕の頼みを断ったことはありません。なのに僕は、それで腹が立って」


 彼は俯き、唇を噛んだ。目を閉じ、身体の震えを必死に抑えようとしていた。


「『なんだよ、ふざけんなクソババア』。それが僕がおばあちゃんに向けて言った言葉です。最後の、言葉です」


 堰を切ったように、俊太郎の瞳から涙が溢れ出てきた。翔は彼の肩を抱いてやる。これは彼の懺悔だ。ずっと胸の中に秘め続け、解放できなかった罪の記憶だ。翔は責めることなく、それを受け止める。罪は償える。翔はそう信じていた。


「僕はおばあちゃんの頼みを無視して友達を呼んだ。おばあちゃんはいつものように下に下りずにいてくれた。翌朝、二階でおばあちゃんは冷たくなってました。元々体調が悪かったんだと思います。だから休みたかったんだ。なのに僕が友達を呼んだから、一人で、助けも呼べずに」


 おばあちゃんを殺した。俊太郎の後悔が伝わる。植物達が言っていたことはこのことだったのだと、翔は理解する。


「たった一回の頼みを、僕は自分勝手に無視した。おばあちゃんの優しさを、僕は利用して殺した。僕が、殺したんです」


「やめろ」


 庭がざわめく。俊太郎の悲しみに呼応して、彼らもまた、悲鳴をあげていた。心を刺すような、叫び。


 ひとしきり泣いた後、俊太郎は翔の腕の中から離れた。


「その後からかな、何をしても楽しくなくなって、何もしたくなくなって、学校にも行かずに、ずっと家で一人で」


 こんなんじゃだめだってわかってるんですけどね、と俊太郎は自嘲する。そうやって自分を責めては無気力になり、また自分を責める。その繰り返しだったのだろう。その連鎖の中でソロンは巨大化していった。

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亜彌那 @ash23a3

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