第三章―9
「でもこの子は、助けた人から忘れられて、自分は忘れずにいて、それって寂しいですね。忘れた方はいいけど、忘れられた方は、どんな気持ちなんだろう」
忘れられる。それは、一と零の狭間で動けなくなることだ。消すこともできない。足すことも、もうできない。だけど、記憶も、思い出も、抱えて生きていく。振り返れば、ついさっきまで一緒にいた人が、目も合わせてくれない。全て忘れて、笑っている。
この半年で、翔もシンの隣で何度も繰り返し体験した。だが、翔はシンと二人だった。だが翔と出会う前までは、シンは一人。どれだけ辛かっただろう。寂しかっただろう。
シンが早くカイ族の仲間の元へと帰る日を翔は心待ちにしていた。シンの笑顔が見たい。そして、翔はカイ族として生きる道を考えていた。両親は死んだのでわからないが、翔は自分がカイ族なのではないかと考え始めていた。それほど、シンと翔の持つ力は酷似している。カイ族ではないにしても、それに近い起源があるのかもしれない。そうであれば、カイ族として受け入れてもらえるのではないか。翔は勝手に確信に近い思いを抱いていた。
「記憶を消す、か。場合によってはいいのかも。嫌な記憶を、忘れることができますもんね」
俊太郎が呟いた。虚ろな目だ。何か、思い返しているようだった。
「何か消したい記憶があるのか?」
弱弱しく、彼は笑った。無気力な、笑み。
「僕はね、おばあちゃんを殺したんです」
まさか。そう言いかけて押しとどまる。直接的なことではないのだろう。自分の手で殺したのであれば、警察が彼を捕まえている。ソロンに支配されているものは、複雑な事情によって、心を雁字搦めにされている場合が多い。
「どういうことだ?」
「僕は今年の春から大学生になって、実家を出てこの家にやって来ました。ここから大学が近かったからです。僕にとってはそれだけの理由です」
俊太郎が話し始める。それと共に草木が揺れ出した。
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