第65話 その旅の果て(エピローグ)

 保健室から飛び出した俺はすぐに教室へと戻り、校内中を駆け回り確かめた。


 あの日、あの世界で死んだはずの元カノや友人たちはみんな生きていた。

 一年の教室に行けば千金楽が友達とゲームに夢中になっており、俺と目が合っても知らんぷり。


 三年の教室には瓜生たちがおり。

 廊下ですれ違った瓜生に声をかけようと片手をあげたのだが……瓜生は俺の横を通り過ぎて行く。


 まるで俺だけが別の世界に来てしまったような感覚がして……俺は肩を落として教室に戻った。


 隣のクラスだったゆかりもどこかよそよそしく、微笑んだ俺に微笑み返してくれるけど、やはりどこかぎこちない。

 それはあの世界に行く前となんら変わらない俺たちの……俺の日常だった。


 ちなみに神代朝陽は……。


「誰でござるかそれは? そんな生徒うちの学校にいたでござるか?」


 帰り道、明智にこっそり神代のことを聞いたが、覚えていなかった。

 覚えていないどころか……存在そのものが消えていた。


 気になった俺はその帰り、神代の自宅だった場所に立ち寄った。


 本来は一般的な一軒家が建っていたはずの場所は空き地だった。


「すみません。ここに家があったと思うんですが」

「えっ!? ここは16年前から空き地だよ。なんでも場所が悪くて買い手がつかないらしいよ」

「16年前……その頃ここに住んでいたのは神代さんて方じゃなかったですか?」

「ああ、確かそんな苗字だったかな? なんでもお子さんが死産だったらしくてね、ここには居たくなかったんだろうね」


 近所の人に話しを聞けば、神代さん一家はお子さんが亡くなった悲しみを忘れるために、別の場所に越したらしい。


 邪神が取り憑かなければ、神代朝陽は生まれていなかったのだろう。

 つまり、この世界は俺が16年間過ごした世界とは……少し違っていたということだ。


 なんとも言えない感覚のまま家に帰り、母さんの顔を見た途端、俺は泣いてしまった。

 姉と妹にはそのことをからかわれた。


 そして――部屋のベッドに横たわり、ぼんやりと天井を眺める俺の心にはポッカリと穴が空いてしまったようだ。


 俺は自分の心に穴の書で穴を開けてしまったのだろうか?

 それとも、本当にあれは……あの数カ月間は俺の夢だったのだろうか?



 それからも俺は脱力感に襲われて、半月何もせずに部屋でだらけていた。

 あれだけ一夏のランデブーがしたいと望んでいたのに、なにもする気になれない。


 気が付くと俺の頬にはいつも涙が伝う。

 だけど、夏が過ぎ――秋が過ぎていくに連れて、俺の記憶は曖昧になっていった。



「そろそろそれがしたちも受験でござるな。ユーリ殿はどこの大学を受けるでござるか? それがしは第一志望F大でござるよ」

「ああー、またお前と一緒かよ!」

「それがしたちは魂で繋がっているのかもしれんでござるな」

「魂……?」

「ん? どうかしたでござるか?」

「いや、別に」


 明智がなんとなく口にした魂と言う言葉に、なんか喉の奥に小骨が刺さったような気もしたのだが、別に大したことではないだろう。


 それから俺はなんとかギリギリF大に合格し、なんとか4年間を乗り越えて社会人1年目になっていた。


 俺は未だに童貞だ。

 別にモテなかったとかじゃないぞ!


 大学時代はコンパなんかにもたまに顔を出していたし、女の子に告白だってされたんだが……なんか違うんだ。


 だから俺は勉強に精を出し、社会人になってからも仕事だけに精を出した。

 そんな俺の仕事ぶりが評価されたのか、上司から海外赴任を言い渡されてしまう。


「まっ、別にいいんだけどな」


 実際、海外赴任になれば色々と手当なんかもついて給料が底上げされるし、俺には奥さんはもちろん、子供も居ない。

 気ままな独身35歳だ。


 ちなみに明智は3年前に大学時代の後輩と結婚して、今は一児のパパになっている。

 まさか……明智に先を越されるなんて思いもしなかった。


 なんて心で愚痴りながらニューヨークのストリートを歩いていると、俺は前方を歩く一人の女性に目を奪われる。


 長い紅髪をポニーテールにした女性だ。


「えっ……!?」


 俺はなぜかその後ろ姿を見ると妙に懐かしい気持ちになり、女性が入っていったCDショップに駆け込み、彼女を探した。


 彼女はCDを視聴している。

 彼女を見ると、俺の心は言葉では言い表せないほどの高鳴りに胸が躍る。


 なんて言えば伝わるだろう?

 そうだな。例えるなら魂が求めていたとでも言うべきなのだろうか。


 俺は高鳴る鼓動を抑えられずに、そっと彼女の横に立ち、同じように視聴用のヘッドホンを装着した。


 恐る恐る彼女の方に視線を向けると、彼女も俺を見ていた。

 その紅蓮の瞳からは大粒の涙が溢れている。


「やっと……見つけました……ユーリ」


 目の前で涙を流す彼女の唇が俺の名を口ずさむように動くと、忘れていた記憶の封印が解け出したように、頭の中に一気に情報が流れ込んでくる。


「フィーネア……」


 俺はヘッドホンを取り、懐かしい彼女の姿をこのに映す。


「この世界は……広すぎます。見つけるのに19年もかかってしまいました」

「……フィーネア」


 19年間、ぽっかり空いてしまった穴が……もう二度と埋まることなんてないと思っていた穴が、塞がっていく。


 見つめ合い、数秒――沈黙が続くと……。


「会いたかったです、ユーリ」

「俺も……会いたかったよ、フィーネア」


 まるですべての時間が巻き戻され、初めてフィーネアと抱き合った、あの浴槽の時に戻った気がした。


 おでことおでこをくっつけて微笑む俺とフィーネア。


「ユーリ」

「フィーネア」


 この日、俺は19年越しのランデブーをし、一年後――俺たちは結婚式をあげた。


 あのあと、向こうの世界がどうなったのか俺にはわからない。

 気にならないかと言われたら……少し気になるが、もはや知る術はない。


 ただ願うことは、ファミリーが……ダンジョンのみんなが幸せであることだ。

 でも彼らは強いからきっと大丈夫だろう。


 人の心配ばかりしている訳にもいかない。

 だって俺には守らなきゃいけない家族がいるんだ。


 フィーネアと……新しく授かった命。

 二人を守る俺の冒険は始まったばかりだ。




 ◆




 薄暗い部屋で、いつものように水晶を眺める貧乏神、ヴァッサーゴの姿がそこにはありました。


 彼は水晶を眺めてはつまらなさそうに溜息を吐き出して、徐に席を立ち上がった。


「不幸じゃないお客様は……見ていてもとてもつまらないですね……ハァ~」



 物語はいつも唐突に始まり、呆気なく幕を閉じる。

 と、誰もが思うかもしれない。

 だけど、終わったように見えた物語は続いているのだ。



 ほら、ここにまた新たな物語を紡ぎだそうとする一人の少年の姿がある。

 彼の名は……月影……。



 でも、それはまた別のお話し……。

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俺だけ入れる悪☆魔道具店無双〜お店の通貨は「不幸」です~ 🎈パンサー葉月🎈 @hazukihazuki

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