煤
新月
第1話
お祭りの様子はご覧になりましたか?
皆人形を持っていたでしょう。あれは最後の、お祭りの締めくくりに使うんです。この日のために何日も前から用意します。なにせ、街の建設記念日ですからね。
娘夫婦も先程、孫を連れて出掛けました。私は留守番です。もう歳ですから、人混みに出かけるより、こうして暖かい家の中にいる方がいいんですよ。
それに今年は、煤が降っていますから。
初めて煤を見たのはまだ子供の頃です。
やはりお祭りの晩でしたね。
私はお友達と一緒に出掛けました。互いに手作りのお人形を見せ合いながら広場へ向かう、その途中で、何か黒いものが目に入ったんです。
けれどお祭りの開始時刻も迫っていたので、その時はそのまま過ぎてしまいました。
そうしてお祭りが終わって家に入ろうとした時、体に黒いものがついているのに気付いたのです。擦ってみて、煤だと感じました。
お祭りの時についたのかと思い、そのまま家に入ると叱られるかと、全て叩き落としました。
近くを歩く人が、じろじろ私を見ていましたね。
2度目はまだ若い時です。
あの頃は息子が1人いました。娘はまだ生まれる前です。
息子はお祭りをとても楽しみにしていました。
けれど当日、窓を見たら、黒くて小さなものが降っていたので。
ええ、子供の頃見たのと同じです。嫌な予感がして、息子にはお祭りに行かないよう言いました。
けれどこっそり出掛けたようです。人形も取り上げて部屋に閉じ込めておいたのに、どうやって外に出たんでしょうねえ。
お祭りに行ったのはすぐ分かりましたよ。翌朝、全身に煤をへばり付けて起きてきましたから。息子はどうして分かったのかと、目を白黒させていましたがね。
3度目が今日です。
決まって、お祭りの日に降るんです。
毎年、お祭りを中止したらどうかと言ってきました。この日は1日、誰も外に出ないことにしたらどうかと。3度目があるんじゃないかと、心配したので。
でも、真面目に聞いてくれた人は1人もいませんでした。
娘もね、じゃあお母さんは家にいればいいよと言って、孫と一緒に出掛けてしまいました。
作らないように見張っていたんですけど、いつの間にか人形も用意してね。
煤が降った年は、病気が流行ります。
息子に煤がついているのを見付けた時、すぐに綺麗に洗いました。
でも、肌が赤くなる程こすっても、貼り付いたように取れません。
息子はその後熱を出しました。身体中が焼かれるように熱いと言ってね。
よく覚えていますよ。
熱で赤くなった肌に、煤が染みのように浮き上がっていたのを。
煤は私にしか見えないようで、ひとに話しても信じてもらえません。
病気の原因は不明とされています。
花火が始まりましたね。
お祭りもそろそろ終わりです。最後は広場の櫓に火を点けて、その中に人形を投げ入れます。あれだけでも止めたらどうかと言ったんですがね。
私達の先祖は、この辺りに住んでいた小鬼を討伐し、人間の街を造りました。
小鬼達は最後に、彼らの住み処だった岩穴に追い詰められ、蒸し焼きにされたそうです。
人形を投げ込むのはあの日の再現。そうして先祖の勝利と、街の建設を祝うのです。
ところであなた、あの煤は何だと思いますか?
煤 新月 @shinngetu
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