第4話
「………あーー……っと」
自然と僕の口から息が漏れた。見てはいけないものを見たかのように。
右耳の上を少し撫でてみると、どうやら血は出ていない。ベタついたように感じたのは、自分が掻き毟ったことで滲み出たカサブタの液だった。
いや違う。自分が殴られたのは正面じゃないか。鼻の下を手の甲で拭く。
油絵の具を水で伸ばしたような、鼻血が付着していた。
この反応には野盗の三人も驚いた。思い切り殴られたというのに、怒りが無い。怯えも無い。もはや侮られてると取るべきだ。三人組の内、一人が式根の首に鉄パイプを当てる。
「お前、5日前に俺らのシマに入り込んでるよな?殉教派の仕業だって知れてるぜ」
「……ああ、確かにね。少女を一人誘拐してるよ。静かにできたと思ったのにな」
あの日は不用心にも少女が一人、道端を駆け足で走っているものだから攫ったのだ。今どき子供一人でお使いに行けるほど治安は良くない。分かりきったことだ。
きっと彼らは少女を取り返しにきたのではない。「自分たちの獲物だった」と主張しに来たのだろう。早い話が人攫い。
弱ければ誰かに食い物にされる。もはや、誰もその真理を隠そうとしない。
社会という白く濁ったヴェールは必要なくなった。
「俺らにもやり方ってもんがあってよ、そこを守らねー馬鹿がいると俺たちが割りを食う」
今度は左脇腹に鉄パイプを突き立てられた。体が捻じ曲がり、血の匂いが喉の奥で弾けた気がした。
「………」
「モウシヒラキは無えってか?おい」
「………からな」
「は?」
大仰に息を吸う。喉に絡んだ塊のようなものが剥がれ落ち、咳とともに飛び出た。
「ゴホッッゴホッ!………僕が君たちの獲物に、手を出したのは…、事実だ。反論は無いよ。そして僕がここで殺されようが、殺されまいが。殉教派の誰かが君たちに復讐するだろう」
「ハハハ、何だそれ。負け惜しみか」
瞬く間に取り囲まれ、腹、背中、腕。どこもかしこも痛くて全てがごちゃ混ぜになったみたいに感じた。
やがて感覚が薄れていく。さっきよりほんの少し、痛くない。肩の辺りだ。痛覚がリアルじゃない。縮こまった筋肉が弛緩していく。
「腑抜けがぁ!」トドメ、と言わんばかりに式根の肩に蹴りが入った。
いよいよ糸が切れたように動かなくなり、野盗の3人は満足したのだろう。
「………で、だ。
「そうだな。暫くは仕事もやりづらいだろうし、念を入れよう。月末までに残り2人、南側で探すとするか」
3人は
辺りは静かなまま。鳥も鳴かず、人も通らず、式根は街道の真ん中で地面と一体になったような感覚を感じ、意識が途絶えた。
スティレット 三船純人 @yanarai314
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。スティレットの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます