act.0-②
玄関先で固まってしまったロウレニスの耳に男性の声が届いた。
「依頼があるのですが、ロウレニス探偵事務所のロウレニス様はいらっしゃいますか?」
年の功を感じさせる落ち着きのある、嗄れた声だった。
しかしそれでいて、ドア越しでもよく聞こえる力強さも感じられた。
とりあえず、宗教や新聞の勧誘の類でなかったことに安堵しつつ、ロウレニスは口を開いた。
「ハ、ハイ!今開けますね」
慌てて扉を開け、依頼人を招き入れる。
扉の前に立っていたのは、燕尾服を着込んだ白髪の老人であった。
顔には皺が目立ったが、背筋は物差しでも差してあるのか、というほどにまっすぐに伸び、足腰も追いを感じさせないほどしっかりしていた。
しかし、ロウレニスの目を一番惹いたのは老人の瞳であった。
紅い、血のような紅い瞳。
瞳の色を彩る装飾品のようなものがあるのはロウレニスも知っていたが、実物を見たのは初めてだった。
(?でもあれ……コンタクトじゃ、ない?)
老人の双眸を観察していると、老人が訝しそうな表情を一瞬だけ見せた後一礼した。
「突然の来訪をお許し下さい。どうしても貴殿に探して頂きたい御仁がおりまして」
なんとも綺麗な所作に見とれていたロウレニスだったが、我に返ると老人を居間へと促した。
老人を事務所中央のソファに座らせ、反対側に腰を下ろす。
「こちらの方です」
ロウレニスが切り出すより早く、老人は懐から一枚の写真を取り出した。
写真に写っていたのは一人の少女。
燃え盛る炎を人に例えるとしたら、きっと目の前の写真の少女を思い浮かべることだろう。そう思える程に少女は美しい赤で彩られていた。
朱い髪に真紅のドレス、それらを際立たせる陶磁器のように白い肌。
その中にあって、異様な存在感を放つ――『紅い瞳』。
依頼人の老人と同じ、血のように紅く光る瞳にロウレニスは魅入られた。
「ど、どこかのお姫様、ですかね?」
そう思わせる気品が彼女には感じられた。
それなら執事のような老人の出でだちや美しい所作も納得がいく。
「そう、ですな。そう思って頂いて構いません」
煮え切らないような老人の態度にロウレニスは首を傾げる。
「どこかの国の王女様、とかでしたらもっと良い機関やら事業がありますよ?」
国家の大事を背負う気概はロウレニスは到底持ち合わせておらず、もっと腕の立つ同業者が多いのも事実であった。
何故、自分なのか、そう無言で疑問をぶつけるロウレニスを見てしばし考えるような素振りを見せ、老人は口を開いた。
「貴殿を選んだ理由は三つ。『我々は公の場に居て良い者ではない事』『土地勘を持っていること』『人在らざる者に興味を持つ者』だからです」
一つ目の理由はなんとなく察していた。ルナヴィスという国自体には決して相談できない、そんな事情があるのだろう。
二つ目、探偵業を生業としているロウレニスだ。ルナヴィスの地理は一般人よりは把握しているし、情報網もある程度は確立している。
しかし、三つ目は不可解であった。
Bloody contract/act.0 ぼるぼっくす@りぺあⅡ @volbox
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