act.0-①

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「ひもじぃ……」

 なんとも情けない声が、『ルナヴィス』に存在する、とある集合住宅の一室から聞こえてきた。

 その部屋はある青年が部屋を借り、自宅兼事務所としてしようしている場所であった。

 『ロウレニス=レンフィールド』それが情けない声の正体であり、この部屋の主『ロウレニス探偵事務所』の所長その人である。

 とは言ったものの、書院は彼一人であるため、所長という肩書きも半ば飾りと化しているのが現状であった。

「うぅ……思ってたのと違う」

 開業して半年経つのだが、依頼は極稀にペット探しの依頼が来る程度、一度だけ不倫の調査を請け負ったくらいか。

 ロウレニスの性格が災いし、依頼人への請求を適正金額を下回って見積もりをだしたり、子どものお願いを無償で引き受けたりした結果ではあるが。

 家賃はなんとか払えたが、水道費や光熱費、はたまた自身の食費を賄う事は出来ず、二日前からほとんど口にしていない。

「こんなはずじゃなかったんだけどなぁ」

 と、痩せこけてきた頬を撫でながらロウレニスは呟いた。

 何もフィクションの探偵のように殺人事件を解決したり、犯人の推理をしたり、というのを期待していたわけではない(全くないと言えば嘘になるが)。

 ある目的があり、周囲の反対を押し切ってなんとか開業した事務所であったが、社会の風はあまりにも冷たかった。

 何度目かわからないため息を吐いて、ロウレニスは部屋のソファから立ち上がる。

「仕方ない……あんまり気は進まないけど」

 もう一度深い溜息を吐き出し、ロウレニスは黒いスーツを正した。

「ご飯食べさせてもらおう……」

 ロウレニスはルナヴィスの孤児院出身で、困ったことがあればいつでも来て良いと言われていた。

(でもなあ、半年でご飯食べられないから食べさせて、なんて我ながら情けないというか)

 溜息がとめどなくでてくる。

 孤児院の職員からお小言を貰うのは目に見えているし、院内の子どもにもからかわれるのも容易に想像できた。

 しかし、背に腹は変えられない。自尊心や志では腹は膨れはしないのだ。

「じゃ行くかな」

 『所員不在』と書かれた札を取り出し、玄関へと向かった。

――その時だった。滅多になることはないため、長い間眠っていた、事務所の呼び鈴が雄叫びをあげたのは。

 しかし、悲しいかな。久方ぶりに耳を震わせた音にロウレニスはビクリと体を震わせ、身を縮めるだけであった。

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