終章
***
人が怖かった。理由は解らない。
最初に思い出せるのはおれは小さな檻にいた事。
白衣の女が俺を遠くから恐るように見つめていた。
何か得体の解らないものを時折檻の中に入れられた。
時折悪夢を見た。
悪夢の内容は思い出せないがただ怖くて逃げ出そうとした。
でも小さな檻からは逃げ出すことはできない。
何度、檻を壊そうとしたか。
その度に檻の鋭利な金属が体を引き裂いた。
何度、助けを求めようとしたか。
その度に檻には無情な聲が響いた。
何度、解らぬ今を嘆いたか。
その内、涙を流すことも忘れた。
何度、突如湧き上がる寂しさに身を埋めたか。
その内、言葉も忘れた。
そんなある日、痛みと共に世界が揺らいだ。
夢のような、悪夢のような心地。
地面のような、空のような。
森のような、大地のような。
月のような、太陽なような。
朧げな意識は、現実なのかどうかも解らない。
ごとん、ごとんと体が揺れていた。
ある夢の中でおれは薄暗い中にいた。
まだ焦点が合わない虚ろな目で周りを見渡した。
何かが近くにいた。
まだ感覚が鈍いが微かにおれの腕を触っていた。
時折痛みを感じた。
手足が重い。体が重い。頭も重い。
おれは恐ろしくなって何かに噛み付いた。
「ア、アワワワ、危険、危険」
別方向から気配もないのに聲がした。
「ラッキービースト、静かにしなさい。大丈夫だから」
頭上から穏やかな聲が聞こえた。ゆったりと、落ち着いた聲。
「まだ麻酔が効いているから怖いわよね。大丈夫よ」
優しく頭に触れられる感触が伝わってきた。
どこか懐かしさすら感じた。
「まだ寝ててもいいわよ」
また意識が遠退く。口から何かを離した。
「……傷が化膿してるわね。ラッキービースト、抗生物質を取ってくれる」
腕にチクリと痛みがあったが不思議と恐怖はなかった。
腕から暖かさを感じた。
おれはそんな夢を見ていた。
夢から覚めるとおれは薄暗い場所にいた。
知らない場所にいた。
柔らかい寝床の上にいた。
時折乾いた風を感じた。
時折どこからか楽しげな聲が聞こえた。
体を見ると色々な場所に何かが巻き付いていた。
上から何かが垂れ下がり、自分の腕へと繋がっている。
生きているのか、死んでいるのか解らなかった。
カツン、カツンと何かが近づいてきた。
恐怖で唸って威嚇した。
「あら、お目ざめかしら」
白衣の女がゆっくり顔を出して着た。
以前の女とは違う。穏やかな聲には覚えがあった。
そうだ、夢で聞いた聲だと思い出した。
「話は分かる?」
唸れば相手は怖がって近寄らないのは知っていた。
だからおれは唸り続けた。
「フレンズになってからコミュニケーションしていないって本当なのね」
一向に離れようとはしない。
「しんりんちほーの子は何をしてたのよ」
一人で何かぶつぶつ言っている。
威嚇しても全然反応がしない。
「お水置いておくから喉が渇いたら飲んでね」
そういうと女は出て行った。
おれは知らない場所にいるのを感じた。
知らない場所に来て時間がった。
夜は何もすることがなく退屈だった。
普段から夜は活動する時間。
手につながった何かがあるから動けなかった。
動くと身体中が痛むか動くのが嫌だった。
だからは寝床でただ横になるだけだった。
また何かの気配がした。
けものの匂い、何かの匂い。
ゆっくりと静かに近づいてくるのが気配で分かった。
唸って威嚇した。
「ごめんなさい!」
白衣の女とは違う女の声。
声のした方向に少しだけ体を動かした。
夜目を効かせて覗き込む。
寝床の脇で震えながら尾をまたに挟むけものがいた。
「あ、あのね、じゃぱりまんをね」
けものが震える両手で何かを出してきた。
何かのかけら。
鼻を近づけて嗅ぐと檻にいた時に出された何かだ。
「じゃぱりまん知らない?」
先ほどまで震えていたけものが首をかしげる。
そして何かの欠けらを半分に分けて一つを自分の口に入れた。
「これ、すっごく美味しいの」
けものが屈託のない笑顔で笑って見せた。
「これあげる」
残りのかけらを差し出され恐る恐る受け取った。
「ご主人に怒られちゃうから内緒」
そう言うと静かに部屋の外へと出て行った。
おれはけものを疑問に思いながら手のひらにあるかけらを見た。
けものの真似してかけらを自分の口に入れる。
「……美味しい……」
何故か聲が出た。
そんな想い出がゆっくりと消えていく。
手を見ると真っ赤に染まっている。鉄の匂い、血の匂い。
顔を上げるとキララが倒れている。
いつも真っ白い服を身にまとって笑っているキララが、赤に染まった服を着て力なく冷たい表情で横たわっていた。
おれはその光景を知っている。思い出したくない光景。
そうだ、お母さんもそうだった。
突然大きな音がしたと思ったら真っ赤になった。
あの時と同じだ。
「……アムちゃん……ダメ……」
キララの聲が弱くなっていく。キララのゆっくりと持ちげられた手がパタンと落ちる。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
見たくない。見たくない。
頭が響くように痛い。
ああ、そうだ、これは夢だ。
ゆっくりと眠ろう。
あれ、おれは何でここにいるのだろう。
あれ、おれは何だろう。
***
けものフレンズ2:re 東雲 裕二 @shinonomeyuji
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