2023年5月

昨日5月13日の「カクヨムからのお知らせ」を読んで

    

 平日ではなく週末なのに「カクヨムからのお知らせ」が更新されているのは珍しい。

 そう思いながらクリックしてみると、近々始まる短歌・俳句コンテストに関するインタビュー記事でした。


【応募者必見】短歌・俳句コンテスト選考委員インタビュー①「短歌のススメ」

https://kakuyomu.jp/info/entry/tankahaiku_contest_interview1


 コンテスト開催告知があった際にもこのエッセイで書いたように、短歌も俳句も私とは縁のない分野にもかかわらず、ちょっと興味をそそられるコンテストです。

 あの時は『底なしの自由』という謳い文句に心惹かれて、ならば短歌の形で小説っぽいものを投稿してみようか、とも思いましたが……。

 よく考えてみたら短歌にしろ俳句にしろ、現実に基づいて現実の自分自身が詠むものですから、フィクションではなくノンフィクションですよね。

 そうなると、いくら『自由』といっても限度がある。「短歌の形で小説っぽいものを投稿してみようか」という計画は断念。

 現段階では、普通に31文字の定型詩をいくつか書いて応募しよう、と考えています。しょせん私が詠める短歌は他人にお見せするのが恥ずかしいレベルばかりだとしても、恥ずかしがらずに「こんな機会だからこそ投稿して応募してしまえ」の精神です。

 以前のエッセイでも記したように、私の中には前々から「出来れば小説も5音や7音で区切れるような文章を多用して、読みやすいリズムを生み出したい」という気持ちがあります。残念ながら小説本文では全く実行できておらず、タイトルやキャッチコピーを5音や7音で区切れる形にする場合があるという程度。

 でもそんな理想がある以上、まさに5音や7音ばかりで作らないといけない短歌を詠むのは、良い練習になると思うのですよね。今後の小説執筆のためのトレーニングの一環として、本当に拙い作品でも臆することなく、短歌コンテンストに応募したいと思っています。


 そんな気持ちだったので、今回の選考委員インタビューも興味深く拝見したのですが……。

 今回の記事を読めば読むほど、短歌の奥深さや難しさを思い知らされる感じ。やはり自分には縁遠い世界だ、と感じてしまいました。

 ただし、少し身近に感じた話もあります。


>ふと「何かを表現したい」と思った瞬間に、言葉を探していく、という意味では小説とも似ている部分がありそうですね。

> そうですね。ただ、使える音が短いなかで「自分だけのその瞬間の感覚」を、生々しさを持って伝えるためには、先ほどの「硝子の駒」のような、映像的・具体的なイメージを探して選び取る作業をより大切にする必要があるとは思います。これを単に「寂しい」や「嬉しい」と書いてしまうと、記号的になってしまうので。


 インタビュアー側が『小説とも似ている部分がありそう』と言っているように、小説執筆にも当てはまる話なのでしょう。

 この部分を読んで真っ先に頭に浮かんだのは、以前に自分自身が書いた創作論っぽいエッセイでした。私の言葉としては「設定ではなく描写で語ろう」という書き方でしたが、「設定ではなく」というのは大森静佳氏のおっしゃる「記号的にならないように」と、「描写で」というのは「映像的・具体的なイメージで」と、それぞれ似た方向性なのだろう、と思ったのです。


 短歌の話からは少し外れますが、例えば戦記もので天才軍師を登場させる場合。いくら作中の登場人物たちが「〇〇様は天才軍師だ!」「凄い軍略家だ!」と褒め称えても、実際に優れた軍師として采配を振るう場面が描かれなければ、読者には伝わりませんよね。

 確かこのエッセイでも以前に触れた気がしますが、以前に私自身が投稿した中編ミステリに関して「小説家になろう」の方で『姉の実力が強く発揮されるエピソードがあれば、よりよくなったことでしょう』という感想をいただいたことがあります。「コンテストに応募すると運営側から感想がもらえる」というサービスに当選したものであり(おそらく当選確率は1割くらい)、その感想の最後に付記されたアドバイスでした。

 この『姉』というのは作中では名探偵と呼ばれているキャラなのですが、その作品自体の探偵役ではなく、作品内では「世間では名探偵と呼ばれている」としか書いていませんでした。慌てて私が書き足したのが、序盤で『姉』の観察眼の鋭さを示すエピソード。例えばシャーロック・ホームズのシリーズでは依頼人の細かい仕草や外見的な特徴からホームズが何か言い当てる……みたいな場面がお約束のように出てきますが、あんな感じのエピソードを挿入したのです。

 天才軍師にしろ名探偵にしろ、ただその一言だけでは「設定」に過ぎないし「記号」に過ぎないのですよね。それを「描写」あるいは「映像的・具体的」に表現することが、小説では必要なわけで……。

 わかっていながらも、ついつい「設定」や「記号」で済ませてしまう場合も多いのが、私の悪い癖です。自分に対して何度も言い聞かせて、しっかり覚えておくべき点ですね。


 先ほど「似た方向性なのだろう」と言いましたが、天才軍師や名探偵の例と比べたら、大森静佳氏のおっしゃる「記号的にならないように」「映像的・具体的なイメージで」というのは、あくまでも似ているだけで、実際にはかなり違う話のはず。

 ポイントは『「寂しい」や「嬉しい」と書いてしまうと、記号的になってしまう』という部分。大森静佳氏が例に挙げているのは「寂しい」「嬉しい」みたいな感情表現なのですよね。


 小説における情景描写に関して、以前にカクヨム内のどこかで「ただ目に見えるものを描写しても意味がない。作中人物の心情が反映される情景を描写しなければ、描写とはいえない」みたいな話を読んだことがあります。その時は「ずいぶんレベルの高い話だな」と感じたものですが……。

「寂しい」や「嬉しい」の代わりに、映像的・具体的なイメージを伴う「硝子の駒」みたいな言葉を使う。それは、まさにこれ(心情の反映)ですよね。喜怒哀楽を直接示す言葉は避けて、情景描写みたいに『絵』が浮かぶ表現を使うべき、という話なのでしょう。

 特に短歌の場合、31文字という文字数制限もあるため、長々と情景描写するわけにもいきません。本当に端的に、映像的・具体的な言葉を選ぶ必要があるはず。

 短歌でそれが出来るようになったら、小説でも自然に出来るでしょうね。

 改めて、短歌作成は小説執筆のための良いトレーニングにもなるだろう、と感じたのでした。

   

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