第2話
「……ふっ」
手に持った剣……赤い刀身が妖しく輝く〝刀〟を一閃し、ハイオークを一刀両断した。
釜を振り上げていたハイオークは赤い軌跡が通り過ぎると二つになり、どうと地面に倒れる。
「……これで十匹。餌は足りるかな」
血ぶりして刀を鞘に収めると、俺は小さくそう呟いた。
あの日、名も知らぬ師匠に助けられた日から五年。俺はこの森でなんとか生き伸びていた。
あの日鮮烈に記憶に焼きついた剣閃を追い求めて、体を鍛え、剣を振り、無数の魔物を殺した。
がむしゃらに剣を振るってるうちに、いつのまにか八合目まで全ての森を制覇してた。
それでも俺はまだ、鍛えている。師匠に会った時、少しでも近づけているように。
「ご主人!」
「ん、クロか」
ハイオークを解体してると、近くの茂みから黒い狼が出てきた。
クロ。この八合目の山に住む魔物で、三年前に他の魔物に襲われて瀕死のとこを拾った。
それからずっと育ててきて、今は俺の相棒だ。全身の赤い模様がカッコいい。
「どうしたクロ、何かあったのか?」
「ああ、近くで変な乗り物が襲われてた。ご主人が言ってた馬車ってやつだ」
「……そうか」
村人が馬車なんて使えるはずがないから、多分貴族だな。
「案内してくれ」
「助けるのか?」
「師匠だったら、きっと助けるからな」
あの日、俺が師匠に救われたように。
クロの先導で、今は庭のような森の中を駆けていく。
ほどなくして、馬車がクレイジーラプターの群れに襲われてるのが見えた。
「グァァアッ!」
「シッ!」
走るスピードを上げ、鎧を着た男に飛びかかっていたラプターを、彼方を抜きざまに斬り殺す。
一匹死んだことで、他のラプターが俺に気づいて声を上げる。
鎧の男を背にかばい、唸るラプターたちに剣先を向けた。
「き、君は!?」
「……助太刀します」
「ご主人、後ろ!」
クロの声に従い、振り返って一閃。俺の背中に飛びつこうとしていたラプターを殺す。
地面に落ちる前にラプターの死骸を蹴り飛ばし、近くにいたラプターにぶつけると駆け出した。
ラプターの間を縫うように走り、最小限の一撃で全て斬り殺していく。
「アオーーーーーーーーーン!」
クロが遠吠えを上げると、空中に火の玉が出てきて飛んでいき、ラプターを丸焦げにした。
火の玉に動きを止めたラプターたちを、すれ違いざまに倒す。ほんの数秒で二十は斬った。
「グルォッ!グルォッ!」
数が十を切ったところで、ラプターもやばいと思ったのか、奇怪な声を上げて仲間を呼ぼうとする。
この距離じゃ斬り殺す前に声が出るな。なら……
走りながら納刀し、目を瞑る。極限まで意識を集中させ、ラプターの気配を探った。
そして、間合いにラプターが入った瞬間ーー
「……
開眼するのと同時に、逆手に抜刀。そのまま一回転し、刀を振り抜く。
一瞬、静寂が舞い降りた。俺はゆっくりと振り切った腕を戻し、刀を鞘に収める。
すると、後ろで重いものが倒れる音がした。今頃ラプターは真っ二つだろう。
「……全部で26か。クロ、今日はご馳走だぞ」
「わーい、やったー!」
飛び跳ねてはしゃぐクロ。こいつはラプターの肉が大好物だからな。
「平気ですか?」
「あ、ああ……」
護衛っぽいさっきの人に声をかけると、なんだかぽかんとしてた。
何か変なことがあったのかと首を傾げてると、馬車の扉が開く音がした。
「ん?」
そちらを見ると、高そうな服をきたおっさんが出てくるところだった。
おっさんはキョロキョロし、俺を見つけると笑う。
「やあ、助太刀してくれてありがとう。君はこの森の住人かな?」
「……まあ、そんなところです」
「はっはっはっ、そうかそうか。それはすごい。さきほどの一閃、見事だったよ」
「……!」
このおっさん、俺の
あれは俺が師匠の
警戒して一歩下がると、おっさんは驚く。そしてまた笑った。
「いいね、実に良い。君は強くなるよ……いや、もうすでに強すぎるのかな?」
「……あんた誰だ」
「おっと、これは失礼した。改めて名乗ろう。私はフリード。フリード・アルシュベルトだ。以後お見知り置きを、〝死の山〟の剣士くん?」
綺麗なお辞儀をするおっさん。どこからどう見ても胡散臭い。隣にいるクロも唸っておっさんを睨む。
苗字持ちってことはやっぱり貴族かと思いつつ、俺は気になることを聞いた。
「……〝死の山〟って?」
「おや、知らないのか。〝子捨ての山脈〟の最奥の森。Sランクの冒険者ですら入るのを戸惑う人外魔境。この森は人呼んで〝死の山〟と言われてるんだよ」
「……Sランクの冒険者、か。確かにそれはすごいな」
Sランク冒険者は、いわば人間の頂点だ。
人間の中でも特に優れた力を神から与えられ、英雄として語り継がれる存在。
俺は五年前までしか知らないけど、確か村にいた頃は世界にSランク冒険者は五人しかいなかった。
「君は、魔人か何かの類かい?」
魔人……人間が何かのきっかけで、人間でありながら魔物に堕ちた存在か。
「いや、多分違う」
「多分?わからないのかい?」
「わからん。俺はただ、剣を振ってきただけだ」
「ふぅん、剣をね……」
ちらっと俺の剣を見るおっさん。
なんかこのおっさんに師匠の剣は見られたくなかったので、背中に隠す。
それに気づいたおっさんは笑った。変なやつ。
「どうやらかなり警戒されてるらしい。いやぁ、まるで〝彼女〟のようだな」
「……くだらない話を続けるなら、もう行くぞ。あんたもこんなとこ、もう通るなよ」
そう言うとクロを促し、踵を返して森の中へ戻ろうとする。
しかし、次の一言で足を止めた。
「君、冒険者養成学園に行くつもりはないかい?」
「……何?」
おっさんの言葉に振り返る。するとおっさんはにこり、とまた胡散臭い笑みを浮かべた。
「王都にある、若者たちを一人前の冒険者に育てるための施設だよ。私はそこで学園長をしててね」
「……興味ないな」
「そのマフラーの持ち主を知ってると言っても?」
今度は体ごと振り返った。目を見開き、おっさんの胡散臭い笑顔を見る。
「そのマフラー、それに赤い刀身の刀……〝彼女〟……〝銀光の剣姫〟のものだろう?一目見てすぐにわかったよ」
銀……剣……まさか。
「……師匠を、知ってるのか?」
「知ってるも何も、彼女は私の学園の教員だよ。若い子たちに剣を教えてる。五年前からね」
五年前……俺が師匠に助けられて、この剣とマフラーをもらった時期と同じだ。
「彼女、学園に来てからずっと何かを待ってるみたいでね……そうか、君が彼女の言っていた一番弟子」
おっさんの言葉に、俺は思考を巡らせる。そしてある一つのことに気がついた。
「……そうか。そういうことですね、師匠」
これは、師匠が俺に与えたメッセージだ。
師匠はおそらく、学園で自分の育てたやつらを全て倒して、自分の一番弟子だと証明しろと言っている。
どっちにしろ、師匠に言われた五年が経ってそのうち森を出ようと思ってたところだ。
このおっさんが来たのは、ある意味ちょうどよかったのかもしれない。
「それなら……行かない理由はないな」
「ん?どうしたんだい?」
不思議そうな顔をするおっさんに、俺はちゃんと向き直る。
そしてばっと頭を下げた。クロが驚くのがわかる。
「……頼む。俺を、その学園に連れてってくれ」
「……ふむ。やはり君は、彼女の弟子だな。自分の目的に対してなら素直だ」
なんかブツブツ言うおっさん。その間も俺は、ひたすら頭を下げ続ける。
たとえ相手が胡散臭いおっさんだろうと、師匠のところに行けるなら、いくらでも下げてやろう。
「よし、いいだろう。君を学園に連れて行こう」
「……ありがとうございます」
「うん、いいね。ちゃんとお礼が言えるのは人ができてる証拠だ。それじゃあ早速行こうか」
おっさんは馬車の扉をあけて、俺に乗れと目配せする。
クロを見ると、仕方ないですねご主人は、とでもいうように笑ってため息を吐いた。
クロと二人で馬車に乗り込むと、おっさんも乗って馬車が動き出す。
こうして俺は、五年間暮らした森を出て、師匠に会うために王都とやらに行くことにした。
平凡なる剣神と百の剣 @kumakuma1802
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