平凡なる剣神と百の剣

@kumakuma1802

第1話

よくある話だ。


村が凶作になって、魔物の襲撃に耐える体力がつけられなくなった。

だから口減らしとして子供たちが森に捨てられた。

この世界のどこにでもある、ごく平凡な話だ。


「……お尻が痛いな」


そして俺は、その中の一人だった。

周りには誰もおらず、不気味な森の中両手両足を縛られて座っている。


俺の村の村長は頭が良かった。

一緒にすると協力して生き残るかもしれないから、一人一人別のところに捨てたのだ。



グルルルル……



やがて、手を縛る縄にくくりつけられた袋に入った肉の匂いにつられて、魔物たちが集まってきた。


ブレイドウルフ、ブラッディベア、キュクロプス……数え切れないほどの魔物が、俺を見下ろしてよだれを垂らす。


「………」


自分を取り囲む魔物たちを見上げ、俺は無言でその目を見つめる。

昔から感情の起伏が薄いと、父さんにも母さんにも言われてた。

それは多分、本当なんだろう。




だってこの状況でも、俺はまったく怖さを感じてないんだから。




「……これで父さんと母さんは、生き延びられるかな」


考えるのはただ、俺と他の子供が森に運ばれるのを、涙をこらえながら見てた両親のことだけ。


別に恨んだりはしていない。

子供の俺から見ても、二人は良い人だった。

こんな俺にも愛情を注いでくれて、十年も育ててくれた。


だから俺の命で父さんたちが生き延びられるなら、それでいい。


「……あ、でも母さんのお腹の中にいる俺の弟か妹には会ってみたかったかも」


そんなふうにつぶやいていると、目の前に立っていたキリングタイガーが大口を開けて俺を飲み込まんとした。


俺はジッとキリングタイガーの口の中を見つめ、自分の頭が食いちぎられるのを最後までーー




ザンッ!




ーー見ることは、なかった。


ズルリ、と目の前でキリングタイガーの頭がずれる。

かと思えば地面に転がり、残った体から血が吹き出して顔にかかった。


「……あれ?死んでない?」

「ーー君、大丈夫?」


まだ首が繋がってることに首を傾げていると、隣から話しかけられた。


一体誰だと隣を見上げてーー俺は生まれて初めて、ぽかんと見惚れてしまった。


その人は、すごく綺麗だった。


伝説のドラゴンみたいな緑色の目と、流れ星のような銀色の髪、そしてちょっと尖った耳。


見たことのない服を身につけ、手に不思議な形の剣を携えたその人は、自信に満ち溢れた微笑みで俺を見ている。


「待ってて、すぐ終わらせるから」


俺が固まっているうちに、不思議な剣を構えたその人は、魔物たちに斬りかかった。

その人の剣は、まるで閃光のようだった。

魔物の間を駆け抜けて、おとぎ話の風の妖精のように剣を振る。

瞬きする間に、魔物がどんどん切り裂かれて減っていった。



〝美しい〟



その時俺は、父さんがいつも母さんに言っていたその言葉の意味を、本当の意味で知った気がした。


「グォォオオオオッ!」


一番大きな魔物ーー神に作られたと言われる怪物、地竜アースドラゴンがその人の背中に拳を振り降ろす。


危ない、そう咄嗟に叫ぼうとしてーー




「ーーー〝王閃オウセン〟」




ーー振り返ったその人の手が、本当の閃光のように煌めいた。


動きを止めた地竜アースドラゴンの上半身が、下半身と分かれて倒れる。遅れて下半身も地面に沈んだ。


「ふう、殲滅完了っと」


もはや見ることすらできなかったその一撃に見惚れていると、剣を鞘にしまったその人は伸びをする。


「ん~っ、やっぱ体を動かすのは楽しいねえ」

「……あの」


生まれて初めて、自分から人に声をかけた。


その人はゆっくりとこちらを振り返り、今思い出したというふうに慌てて駆け寄ってくる。


……可愛い。


「あ、ごめんね君!平気だった!?一応全部倒したけど……」

「全部?」


周りを見渡す。

なるほど、確かにもう一匹も魔物は残ってない。さっきまで山のようにいたのに。


「……平気です」

「そっ、それなら良かった。それで君、なんでこんな危険なとこに……ん?」


そこでようやく、その人は俺が身動きが取れないようにされているのに気づく。


「……もしかして、口減らし?」

「そうです」

「そっか……怖かったよね」


その人は縄を切ると、なぜか俺を抱きしめた。そして背中を撫でてくる。


なんだろう、これ。母さんに抱きしめられるのとは違う。


こう、なんかフワッとした気持ちになって、胸がドキドキして……。


「……別に、怖くないです」

「強がりはいけないよ。大丈夫、お姉さんが受け止めてあげるから泣いちゃいなさい」


いや、本当に怖くないんだけど……


って、そうじゃない。俺はこの人に、聞きたいことがあるんだ。


「あの、聞いていいですか」

「なんだい?かわいそうな少年の質問ならなんでも答えよう」


どうやらなんでも聞いていいらしい。なら早速……


「あなたの剣は、どうしてあんなに綺麗なんですか?」


そう聞くと、その人はパッ!と俺から離れて、驚いた顔で俺の目を見た。


なんだかその綺麗な目で見つめられると恥ずかしくて、さっと視線をそらす。


「こら、目を逸らさない。あなたの目、ちゃんと見せて?」


でも、顔に手を添えられて無理やり目を合わされた。

なんだろう、また胸がドキドキする。顔がすごく熱い。


「……ふぅん。どうやら怯えてなかったっていうのは本当みたいだね」

「……だからそう言ってるじゃないですか」

「あはは、そうだったね」


楽しそうに笑ったその人は、すっと笑みを消してまた俺の目を見た。


「ねえ。私の剣、綺麗だった?」

「……はい、すごく」

「ふふ、そっかぁ……綺麗だなんて、言ってもらえるんだ」


嬉しそうに笑うその人は、やっぱりすごい可愛かった。

なんだか、今日はドキドキしっぱなしだ。今までこんなのなかったのに。


「うん、よし、気に入った。君、私の弟子になりなさい」

「!」


その言葉に、俺は顔を上げてその人の顔を見た。


きっと今、俺の目は輝いているだろう。


だってこの人は、俺を弟子にしてくれるなんて言ってくれたんだから。


「……本当ですか?」

「ああ、本当だとも。といっても、君が最初の弟子だけどね」


あの綺麗な剣を、学べる。ただそれだけで俺は、どうしようもなく嬉しくなった。


おまけに一番弟子らしい。この人の剣を誰よりも早く知れる、めちゃくちゃ嬉しい。


「君、名前は?」

「……まだ、ありません」


この世界では、10歳になると神殿に行って洗礼を受け、神様から特殊な力と名前を授かる。


それまでは簡単な単語で互いのことを呼び合う。小さい村は特にそうだ。


「そうか、まだ洗礼も受けてないのか……よしわかった、それじゃあ今日から君は、〝イチ〟だ」

「イチ?」

「ああ、私の一番弟子の〝イチ〟。わかりやすいだろう?」


イチ。それが、俺の名前。

そのまんまな名前だけど、それはしっとりと俺の心に染み込んでいった。


「……わかった。俺はイチだ」

「よろしい。それじゃあ……まずはこの山脈で五年、生きてみなさい」


その人改め師匠は、とんでもないことを言った。


この森を含めた八つの山脈は、よく口減らしに子供が捨てられる、〝子捨ての山脈〟と言われる場所だ。


一つ山を超えるごとに魔物が強くなって、とてもじゃないけど子供が生き残れる場所じゃない。


「……やってみます」


それでもあの剣を学べるのなら、なんとか生き残ってみよう。


そう思って頷くと、師匠は満足したように笑って、首に巻いていたマフラーと腰の剣を外す。


「勇気ある弟子には、これをあげよう」

「…ありがとうございます」


首に巻かれた赤いマフラーと、ずっしりと重い剣を交互に見る。


今日からこれが俺の宝物だな、と思ってると、師匠は立ち上がって踵を返した。


「じゃあ、私はそろそろ行くよ。我が初めての愛弟子よ。その剣が私の場所を教えてくれる。生きていたら、五年後にまた会おう」

「……はい」


師匠は手を振りながら、森の中へと姿を消した。


一人残された俺は、そのまましばらくぼーっとしてた。やがて、おもむろに立ち上がる。


「……五年か」


この〝子捨ての山脈〟で、五年生き残る。普通なら絶対嫌だというところだ。


でも、俺はそうじゃない。絶対に生き残って、あの人から剣を学ぶのだ。


そう決意を胸に、俺は師匠からもらった剣を抜こうとして……


「……ぬ、抜けない」


あまりにも重くて、いくら引っ張っても抜けなかった。


「……とりあえず、体を鍛えるところから始めるか」


まず剣を抜けなきゃ、話にならないからな。





そしてこの日、一人の美しい剣士の剣に憧れた俺は、魂に深く焼きついた美しい剣閃を追いかけ始めたのだった。

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