さよならはクイズのあとで

snowdrop

新vs旧

「春休み特別企画、新旧チーム対抗ガチンコ早押しクイズ~」


 司会進行役からタイトルコールが発表されると、参加者八名は互いの健闘を祈って拍手をしあった。

 教室の真ん中には二つの机が置かれ、机上には早押しボタンが用意されている。

 

「卒業された先輩たちと、クイズ研究会を託された後輩たちの二チームによる早押しクイズを行ってまいります。ルールの説明をします。各チームのうち、一人だけが早押しボタンについている状態です。二問連続で正解すると、次の選手にバトンタッチできます。先に四人目が二問連続正解できたチームが優勝となります。自分が誤答するか、相手が正解したとき、連続正解が途切れます。誤答した場合は、相手は問題文を最後まで聞いてから答えられますので気をつけてください」


 先輩チームの元書紀と後輩チームの新書紀が握手し合い、互いのテーブルの上に置かれ早押しボタンに指をかける。


「問題。日本で最初の元号は?」


 進行役が問題を読み上げると、両者一斉に早押しボタンを押した。

 ピンポーンと甲高い音がなる。

 早押し機のランプが赤く点灯し、押しに勝ったのは後輩チームの眼鏡を掛ける新書紀だった。


「大化」

「正解です」


 ピコピコーンと高音が鳴り響く中、新書紀は笑んでいた。

 元書紀は手を叩きながら息を吐く。


「正解しましたので、リーチとなります。次も正解すれば、二番目の人とバトンタッチできます」


 進行役の声を聞きながら両者、それぞれのスタイルで早押し機のボタンに指をかけ、身構える。


「問題。日本で三番目の元号は?」


 ピポピポーン!

 両者、一斉に早押しボタンを押した。

 押し勝ったのは、先輩チームの元書紀。


「朱鳥」

「正解です」


 ピコピコーンと音が鳴る前から、元書紀は左手の拳を固めていた。


「大化、白雉の二つの元号のあと断絶してたんだ。三十二年ぶりに朱鳥が定められたけれど使われたのは一年だけ。つぎの大宝までの十五年間、元号が途絶するんだ」

「さすが先輩。これで後輩チームの連続正解が断たれました。今度先輩チームが正解しますと、二番目の人にバトンタッチできます」


 進行役が説明する。

 元書紀は指を組んで音を鳴らしながら隣を一瞥した。

 互いに視線を交わした一瞬、口元が緩む。


「問題。平安時代最後の元号は?」


 またまた両者、一斉に早押しボタンを押した。

 押し勝ったのは後輩チームの元書紀。


「元暦」

「正解です」


 ピコピコーンと軽快な音が鳴る。

 元書紀は胸の前で両手を握り、「よしっ」と小さくつぶやいた。


「源氏と平氏の争乱の中、平家はこの元号ではなく、寿永を使っていたんだけど、壇ノ浦の戦いで破れて平氏が滅亡するんだ」

「まさに歴史の転換期。そして連続正解しましたので、先輩チームは二番目の人とバトンタッチしてください」


 進行役に言われて、先輩チームは解答者を交代する。

 二番目に早押し機の前に立ったのは、元会計。

 目をくりくりさせながら早押しボタンに指をかける。


「問題。江戸の三大大火の一つが起こり、語呂」


 新書紀が、問題の途中で弾くように早押しボタンを押した。

 

「明和」

「正解です」


 ピコピコーンと音が鳴り響く。

 仲間に拍手される中、新書紀は固めた右拳を小さく振り下ろした。


「この問題は『江戸の三大大火の一つが起こり、語呂合わせで縁起が悪いとされ改元されたのは?』と予想しました。目黒行人坂の大火は明和九年、つまり迷惑年と読めるので、厄災を払うために同年冬に年号を『安永』と改めました」

「そのとおりです。これで後輩チームはリーチになりました」


 進行役が声を発する中、両者早押しボタンに指を乗せる。


「問題。日本で長く続いた元号は、一番目が昭和、二」


 問題の途中で、ピンポーンと音が鳴った。

 すばやく早押しボタンを押したのは、元会計だった。


「応永」

「正解です」


 ピコピコーンと正解を知らせる音が鳴った。

 周りから拍手が起きる。

 元会計は得意げに説明をはじめる。


「これは、『一番目は昭和、二番目は明治、では三番目は?』という問題だね。応永は室町時代の元号で、一三九四年から一四二八年まで三十五年間続きました。ちなみに最も短い元号は、鎌倉時代の『暦仁』で二ヶ月半ほどだったかな。今回はもう、元号のクイズしか出ないでしょ」

「そのとおりです」


 進行役の声に緊張がみられた。


「ここで、今回のクイズのテーマを発表します。今回のチーム対抗戦は『さよなら平成ようこそ令和、元号クイズ』です。四月一日に新元号が発表されました。平成から令和へと時代が移りゆくなか、ぼくたちクイ研部員も移り変わっていくことにあやかり、元号に関する問題を出題していきます。なので早押しと知識が問われます」


 参加しているみんなは驚いてはいなかった。

 時期的にそんなことだろうな、という気がしていたからだ。


「先輩チームはこれでリーチです。では次の問題」


 二人は早押しボタンに指をかけて身構える。


「徳川吉宗が」


 ピンポーンと先に音が鳴ったのは、またしても元会計。


「亨保」

「正解です」


 ピコピコーンと鳴り響く中、元会計は白い歯を見せてニカッと笑った。


「ちなみにこれはどういう問題を予想しましたか」


 進行役の問いかけには、簡単だったよという顔で元会計が答える。


「元号が出るってわかってるから。『徳川吉宗が行った改革の元号は?』で、亨保。元号に関することが出るとわかっているから、いかに押し勝つかが重要だね」


 元会計は、後ろに並び立つ元副部長のハイタッチして、場所を譲る。


「それでは次の問題。一六五七年一月十八日の午後二時頃、本郷丸山の本妙寺より出火」


 ピンポーンと音がなる。

 問題文の途中で。新書紀がボタンを押した。


「明暦」

「正解です」


 ピコピコーンという軽快な音を聞きながら、新書紀は息を吐いた。


「この問題は『江戸時代最大の大火がおきた元号は?』というものですね」

「そのとおりです。これで後輩チームリーチです。次こそは、連続正解して交代できるのか。では問題」


 両者、早押しボタンに指をかける。


「ペリーの」


 ピポピポーンと両者同時に早押しボタンを押した。

 押し勝ったのは、新書紀だ。


「嘉永」

「正解です」


 ピコピコーンと音を聞きながら、新書紀は安堵の顔を浮かべていた。


「ペリーの黒船来航ですよね、一八五四年」

「そのとおりです。これで後輩チーム、ようやく二番目の会計と交代です。では問題」


 新会計が慌てて入れ替わり、両者早押しボタンに指を乗せた。


「明治の前」


 ピポピポーンと音が鳴った。

 早押しを制したのは、元副部長。


「慶応」

「正解です」


 ピコピコーンという音とともに、元副部長は笑顔になる。


「明治の前の元号は慶応。三十六ある江戸時代最後の元号です」

「これで元副部長、リーチです。新会計は阻止できるのか」


 一呼吸置いて、進行役が問題を読み上げる。


「問題。クジ」


 ピポピポーン。

 同時に押したが、早かったのは元副部長だった。


「明治」

「正解です」


 ピコピコ―ンと軽快な音が響く。


「これは『クジ引きで決められた元号はなにか』と予想しました。いくつかの元号候補の中から、明治天皇御自らくじを引いて御選出されたのが明治でした。クジ引きは神の意思を問うための重大な神事というイメージが強く、厳粛な作業だったようです」

「副部長があっさりと連続正解してしまいました。これで先輩チームは交代、いよいよアンカーの元部長の登場です」


 説明を終えた元副部長が、元部長と場所を入れ替わる。


「思ったより出番がくるのが早かったですが、可愛い後輩のためにも全力で叩き潰します」


 嬉しそうな顔をして元部長は早押しボタンに指を乗せた。

 そんな元部長を横目に新会計は、息を吐いて大きく吸い込んでから、早押しボタンに指を乗せた。


「問題。当時小渕官房長官が『平成』と書かれた額を掲げて発表」


 ピポピポーンと、両者がボタンを押した。

 制したのは、元部長だ。


「河東純一」

「正解です」


 ピコピコーンと高らかに音がなり、元部長は軽く一礼した。


「額を掲げて発表と聞いたところで、これは平成の字を書いた人を聞いているんだと思いました。河東純一さんは、茨城県生まれの元官僚の方で、当時は辞令専門官をされていた人です。持ち込んでいた四枚の紙のうち、はじめから最後の四枚目を渡そうと思って書いたそうです」

「さすが元部長。相変わらずの博識です。これでリーチとなりました。次の問題で決まってしまうのか」


 盛り上げる進行役の声の中、後輩チームのアンカーを務める新部長が、新会計の肩に手をかける。


「とにかく勝って、わたしまで回しなさい」

「は、はいっ」


 新会計の返事は声が裏返っていた。

 早押しボタンに指をかける二人に問題文が読み上げられる。


「問題。菅原官房長官が新元号『令和』と書かれた額を掲げて発表」


 ピポピポーンと、両者がボタンを押した。

 押し勝ったのは、やはり元部長だった。


「茂住修身」

「正解です」


 ピコピコーンと激しく正解したときの音が鳴り響いた。

 先輩チームのみんなが拍手する中、元部長は深く一礼した。


「額を掲げて発表と聞いたところで、これは令和の字を書いた人を聞いているんだと思いました。つづけて似た問題がきたのでびっくりして押すのが遅くなりました。茂住修身さんは、岐阜県生まれで辞令専門官をされている人です。平成の字を書かれた河東さんとはおなじ大東文化大学出身で、後輩にあたるそうです」

「さすがです」


 勝ったぞ、と先輩チームがハイタッチをしあって喜んでいる。

 後輩チームはアンカーの部長までまわせず、項垂れていた。


「結果発表しますっ。春休み特別企画、新旧チーム対抗『さよなら平成ようこそ令和、元号クイズ』の勝利は、先輩チームです!」

「ふふふ、まだまだ、若い者には負けんゾイ」


 両チーム、互いの健闘を称えあって手を叩く。

 そんな元部長の後ろ姿を見ながら、「部長とクイズしたかったー」と新部長は泣きそうな顔を浮かべていた。

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