第32話 『待ち人来る』

 郷志がマリー=フランソワーズに対して驚かせたことを平謝りすると、彼女はくつくつと笑いながらM.F.S.を完全に停止させた。

 そして顔を覗かせていた胸部装甲以外の前面装甲を全て開放して騎体からするりと抜け出すと、その搭乗スーツ姿のままで郷志と向き合った。

 近衛らが着用していた物とは質もデザインもまるで違うが、身体にピッタリとフィットした全身を覆うスーツである点は変わらない。そして。

 陽に焼けた肌に獅子の鬣のような豪奢な金髪、労働で培ったのだろう均整の取れた引き締まった身体。それがスーツにより、よりはっきりと際立たせられていた。

 まるで野生の肉食獣の優美さとも言える、逞しさを兼ね備えた美しさ。

 そして郷志は、そんな美々しい女性に対して有利に事を運べる術など持ち合わせてはいないのだ。


「あんた面白いねぇ。軍の奏者でこんな対応してくるやつなんて、初めてお目にかかったよ」

「そ、そう? いやまあ、俺は変わり種だからね。奏者って呼ばれるようになったのもつい最近だし」

「そうなのかい? それにしちゃあ――」


 豪勢な騎体に乗ってるじゃないか、と言いたげに、彼女はグラン・パクスを見上げた。すると。


『色々と混み合った事情がございまして。あ、口を挟んで申し訳ありません。私、マスターが搭乗する騎体の管理AIである大和と申します』

「誰だい――って、M.F.A.が喋っ……た? は? 管理AI?」


 それは彼女にとってはグラン・パクスが喋ったように聞こえただろう。指向性スピーカーで二人にのみ届くように、大和が調整したのである。郷志がこれ以上要らぬ事を喋らぬようにと、更に調整して彼にだけ告げたのも含めて。


「驚かせたみたいで、どうもすいません。今どきは流行りじゃないみたいですけど、M.F.A.黎明期の『機導魔鎧』って呼ばれてた頃はごく当たり前の仕様だったそうですよ?」

「はぁ、皇国の騎体にしちゃあ見覚えのないシルエットだと思ったら、まさかの発掘魔鎧かい? 話しにゃ聞いた覚えはあるけれど、こうして実働してるところを見るのは初めてだよ」


 驚きを隠さずにそう言うマリー=フランソワーズのその視線は、ある種憧憬のようなものが混ざっていた。グラン・パクスのように――実際にはまるで違うが――無慈悲な混交直後に生み出され坩堝での戦闘により擱座した機導魔鎧が、時を越えて再び全く別の坩堝で発見される例は過去に無くはない。

 とはいえそれは、残骸としてであり、稼働状態での発見は皆無であった。


「いろいろ興味は尽きないけれど。ま、よろしく」

「あ、はい」


 獲物を見つめる猛獣のような、鋭い眼光のまま、マリー=フランソワーズはその右手を郷志に差し出してきた。

 若干躊躇しつつ、郷志がその手を握ると、意外なほどに柔らかな感触に若干戸惑い、続いて――万力のような力で握りしめられたのである。


「ん?」

「ふうん?」


 特に力を込めた感じを見せていないマリー=フランソワーズであるが、身体強化を行っているのは郷志ですらわかるほどに明白であった。

 あの日、、、以降、常に魔力を全身に纏わせて身体強化を行い続けている彼にとっては、それは特段苦痛と言えるものでもなかった。単に力比べでもしたいのかな? という程度であったから――。


「よ、っと」

「んぎっ!?」


 軽く。あくまで軽く握り返したつもりの郷志であったが、それは想像以上の効果を発揮していた。巨大なロボットの胸から飛び降りて平気な程の身体強化である。それにしたところで全力などには程遠いのだ。それを、少々とはいえ意識して行ったのだ。


「あれ?」

「ぐっ、ギギギ……」


 郷志的にはほんの少し。友達同士でじゃれ合う位の感覚でマリー=フランソワーズの掌を圧しただけのつもりであったのだが、どう見ても目の前の女性が、全力で苦悶の表情を表に出さないように努めているようにしか見えなかった。

 あるぇ~? と首を傾げつつも、その手を緩めなかった郷志は、自分の耳元にだけ囁いてきただろう大和の声に視線を上げた。


『マスター。首を傾げている暇があるなら手を緩めてあげてください。あなたは普段周りにいる方たちが、本来なら世間一般の常識で測れないレベルだというのをもっと認識した方がいいですよ。近衛従三位を始めとしたM.F.A.奏者は当然のことながら、学校の生徒ですら魔力操作という点においては超が付くエリートですよ?』

「お、おう。あの、すんません。ですが、試験、、には合格ですかね?」

「あ痛ててて……。ふーっ、なんだい優男風に見せているのはわざとかい? って、そんな感じじゃあなさそうだね。私らが勝手に合否判定してるだけだから気を悪くしないでおくれよ? なんにせよ、改めて。よろしく頼むよ」


 そうして今度こそ、まっとうに握手をして別れたのであった。


 ☆


「やっと着いたかぁ」

『予定到着時間からだいぶずれ込みましたね』

「まあなんでも予定通りに行けば苦労しないって。さて、お出迎えとかいるのかな?」


 グラン・パクスの胸部、装甲を開いたコクピット部分から身を乗り出して、到着した本隊を見上げてそう言う郷志。マリー=フランソワーズと別れてしばらく、騎体に戻り暇を持て余していた郷志は、ようやくのご到着に盛大にため息を吐くこととなった。

 稼働し始めた仮設露店街とでも言うべき場所に興味をそそられつつも、お仕事としてここにきている以上、勝手な真似はできないと我慢を強いられていたのである。

 要するに、さっさと仕事を引き継いでもらい肩の荷をおろしたいのだ。そして見物したいのだ!

 到着したのは全通甲鈑の大型航空船舶を旗艦とし、随伴艦に輸送艦と護衛と思しき駆逐艦クラスを三隻の合計五隻。そのうち輸送艦は、ごく低空まで降下するとその船腹から大型コンテナを分離させた。

 そのコンテナは下部に仕込まれた着陸脚を展開し、ゆっくりと接地するや、その外壁を開き始めた。全て展開すると簡易基地として稼働する事になるプレハブ的な設備である。

 更に上空の大型航空船舶からは、搭載騎であるM.F.L.が数騎発艦していた。編隊を組まずに、順次そのまま『坩堝』へと向かっていった。簡易に設置したマーカーをきちんと施工し直したり、坩堝周辺の再確認を行うのだとか。

 そしてそのうちの一騎に、郷志は気を引かれた。少しばかり形状の違う機体が混ざっていたのである。


「今のは知らない騎体だな。何ていうんだ?」

『検索します--情報収集用装備のM.F.L.『ユーパロー』だそうです。通称マギント・シーカー』

「ああ電子情報エリント機の魔法版ね。つか語呂悪くね?」

『聞き慣れれば普通に聞こえるのでは?』

「見た目は好みだけどな。こう、ごてごてついてるの」

『超時空なのとかお好きでしたものね。私のデータベースにもソレ系の語彙が蓄積されてますし』


 追加装備や外付けな特殊装備などは大好物な郷志だったが、残念ながら戦闘には向かない。ゲームに於いても壊れた部分がきちんと反映されるため、どんなに細かい装飾でも当たり判定が存在し、ダメージに計算されたのだ。

 それ故に、お遊び騎体ではない限り形状はシンプルな物が多かった。

 当たらなければどうということはない、そんなの関係ねえとばかりに改装した猛者もいたが、僅差で負けた時に嘆いていたりする。

 艦載騎を放出した航空船舶は、輸送艦とともに上空で停泊するようだ。今も頻繁に小型艇やエレベーター代わりの貨物ゴンドラが上下している。

 護衛の駆逐艦クラスはゆっくりと『坩堝』外周を遊弋しはじめていた。しばらくは警戒態勢のままでいるようである。


『マスター、通信です』

「おう、繋いでくれ」


 交代の人かな? と思い気楽にそう答えた郷志だったが、開かれた通信窓とともに耳に飛び込んできた声に目を瞬かせた。


『郷志殿! お待たせして申し訳ない! これより『坩堝』の引き渡しを致します』

「あ、はい。よろしくお願いします。ていうか、なんで近衛従三位が?」

『また無理言ったのよ、無茶苦茶よほんと』

「あ、竹内正四位まで……」

『ああ、じきに高倉正六位も来るわよ? あなたの小型飛行揚陸艇エアランダーで』

『ソレは助かりますね。整備の都合もありますし』


 なんと増援でやってきた船団には、櫻子と文子が同乗していたのである。おまけに更に遅れてではあるが、高倉紀都正六位までやってくるというのだ。

 ひとまずバーグブルグの山陰正五位とともに、騎体を移動させ簡易基地前に向かった。


「整備必要なのか? 不具合なんか出てないだろ」

『整備というのは不具合が出てからするものではありませんよ、マスター。不具合が出ないようにするのが整備です。まあ正直なところ、被弾以外で不具合が出そうにないですが』

「だよな」

『ですが、丁度いいのは確かです』

「なんでまた」

『マスター、M.F.S.に乗りたくはないですか?』

「そりゃー乗りたくないって言ったら嘘になるな。ロボ好きならマスタースレイブ式のパワードスーツは大好物だろ」

『では、作りましょう』

「は?」

『コンフィグ機能の【騎体調整室】経由なら内蔵騎扱いでメイキング出来ます。ただ、人目につくのでエアランダーに格納して設定したほうがよろしいかと』

「マジか!? --そうか、脱出用の!」

『はい、アニメ向けに設定上だけは存在していた、主役機の脱出装置扱いのM.F.S.です』


 郷志らは通信を終えると、グラン・パクスを移動させつつそんな悪巧みをするのであった。

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機導魔鎧エクスカベイター でぶでぶ @debudebu

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