第31話 『交易船団』

『探索交易商船団、先頭の船を直接視認』


「うん、見えてる」




 マリー・フランソワーズとの通信を終えてすぐ、地形の影になって直接目視できなかった相手が、姿を現しはじめた。


 地面を這うように進む航空船舶のような何かが視界に入ると、郷志はそれが何なのか即座に理解した。




「……陸上船舶ネヴィア・テレストルじゃん」


『なんですかそれは』


「航空船舶の廉価版みたいな扱いでな。アニメの設定にすらない、原案者が出した同人誌にラフ画だけ載っていたというな……」


『よくそんなの覚えてましたね』


「深みにハマってた奴らの間じゃ常識だったぞ。某ハンドルで操縦するロボからのパクリじゃん! とか言われてたけどな」


『ハンドルで操縦する元祖はまた別の特撮作品だけどな! というところまでがテンプレですねわかりますん』




 郷志の言うように、地表スレスレを這うようにしてこちらに向かってきているのは、航空船舶と言うよりも、どちらかというと船ではなく浮き桟橋と言ったほうが近いシルエットの歪な構造物であった。


 そしてその周囲で砂煙を巻き上げながら付き従うのは、M.F.S.ミスティック・フレームスーツと呼ばれる小型ミスティックアーマーたちだ。


 その姿はロボットと言うよりも――




「まんまパワードスーツなんだよなぁ、あれ。M.F.S.……ああ言うのも良いよな」


『戦闘能力的にはM.F.A.はおろか、M.F.L.の足元にも及びませんけれどね』


「まあそれはそうなんだけどさ。それはそれこれはこれってやつだよ。なんだって適材適所だろ。ほらあれだ、戦車MBTだけじゃ拠点を占領できないとかさ」


『戦車砲で歩兵撃つとか費用対効果的にも無駄ですしね』


「やめて? 想像したら怖いから」




 それはともかく、歩兵部隊がいないと都市を攻略しても占領判定が出ない。別ゲームの話だが。だがしかし、それは真実に近い話でもある。




「何でもは出来ないからな、どんなに高性能でもさ」


『なるほど、一考に値する話です』




 などと話しつつ接近してくる陸上船舶を見守っていると、坩堝の周囲に配置されたマーカーに沿って航路を変え、郷志達が待機している方へと進むと、一定の距離を保った状態で停止し――発砲した。




「また微妙な位置で止ま――撃ってきた!?」


『空砲です。砲身は明後日の方向に向いておりますし、おそらく攻撃の意志はないと言う意味だと思われ』


「ああ、なるほど」




 隣の山陰正五位の搭乗するバーグブルクも、それがわかっているのか微動だにしていない。慣例というのか、この世界の不文律を一通り調べないといかんな、と思う郷志であった。


 そうしているうちに、停止した陸上船舶の周囲の守りを固めていたM.F.S.らが行動を開始した。陸上船を起点に杭を打ち始めロープを張りだしたのだ。


 そんなふうにM.F.S.がちょこまかと動いているのを見つつ、郷志は彼らが何をやっているのかを把握した。




「そうかあれ、露店街の準備か」


『露店街、ですか?』


「そうそう、こういう国の領土外で発生した坩堝の周りにはさ、何にもないだろ? だからさ、こういう奴らが率先してやって来て臨時の商店街を形成するのさ、たぶん」




 これは原作知識でも同人裏設定でも何でも無く、単なる郷志の推測だが、そう間違った話もでもないだろうと彼は思った。人が集まれば経済活動が発生するのだ。


 そう、言ってみれば門前町のようなものである。こういった国家の領土から離れた荒野に生じた坩堝は、その管理権限こそ最初に到達しその権利を主張した者に与えられるが、その周辺環境を構築する事まではその範疇ではない。


 為に、このように私企業的な団体がその役割を担うためにやってくるのだ。




『――鴫野従四位、山陰です』


「鴫野です。なにかありましたか?」


『いえ、彼らについてですが』


「ああ。店を開きたいみたいだね。さっき言ってたのはこういう事だったんだね」


『はい、若輩者故に私も実際にこういった状況を経験したことが無かったものですから断言できず……申し訳ありませんでした』


「いいよいいよ、結果オーライってね」




 こうして会話を続けている間にも後続が到着し、次々と区画整理のように杭が打たれ天幕が張られ、その周辺の目につく岩や地面の凸凹が均されてゆく。


 その原動力はというと、やはりM.F.S.達であった。


 そのM.F.S.は民生品であり、軍用とは違い、その形状は様々で、元は同じ型であろうと思われるものも、カスタマイズによるものか修理の兼ね合いか、かなり個性的なものさえ存在していた。ある意味基本であるとも言える人型のものが過半を占めているが、それ以外にも鳥の足のような逆関節脚の騎体や多脚型の物、足などは飾りだとでも言うかのようなホバー移動を行うものまで存在していた。


 これらM.F.S.は概ね3〜4メートル、大きくとも5メートル程度の体高であるが、そのサイズの騎体が、その身の丈にあったスコップやつるはし、ハンマーで作業している姿を見ていると、遠近感が狂いそうにもなってくる。




『さっさと整地を済ませな! 次が押してんだ! ぼやぼやしてんじゃないよ!』


『姐御! 縄張りは完了しました! 順次天幕を広げていきます!』


『姉御っていうんじゃねえよ! 代表だっつってんだろうがよ!』


『すいやせん姉御』


『あ~もう! とっとと手を動かしな!』




 陸上船舶の艦橋の張り出しから上半身を乗り出すようにしてがなり立てているのは、探索交易商船団「瑠璃の疾風」の代表であるという女性、マリー・フランソワーズ・ヴィクトワール・ストローブであった。




『……集音せずとも届きそうな大声です』


「うーん、いかにもっていう感じの女傑っぷりだなぁ」


『ああ言うのがお好みでしたっけ?』


「お付き合いしたいかどうかっていうのなら、どストライクなのは近衛さんだけどさぁ。どストライクすぎて高嶺の花具合がすごいじゃろ?」


『そのへんの恋愛感情はわかりかねます。好ましいならそう告げてしまえば良いのでは。まあマスターがヘタレなのは知ってますから無理だというのはわかってますが』


「……ほんっとお前のデータ蓄積のさせ方育て方間違えたわ」




 郷志が大和とバカ話をしている間にも商船団の者たちは精力的に動き回り、到着して1時間もする頃には、簡易とはいえ小さな町かと見紛うようなキャンプ地が姿をあらわしていた。


 そして作業が一段落したのか喧騒が収まると、それを睥睨するかのように仁王立ちしていたグラン・パクスとバーグブルクの前に、1騎のM.F.S.がやって来たのである。


 淡いブルーで染め上げられた、流麗な装甲に包まれたM.F.S.だ。


 荒れ地を俊敏に移動するための、ベルト式無限軌道アタッチメント――要するに動力付きグラススキーのようなもの――を脚部に取り付けたその騎体は、グラン・パクスの前まで来ると静かに停止して胸部のハッチを開き、搭乗している奏者の姿をあらわにした。




「改めて挨拶に上がらせてもらったよ。さっきも言ったけれど探索交易商船団「瑠璃の疾風アズール・ラファール」代表のマリー・フランソワーズ・ヴィクトワール・ストローブだ。よろしく頼むよ」




 礼儀として挨拶に訪れたマリー・フランソワーズであったが、それに対する返事は期待していなかった。これまでにも幾度となく同様の事を行ってきたが、まともに返事を返してもらったことなどほぼ無かったからだ。


 今の世の中、軍人は気位が高く扱いづらい。変に気を使いすぎるとへそを曲げるし、相手しなきゃ相手しないですぐ拗ねる・・・。


 今回はなにやら感触が違う、ような気がしなくもないと思いつつも、いつものように挨拶だけしてさっさと戻るつもりであった――が。




「あ、どーもどーも。ご足労いただいて、恐縮です」


『マスター、あまり謙り過ぎるのもいかがなものかと思いますが?』


「わーかってるって。あ、すぐそっち・・・降りますんで」




 直立したM.F.A.の、胸部という高い位置にあるコクピットハッチが開いたかと思うと、そこから顔を出した男――郷志――は、あろうことかそのまま身を投げ出したのである。




「なっ!?」




 マリー・フランソワーズは慌ててM.F.S.を再起動させ落ちてくる男を受け止めようとして――


 難なく着地したその姿を見て、目を丸くしたのだった。




『マスター、いらん遊びを覚えたガキンチョですかあなたは』


「いーじゃん、これっくらい。高い位置のコクピットから飛び降りてきれいに着地、ってこれはもうロボアニメOPの締めのカットって感じでさ」


『はいはいわかりましたから。眼の前にいる方にも同じことを言ってみて許してもらえると思っているならどうぞ』




 大和にそう言われ、降り立った自分の姿を見て呆然としているであろう商船団代表に恐る恐る視線を向け、てへっと苦笑いする郷志なのであった。


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