第30話 『未確認が進行形』
郷志が周辺警戒を大和AIに任せて暇を持て余していると、突然耳障りなアラーム音が響き渡った。
「何だ!?」
『マスター、バスターロックです』
「なあにコッチにだってあるさ……じゃなくてマジで!?」
『嘘です、航空船舶と見られる識別不明機が低高度で接近中。2時方向から1、10時方向から2。彼我距離はそれぞれおよそ20km、25km、24kmほど。速度がこのままの場合、概算では15分少々で順次接触します』
「やけに近くね?」
『新生したばかりの坩堝付近では、時空震の影響下にあるため電波障害や魔力阻害も発生しますので探知に遅れが生じるのは仕方ありません』
「さよけ」
眼の前に展開された映像には、3つの矢印型の光点が示され、各々の速度が表示されていた。本来であれば郷志の搭乗する騎体であるグランパクスの探知能力は遥かに遠く小さな物体すら発見しうるのだが、今回は状況が悪い。
「三隻か。対地高度100m未満!? えっらい低いな、エアランダー小型飛行揚陸艇じゃ、ない? じゃあこれもしかして低高度侵入か? ……の割に速度はえらく遅いな。なんだこれ。まあとりあえず、山陰正五位に連絡。あとこっちの後続の部隊はどうなってる?」
『僚機へは通達済みです。支援部隊の到達予定時間まであと2時間ほどですね』
「独自で対処しなきゃ、か。こういう場合のマニュアルとか欲しいトコだけど」
『わからないなら聞けばいいじゃないですか。現状、時空震の影響でまともな長距離通信ができませんから必然的に聞く相手は限られてきますけれど』
「まあそうなるわな」
となると、尋ねる相手は僚機であるバーグブルグの山陰正五位となるわけだが。
自慢ではないが、ろくに顔も合わせていない人物と気軽にやり取りできるほどのコミュ能力は郷志にはない。
「しゃあねえ、ここは一つ気合を入れて……相手は仕事相手、相手は仕事相手……よっし、覚悟完了! 当方に迎撃の用意有り! 大和、バーグブルグの山陰正五位に繋いでくれ」
『迎撃相手が違うと思いますが了解しました――どうぞ』
そう大和が告げた後、ピッという電子音と共に開いた通話窓に、バーグブルグに搭乗している山陰フランソワーズ正五位の姿が映し出された。
ヘルメットのバイザーこそ上げていたが、それ以外は搭乗用のスーツ姿のママ、大口を開けて寝コケている、そのだらしない姿を大写しにして。
『うーん、もうたべられませ……あ……まってそれは別腹なの……』
合一を解き、準待機状態にした騎体の中で休息を取っているその姿は、とても一端の軍人とは思えない、ただの若い娘さんの怠惰な姿にしか見えなかった。
「……もしかしてわざとなの? 起きてるんじゃないの? アレ」
『流石に通話先の人物の脳波は感知できませんが、映像から眼球運動を測定したところレム睡眠と思われる動きは確認できました』
「ということは?」
『バッチリ寝てますね、彼女』
「それでどうやって通信に応えたんだ……」
『おそらくは習慣というか、起きないまま目覚まし時計を止めるようなものではないかと』
「あーうん、わかった。とりあえず起こしてあげて」
『了解です――』
そう言うが早いか――
『きゃん!? ハヒ、すいません寝てました……ってアレ?』
画面の向こう側では、なにやらビクリと震えて飛び起き、現状の把握が出来ていない様子の山陰の姿が。
自分も似たようなことをされたことを思い出す郷志である。
『覚醒しました』
「なにした」
『彼女の上司の声色を合成して呼びかけを行ってみました。効果てきめんです』
「……ああ、そりゃまあそうだろうな」
彼女の上司とやらがどんな人物かは知らないが、仮眠中に上役から話しかけられたら俺でも飛び起きるなと、郷志はウンウンとうなずいた。しかもヘルメットに内蔵されているスピーカーから立体音響で再現されるのだから堪らないだろう。
ともあれなんとか夢の世界から現実世界に復帰した山陰正五位は、視界の隅に浮かび上がっているであろう郷志の姿に気がつくと、即座に居住まいを正して返答を行った。
『失礼いたしました、鴫野従四位――所属不明の航空船舶が接近中なのですね』
キリリとした表情は、その金髪碧眼の風貌と相まって先程の寝こけていた姿はなんだったのか、というレベルでの豹変っぷりである。もしかしたらあちらが地なのかもしれないが。
それはさておき大和が送ったのだろうデータを読み取った彼女は、冷静に状況を把握していた。
「ああ、それでどう対処したらいいのかってね。騎体操作はともかく、こういうのの対処に関しちゃ素人なもんで」
『そうですか……それでしたら、しばらく様子を見るのが良いかと』
「放置でってこと? それで大丈夫なの?」
『はい、推測ですが彼らは坩堝の奪取などを行うために現れたのではありません。もしそういった類の戦闘行動であれば、激しいジャミングがかけられるのが常ですが、その兆候もありません。それに――おそらくは、航空船舶ですらないかもしれません』
推測では敵じゃない、おまけに航空船舶ですらないかも、と言われて普通安心出来るものではないが、少なくとも素人な自分よりも実戦経験の豊富であろう人物がそう言っているのだからと、無理やり納得させた郷志である。
そして一応臨戦状態で待つこととなったが、もし敵対してきた場合の勝算はというと。
『初撃で殲滅は可能ですがどうします?』
「やめてあげて。もし山陰正五位が言うように、敵対してこない可能性の方が高いならその方が助かる。というかこっちに被害が出てもいないのに戦闘で殺傷とか勘弁だ」
『了解しました。まあこういった場合初手は友好的に接するのが基本ですし』
「しっぺ返し戦略だっけか。なんかの小説で読んだな」
『「囚人のジレンマ」とも言いますが。それに防御を固めておけば当騎は攻撃を受けてもまず無傷ですし』
「グラン・パクスこっちはともかくバーグブルクあっちは直撃食らったら大変だろうからな。そのへん注意しとこう」
『ラジャ。――各未確認航空船舶ボギーから複数の騎体が発艦、反応的にM.F.S.と思われます』
「動いたか……って、M.F.S.? M.F.A.じゃなくて? M.F.L.ですらなく?」
『はい、それぞれ6以上の発艦が確認できました』
なんだそれと郷志が思ったところで、バーグブルクの山陰から通信が入った。
『鴫野従四位、山陰です。そちらでも確認できたかと思いますが、未確認航空船舶が搭載騎を放ちました。先程の私の推測どおりであれば、これは敵対行動ではありません』
「敵対行動じゃない?」
郷志的にはどう見ても戦闘行動の開始に見えるのだが、どう違うのだろうか。そう思って問いかけようとしたところで、今度は大和からの発言でそれは差し止められた。
『マスター、通信です』
「ん? いちいち聞くってことは山陰正五位じゃないってことだよな? 後続の部隊か?」
郷志は首を傾げながら大和の言葉に答えた。坩堝の新生が起きた直後は、その近辺では電波障害が発生して長距離通信が行えなくなるはずだからだ。
『いえ、未確認航空船舶からのレーザー通信です』
「……なんだそりゃ」
『電波状況が劣悪な際の通信方法です。わかりやすく言えば発光信号が超進化した感じです』
「そっちじゃない。いやまあいいや、オッケーわかった繋いでくれ」
レーザー通信が何かってのを聞いたわけじゃない、と心の中でツッコミを入れながら、郷志は通信を開かせた。すると――
『おっ、悶着もなく回線をつないでくれるたぁ珍しいこともあるもんだ。あー、こちらは|探索交易商船団「瑠璃の疾風アズール・ラファール」、私は代表のマリー・フランソワーズ・ヴィクトワール・ストローブ。よろしく頼むよ』
画面に現れたのは、豪奢な金髪をざっくりと後ろに流したワイルドな女性であった。陽に焼けた肌は赤銅色に輝き、引き締まった身体はしかしある特定部位では衣服による拘束を不満に思うかのように張り詰めていた。
「あー、こちらは大日本皇国近衛軍所属の鴫野郷志従四位、だ。そちらが接近中なのは探知していたが、その意図は?」
郷志の取ってつけたような問いかけに、画面の向こうのマリー・フランソワーズは相好を崩して答えた。
『やだねえ、ウチラみたいなハ・ウ・ン・ド・がやることと言ったら決まってるじゃないのさ』
「やること?」
ドンパチでも始めるのか? と物騒な未来を予見した郷志であったが、それはすぐに間違いだと訂正された。
『ああそうさ! 坩堝に潜って金目の物を拾い集めるのさ、こんな龍脈から離れた、それもどこの国の領土でもない場所に生まれた坩堝なんてのは滅多にないからね! 残念ながら一番乗りってわけにはいかなかったけどさ。それでも真っ先に店ぇ開くメリットなんてのは計り知れないからね!』
そう言って画面の向こうでただでさえ張っている胸を張る。
面と向かってならば目のやり場に困るところだが、幸い画面越しのため郷志は安心して相手に視線を送り続けることができた。眼福眼福と心の中で思いながら。
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