第29話『新たな坩堝』
「こりゃまたでかい……ていうか、やけに高くね?」
『外部からの観測と実際の内部の空間形状が比例しているわけではありませんけれど、やけに極端な形状ではあります』
「だよね」
皇国軍幹部候補生学校での実機訓練当日、観測された『坩堝の新生』。
稼働状態にあった郷志の駆るグラン・パクスは、即座にその現場へと向かうことを指示されたのである。
眼の前に広がる大草原だった・・・場所。そこには、空間を歪ませて現れた坩堝が、禍々しい色の渦巻く雲のような姿で屹立していた。
坩堝とは、世界各地に現れる時空間の穴であり、異世界との接合地点である。その大きさは、外観では測れない。
その発生の法則も、世界各地の「地脈」「龍脈」と呼ばれる魔術的地理・地質学によりある程度発生場所を推測することは可能だが、それも完全ではない。
大都市等は魔術的・霊的防御によりその発生を抑止することが可能となっているが、それには大規模な魔術回路の形成が必要なため、かかるコストが問題となっている。
先の演習地で発生したモノは比較的小規模であり、発生の前段階で封殺されたために被害はごく少なく済んでいた。
すなわち『坩堝の新生』それ自体は予測は可能だが、ソレはあくまで予測であり可能性でしか無いのである。そのために、今回のような全く予期せぬ新生も起こりうるのだ。
そして郷志は、その新たに生まれた坩堝の調査のために現地へと赴いていた。
「周りに何もないところでよかったと言うべきか?」
『何もないおかげで、一番近い位置にある学園から即動ける私達が出る羽目になったわけですがソレは』
「それはまあしゃーない。給料の内だと思おう」
『坩堝の新生』は、この時代の者達にとっては悪夢の代名詞である。直撃した場合は間違いなくその地域は崩壊し、生命体の生存はほぼ絶望的だ。
だがしかし、そうでない場合は。
「ともあれ、真っ先に現地に飛べたのは僥倖だったってんだろ? 何しろ早いもの勝ちだからな、権利」
『ですね、公海上に生まれた新島と扱いが近いようです』
この様に、各国が確保に走る事となるのだ。
とはいえ領土・領海内に発生した場合は、当然その国に権利・責任が有るわけだが。
「他の国の話っていうか、世界情勢なんてアニメ本編に出てこなかったし、気にもとめた事なかったからなぁ」
『でしょうね。眼の前のことだけで処理がいっぱいいっぱいなのですよね、我が主人ながら低スペックな』
「相変わらず酷いなお前」
そう、この世界は元の世界とはすっかり様変わりしている。
日本は大日本皇国と名を変えているし、その地形も大きく変動していた。
九州と本州、九州と四国が陸続きになってしまっていて、瀬戸内海への出入りが紀伊水道のみになっていたり、伊豆半島が島になっていたりするのだ。
世界の大陸も大きく様変わりしている。アラスカとシベリアが地続きになり、南米と北米をつなぐ中央アメリカなどは、ちょうどユカタン半島の辺りが陥没して南北アメリカ大陸は切り離されてしまっていた。
ユーラシア大陸は特に顕著で、樺太の北部付近から始まり、バイカル湖=カスピ海=地中海という長大な、大陸を真っ二つにするような大規模な亀裂が生まれていた。
他にもアフリカ大陸は地中海から紅海、それからいわゆる大地溝帯へと亀裂が走り、完全に独立した大陸となったし、南極大陸なんて何がどうなったのか全域が数十メートルから数百メートル隆起し、当時は上陸するのも一苦労の状態だったそうだ。
今では外縁部に氷山を利用した基地が設けられ苦にならないらしいが、それ以前は近寄る意味も余力もなかったらしい。今では定点観測で坩堝が生まれるのを共同で見張っているそうだ。そしてオーストラリアは北方にあるアラフラ海が隆起してニューギニア島と陸続きになってしまっている。
「地形だけじゃなくて、米中露どころかG20クラスの国の大半が衰退してるだなんて思ってもいなかったし」
『栄枯盛衰、盛者必衰は世の習いですしおすし。まあどこも大地殻変動をもろに食らった形ですね。日本はまだまし、というかかなり安牌だったようです』
「『無慈悲な交雑コンフュージョン』からの世界中を襲った霊的・物理的な影響の一環、か。昔ながらの霊的防御がほんとに有効だったとか、日本すげえ」
『別に日本に限ったことじゃありませんけれど。国家宗教がある国なんかも有りましたし』
語弊があるかもしれないが、この霊的防御というのは小難しい話ではない。要するに『お守り』に実効があったのである。
宗教的な物から民間伝承と言われるような物まで、そういった「そうあれかし」と望まれていた効力を発揮したのだ。国中のあちこちにそういった霊験あらたかな建造物が建ち、道端には道祖神や祠、それどころか個人宅にも神を祀る神棚が有り、建物を立てる際にはお清めを行うなどということが繰り返されてきた日本は、かなり被害が抑えられたのだ。
他国でも同様に、宗教施設やそれに関連したアイテム――十字架やイコン――などが魔を払う効果を発揮したという。
『ただ、宗教を否定している国なども有りましたから、そういったところだとその効力が……』
「それは運がなかった、と言って良いんだろうか」
このあたりはゲームにもアニメにも設定されていなかった部分だった。ゲームでは基本的に『坩堝』の内側にしか縁がなかったし、アニメにしてもその舞台は殆どが候補生学校と『坩堝』での戦闘だ。
郷志に欠片も知識がないのは致し方無いと言える。
『鴫野従四位殿、こちらバーグブルグの山陰です。応答願います』
『マスター、通信です』
「聞こえてるよ、繋いでくれ」
『わかりました』
新たに生まれた坩堝を見上げて大和ととりとめのない事を語らっていた郷志の元に、ハスキーな女性の声で通信が入った。その相手というのは――。
「はいはい、こちら鴫野。何か有りましたか? 山陰正五位」
『はっ、坩堝外縁部の確認及びマーカーの設置、完了いたしました。これでこの坩堝の管理権限は我が大日本皇国に有りと認められることでしょう』
通信に応答して視界の脇に浮かび上がったモニターに映し出されたのは、候補生学校での郷志のデモンストレーションの後、訓練の指導の為に起動した、バーグブルク級M.F.A.の奏者である山陰フランソワーズ正五位であった。
「了解です、お疲れ様でした。後続の部隊が到着するまで、こちらで周辺警戒を行っておきますので休息を取っておいてください」
『了解しました。山陰正五位、休息に入ります。お心遣い感謝します』
折り目正しく、きっちりとした軍人らしい軍人といえば良いのだろうか。あまり軍人らしくない女性と関わる事の続いた郷志にとって、ある意味安心できる人物であった。
「――ってことで、とりあえず任務は滞りなく済んだか」
『そうですね、横槍が入る可能性も無きにしもあらずですが』
「言ったとおり、周辺警戒は任せる。やっぱ来るんだろうなぁ」
『来るでしょうね。通常でしたらこんなにも早く辿り着ける場所では有りませから、躍起になって集まってくると考えた方が現実的です』
「まあそうか。荒廃した大陸の内陸部、国家の空白地帯に生まれた坩堝だからなぁ。
山陰との通信を即切り上げた郷志は、周辺警戒を密にしておくように大和に指示を出す。
何しろ下手なスクランブルよりも圧倒的に早い出撃だったのである。そのため、他国の部隊が遅れて――いや通常であれば十分に早い段階だろうが――やってくる可能性が高いと考えられるのだ。
そして、時にはその部隊同士が権利の主張をしあって戦闘に発展することもママあるという。
「面倒は出来れば避けたいんだけどなぁ」
『この世界で初の飛行形態使用でノリノリだったくせに?』
「それはそれ! これはこれ!」
『坩堝の新生』に対して即応できる状態であった郷志は、後の面倒を一切考慮せずに、飛行形態での超高速移動を楽しんでここまでやってきたのである。同様に起動していた山陰正五位のバーグブルグと共に。
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