第28話『イベントはフラグ』 

「教官とか何だのと言ったって、オツムの出来はアチラさん達の方がよっぽど上なんだよなぁ」


『そうですね、少なくともマスターが元の世界で防大に合格できるかと問われれば、否と答えるしかありません。偏差値的に考えて』


「いやまあ確かにそうだけど」




 暗闇の中、大和AIの入ったタブレットの灯りだけが辺りを照らす状態で、郷志は一人呟いたのだが、それに対して即座に合いの手の如く言葉を返したのは、傍らに置かれたその光を発していたタブレットそのものであった。




『なおマスターが実力でこの幹部候補生学校に入れる可能性は』


「うるさい黙れ」


『意外や八割を越えてます』


「マジで!?」




 頭脳のみならず、魔力という生まれ持った能力が必要なこの幹部候補生学校である。


 郷志の学力では本来入学の試験を受けることでさえ中々に難しく、自身もソレくらいは承知していた。


 であるが。




『魔力保有総量が人並み外れておりますので、それだけで合格出来るレベルです』


「マジかー、俺この世界で生まれてればエリート様じゃん」


『はい、ですがソレだと今のような状況にはなりませんが。おそらくよくてモブです』


「だまらっしゃい」




 魔力量だけならば、という限定された言わば一芸合格なら可能であるという。


 そんな無駄話をしていた郷志と大和であったが、ピピッと言う電子音が彼らの会話を止めた。


 その音と共に彼の目の前に浮かび上がった空中投影モニターには、とある女性の姿があった。


 そしてその女性から発せられた言葉によって、本来のお勤めを行うべく動き始めたのである。




『鴫野従四位、訓練前のデモンストレーション。用意、よろしい?』


「はいはい、いつでもどうぞ」




 宙に浮かんだ投影モニターには、ここ幹部候補生学校の職員でも何でもない、郷志のお付きという立場であるはずの高倉紀都正六位が何故か顔を出していた。




『では当初の予定通り、定刻ヒトサンサンマルより開始します』


「はいよ了解、っと。大和、グラン・パクス起動開始」


『了解Roger、起動開始します。『魔導核マジス・コア』接続準備完了。マスター、どうぞ』


「マジスコアエンゲージ! さあ、やろうか大和」




 魔力残滓の煌めきが騎体の各所から溢れ出し、グラン・パクスの起動が完了する。


 今日はここ、幹部候補生学校において、M.F.A.の実機を用いた訓練が行われるのである。


 普段はシミュレーター三昧の候補生たちだが、M.F.A.の実機に触れる機会はこの訓練時以外は任官するまでほぼ無いと言えるため、軒並みテンションが上っている。


 彼ら学生が常時搭乗するには、M.F.A.という騎体の運用にかかる費用は高額すぎるのだ。


 今回行われる訓練は、実戦に投入されている機体を用いた運用訓練である。


 いつもであれば、軍から出向してきた騎体とその奏者が、教科書通りに模範的な操作を見せてから候補生たちに交代して訓練を行うのだが。


 現在の候補生学校には常ならば存在しないM.F.A.が、三騎も存在しているため一味違った趣向を織り交ぜる事になったのである。


 その三騎は言わずと知れた郷志のグラン・パクスと、櫻子と文子が持ち込んだ騎体の計三騎だ。


 だが郷志が好き勝手にいじり回しているグラン・パクスとは違い、櫻子と文子の騎体はエアランダーに格納されたままとなっている。


 彼女らのエアランダーに搭載されているのは、軍の制式騎であるロンゲスト・ゲートやランド・バックではない。


 流石に軍の騎体を、個人で持ち出せるわけもないのである。


 郷志も先に彼女らのエアランダーを見た際には同様の疑問を感じたのであるが、その際に尋ねた疑問は、「内緒だ!」と豊満な胸を張って言い切る櫻子によって解決せぬまま放置された。


 なお、大和によれば。




「エアランダーの稼働時における挙動から推測される積載質量によると、内部にはM.F.A.相当の重量物が搭載されているのは間違いないと思われます」




 という答えが出ているので、それなりのものが格納されているの確かであろう。


 それはともかく。


 自由に動かせる騎体が有るのであればと、軍側の責任者と候補生学校側の者とが色々と話し合った結果、何らかのデモンストレーションを候補生らに見せてはもらえないかという形になったのだ。


 なお、候補生学校に訓練用として常備されている騎体は、通称M.F.S.と呼ばれる小型騎と、同じくM.F.L.と呼ばれる中型騎しかない。


 M.F.S.に関してはそれなりの数が揃えられているが、M.F.A.と比べれば懐具合に優しいM.F.L.であっても候補生全員分の騎体数を揃えるのは予算的に厳しいためそうはいかない。


 その全てが旧式の払い下げ品で、オマケに班ごとに一騎が割り当てられた上で、搭乗出来るのはクラス毎の時間割に沿ってという形となっている。


 そんな潤沢とは言い難い予算環境の中でやり繰りされている幹部候補生学校であるが、出来る限りの経験を積ませる為に、今回のようなM.F.A.の実機を用いた訓練も行われている。


 機会があれば実弾での射撃実習も行っているのだが。




「まあ、その滅多にない実機での実弾演習オジャンにしたのは俺だしなぁ」


『本当に間の悪い方ですね、マスターは』


「うるせえよ」




 だだっ広い候補生学校の敷地は、主にM.F.L.の実機運用のために用いられる。


 その為、広範囲に渡って地面が舗装されている、と思われがちだが実は完全に未舗装で放置状態である。


 雨の日であろうと風の日であろうと機導魔装兵達が走り回ってぐちゃぐちゃになった状態の地面は、常にそのまま放置されている。


 実戦の場である坩堝内で、綺麗に整地されている地面など何処にもないからである。




「まあ、高度ゼロで浮かんでりゃ良いんだけどね」


『それを行うのは普通無理があります。坩堝内部でならまだしも通常空間では魔力的にも操作技能的にも消費が激しいですし』


「そんなもんかね? 慣れりゃ何てこたないんだが。ま、ぶっ叩いたり大火力の砲撃したりする時は、地に足つけてたほうが姿勢制御楽だけどな。さて、用意は良いか?」


『こちらはいつでも。騎体各部パラメータオールグリーン』


「よし、やるか。グラン・パクス、発進!」




 その郷志の言葉と共に、ギュイン! とグラン・パクスの双眸に光が灯る。


 別にこれと言った効果はないのだが、ゲーム時代にはほぼすべての騎体が同様の仕様を備えていた。


 郷志のグラン・パクスはソレだけでなく、騎体各部、装甲自体も薄く輝き、その隙間からは更に強い輝きが一瞬垣間見えるようにも出来る。


 起動の仕方によって変えられるのだ。


 機体の性能には何も寄与しない機能だが、ロマンだから仕方ないのである。




「さて、デモンストレーションって何したら良いんだろうなぁ」


『……何も考えてらっしゃらなかったので?』


「近衛さんとかに「お手本見せてやってくれ」と言われただけでなぁ……」




 言いながらも騎体を操作し、郷志は開放されていたエアランダーの格納空間からグラン・パクスをゆっくりと移動させた。


 指定された地点まで移動させると、騎体の動きを確認し始める。


 その動きはアレである。準備体操といえばこれ、という代名詞とも言えるラジオ体操第一であった。




『……そのわりには普通に動かしていますね』


「ああ、なんとなく身体動かす前って言ったらこれだろ? みたいな感じで」




 何の気なしに言う郷志であるが、外から見ている者にとっては顎が外れそうなレベルの動きであった。




「え、あれがM.F.A.の動き? え、あんな動きさせて装甲干渉しないとか」


「人の動きを再現、ってのが人型兵器の基本だったけど、ええぇぇえ……」




 この後に行われる、M.F.A.の実機による訓練のために遠巻きに待機していた候補生や、その他の関係諸氏も、常識の範疇から逸脱している郷志のグラン・パクスを、呆れを通り越してどう反応してよいやらという顔つきで見つめていた。




『し、鴫野従四位。デモンストレーションはそのあたりで……』


「ん? そ、そう? 特に何したって思わないんだけど……」




ラジオ体操を終えた後は、冗談で放り込んでいた各種拳法の套路を一通り再現したモーションデータをそのまま自騎に反映させた物を走らせていたのだが、八極拳の少八極を終えて大八極に移行し、六大開拳及び八大招式を終えた後、次は通背拳にしようか八卦掌にしようか太極拳にしようかと考えていたところで、高倉正六位に止められたのである。




『そ、それでは訓練を開始します。まず、正規奏者の山陰やまかげ正五位による――』




 若干戸惑い混じりの高倉正六位の言葉を受け、郷志は騎体を停止させるべく待機場所へと移動させた。


 それと入れ替わりに進み出てきたのは、見覚えのあるM.F.A.騎体――ロンゲスト・ゲート級――ではなく、若干細身ではあるが些か無骨なシロモノであった。




「お、あれが現行主力騎のバーグブルクかぁ。そういや、ちゃんとした軍人さんの操作見るの初めてだなぁ」


『近衛従三位と竹内正四位がちゃんとしてないという意味にもとれますが』


「いやいやそれは言葉の綾と言うやつだよ大和くん」




 目の前を行き過ぎる騎体の動きを目で追いつつ、郷志は騎体の再チェックを行っていた。


 特に何ということはないのだが、ちょっとでも消耗すると満タンにしたい、しておきたいという気持ちからである。




『マスター、携帯電話時代も電池残量表示が一つ減ったら充電器に刺すタイプだったでしょう』


「ん? うーん、それはあるかなーっと」


『自宅では常に電源コードにつながってましたっものね、タブレット私』


「まあな。だってお前結構消費激しいし」


『仕方ありません。思考するには電力が必要ですので。人間が糖分を必要とするのと同じです――アラート。マスター? 時空震警報です』


「なにそれ」


『北北西、十時の方向、距離にしておよそ三百km。坩堝の新生と思われる時空震です、マスター』


「マジかよ……」

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