第13話独立

 あれから二十年の月日が通り過ぎた。僕はひたすら歩き、泳ぎ、世界の誰もまだ見つけていないだろう端っこに、小さな家を作り、そこで暮らしていた。

 母さんに教えられた家事と、そこで開花した僕の才能は、一人で生きていくには十分すぎる代物だ。洗濯をし、狩りをする。たまには昼寝をした後に、自作の小説を読みふけったりもした。退屈はあったが、代わりに温もりがあった。自然の暖かさ、それは時々人間のように僕を裏切ったりもするけど、その後に見せる美しさは全てを凌駕していて、まるで僕に許しをこいている気がした。

 ある日、人間の死体が流れ着いたことがあった。それは一つではなく、複数。僕はそれを見たときに、戦争が起こったことを察した。両国が遠慮無しに進軍する戦争。言葉だけでも恐ろしいが、僕の元にまでたどり着いたこの死体達の装備が、両国の装備と綺麗に数が合ってしまった時は、その無意味さに涙すら落とした。

 そう、僕は彼女と別れて自然と時を共にしてから、慈しむ心を知ったのだ。誰かの為に涙をするのは、決して悪い気はしなかった。そこには空っぽは存在しないのだ。ちゃんと、悲しみ、が存在している。

 僕の国の兵隊だろう人の武器は、僕の家の真ん前に側にある湖に放り込んだ。彼らが使っていた武器は、紛れもなく人魚の鱗で出来たものだったからだ。

 この湖は、全てが神秘で出来ている。僕が彼女に差し出した小瓶の中身、それが二十年の時を重ねた結果、どんな入れ物にも収まらない量にまで増えてしまった。だから、僕は日照りによって枯れかけていたこの湖に流すことにしたのだ。そしたら今度は、それでも増え続けるもんだから、そろそろこの家ともおさらばしなければいけなくなるところまで来てしまった。

 全く、人が人知を越えたものに手を出すことの哀れさを、身を持って味わった気分だ。

 生活には満足している。だけど、時々不安で胸がいっぱいになることがある。空っぽよりかはかなりマシなんだけど、これはこれで結構キツい。

 僕は今でもこうして物語を書いていると、思い出したりする。まだ名前も聞いてない、彼女のことを。彼女が脳裏に浮かぶと、決まって僕は頭を何度も横に振って、その日は早く寝てしまう。これはここに来て初日で、彼女のことを思い出すとろくな事がないってのを知っているから、そうしているんだ。

 涙で終える一日なんて嫌だろう?少なくとも僕はごめんだ。もう一生分は泣いただろうから、泣き疲れてしまった。

 だけど、それでも会いたいって思うのは我が儘なことだろうか。僕は一人になって、少々人間らしくなったようだ。

 悲しみを知ったし、君に対する、愛しさ、も知った。

 そう想いながらも、今日も丁寧とは言い難い作りになってしまった本を閉じて、眠りにつく。君と夢でもいいから会えないかな、なんて想いながら。



 ――僕を目覚めさせたのは、継続的な水の音だった。何かが水の上で滑っているかのような音を傍らに、大きなあくびをして、僕はカーテンを開ける。

 木漏れ日と共に現れた音の正体に、僕は目を見開いた。寝間着姿のまま玄関のドアを乱暴に開けて、湖へと駆けていく。ここまで早く足が動いたのはいつ以来だろうか、と思うのも束の間、僕の視界はかすんでしまった。それに気付いたのか、彼女は湖の水を乱暴にあてがう。それが僕の顔面に直撃して、顔面は涙なのか付着した水なのか、よく分からないぐらい濡れてしまった。

 彼女はいう。

 「これからどうするつもり?」

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deep sea mermaid 碧木 愁 @aoki_39

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