三話・後 早熟

 長い間、ひたすら鍛錬をした。

 アーサーによれば、俺たちが出会ったあの日からもう三ヶ月も経っている……らしい。

俺は途中から、日付を数えるのをやめた。なんだか、未来が果てしなく遠く感じて、心が折れそうだったからだ。もともと我慢強いタイプでもない俺は、ポジティブシンキングで乗り切る他ない。


「零。たった三ヶ月余りでかなりの基礎筋力、体力がつきましたね。正直、この速さには驚くばかりです」

「そうか?でも確かに、はじめの頃やっていたメニューなんかじゃ、いくらやっても物足りないしな。これもアーサーのおかげだよ」


 この三ヶ月、一度たりとも(鍛錬において)俺のことを褒めなかったアーサーが、珍しくこんなことを口走るなんて。さては、今までやっていたのはまだ序の口で、これからまた増えるのでは無かろうか……

 などと考えている内に、アーサーが口を開いた。


「これはもしや、“同調”の……?」

「?どうしたアーサー」

「いえ、なんでもありません。それはさておき、此れより貴方に、私の剣技を伝えます。長らく準備していたものが、ようやく出来ましたから」


 ……ついに剣を教えてもらえるのか!。

 やっとここまで、という達成感と、剣技というワードへの胸の高鳴りが募っていく。

 だが、準備していたものとはなんだろう。確かに、俺が鍛錬している間、アーサーがときどき作業をしていることがあったが…。


「あなたのA.E.能力強化装置と、そこの白亜の剣を同期リンクして、新機能を追加しました。限定的ではありますが」

「新機能!?A.E.こいつにそんなことができるのか」

「毎日少しずつ、私の意思を注ぐことで、概念から事実へと変換したまでです」


 うーん、すごく難しい話をしているのはわかった。とにかく、アーサーのおかげでこいつに何か新機能が追加されたということだ。一体どんな機能が……?

 俺は、同期されているという白亜の剣の柄を掴み、A.E.を起動する。すると、剣は楽々持ち上がった。

 長い間、俺がしていたのは単なるトレーニングではない。A.E.を起動しっぱなしで作業を行い、精神力を高める訓練もしていた。そのおかげで、今では連続で1時間ほどなら使用できるようになった。それでも、アーサーには及ばないのだが。


「今回私が付与した機能は、仮処置に過ぎません。しかし、十分に零の助けとなるでしょう」

「それはありがたい。それで、こいつはどうすればいいんだ?」


 アーサーは腰に差した漆黒の剣エクスカリバーを抜いた。少し腰を落とした前傾姿勢。剣を後方に構えて、足を少し開く。


「この構えです。これはA.E.を用いた剣技を使う際の、基本姿勢。いわば準備段階です」


 俺も真似をしてみる。俺は左利きだから、アーサーを鏡だと思って真似ればいいので少し楽だ。かといって、気を抜くと喝を入れられそうなので、しっかりと重心を置き、構える。


「こうか?」

「よいでしょう。それから、いつもと同じように起動コードを唱えます。今回は私が特別に名付けたので、それを唱えてください。『限定解除リミテッドリリース/片手直剣』」


 うわ、なにそれかっこいい。という邪念は一先ず棚に上げて、集中する。基本的にA.E.を使うときには精神状態が安定している必要がある、と訓練の中で感じた。俺は、小さすぎず、かといって張り切りすぎないように気をつけて、呟く。


「……『限定解除リミテッドリリース/片手直剣』」


 途端、俺の足元に何やら輝くものが現れた。紋章か?紫電が如く光るそれは、不思議と安定感をもたらす。少し驚きこそしたものの、これといった興奮はしていない。心は間違いなく、ベストコンディションだ。それで、これからどうすれば──


「初めてにしては良い構えですね。心も澄まされている」

「どうも。それで、ここからは何を?」

「ここからは、『コード/片手直剣』の剣技を伝授します。心して聞き、励むように」


コード。剣の型のようなものだろうか。

一度深く深呼吸をして、俺は頷いた。


「技を全部で13。その他、コード外の基本技術も教えねばなりません。──いきます、よいですね!」

「はい!」



 それからしばらくの間は、ひたすらに剣の練習をした。アーサーはなぜか左手で剣が振るえる(いつもは右利きなはずだが……)ので、一層やりやすかった。

 それから、A.E.のシステムについても、自分なりに考察をしてみた。『限定解除/片手直剣』についてだ。

 アーサーによると、もとは研究チーム円卓キャメロットが戦闘用に開発しただけあり、戦闘用のコードというものがいくつか存在するらしい。

 その中でも俺の武器に適しているのが、『コード/片手直剣』だという話だ。

コードとは何か。これは使っているうちに分かったことだが、片手直剣コードには決まった型の技がいくつかある。そしてなんと素晴らしいことに、コードを唱えることで技の発動をアシストしてくれるのだ。つまりは、A.E.によってある程度体が勝手に動く。もちろん俺が何もしなければしっかりとした動きはしないが、少し動かそうとすれば決まった型で動いてくれるのはありがたい。13ある剣技の他に、受け身や立ち回り、基本的な攻撃や防御の方法について、アーサーから教わったというわけだ。


「──驚きました。たったひと月で、よもやこれほどの動きとは。やはり、間違いなくあなたは…」


 とアーサーに言わしめるくらいには、早く扱えるようになった。俺の成長を見るたび、アーサーが何やら考えてこむのが少し気になるが、うならせるほどの成長ということなのだろうか。

 しかし、剣を教わったのはいいものの、この四ヶ月近く、これといった危険は無かった。周囲に以前遭遇した『天使』らしきものが蔓延っているわけでもなく、災害の原因であるという“新たなる神”に関しても音沙汰ない。これは、一体どういうことなのだろうか。


「なあ、アーサー。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「なんでしょうか。また以前のように、A.E.に関することを?」

「いや、そうじゃないんだ。ちょっと今の、の状況について聞きたくって」


 とは当然、災害と化した街並み、東京だ。風景は以前から全く変わらない。紅い空、倒壊したビルの数々…。人の気配は全くない。生存者はどこかにいるのだろうか。


「そうですね……私も調査は続けていますが、生存者は確認していません。あとは、この辺りは安全、ということくらいでしょうか。少し離れると、『天使』たちがうろついていますが」

「……!やっぱり敵は街にもいるんだな!」


 このあたりが特別安全というだけで、どうやら他はそうでないらしい。だが、天使たちがいるということは、前に出会った黒ローブの天使も、きっとどこかにいるはずではないか。


「天使たちや“新たなる神”について、わかっていることがあれば教えてくれないか」


 アーサーは考えこむような仕草で、静かに唸った。その後、はい、と短く返事をして、話し始めた。


「私にも詳細はわかりません。が、東京の中央部に、なにやら巨大な建造物がある。あれは、他の建物と比べかなり綺麗です。あの災害で傷ひとつ無いのは不自然。おそらく、天使たちの拠点でしょう」


 アーサーが空中に指を差す。その方向には、目視でもわかるくらいの巨大な建造物があった。なにやら塔のような形状で、とにかくデカい。とても日本とは思えないような異国感のある風貌で、違和感を覚える。


「あんなものは、俺の記憶が正しければ前の東京には無かったはずだ。でもあそこが敵の拠点だ、とは言えないよな」

「もう少し近づかなければなんとも言えませんね。そのためにも、あなたに動けるようになってもらいましたから」

「ああ。俺も覚悟は決まってる。結果はやってみないとわからないけど、準備は万全だ!」

「ふふ、そうですね。本当に、肝の据わった人です」


 ……おお、久しぶりにアーサーが笑ったぞ。ただ、ちょっと言い回しが古臭いところに残念感が否めない。なんというかこう、見た目に反して堅すぎるっていうか。もうちょい、女の子らしくてもいいのになあ、とか思ってしまう。



 この変わり果てた街にも、少しばかり時間を感じさせるものは残っている。例えば、時計だ。

 俺たちが拠点にしているこの地下室は、時計が残されていた。なかなかにいい働きをしていて、こいつがなければ時間の感覚が狂っているところだ。

 でも、こいつも電池が切れたり、中の機械が狂ったりすれば終わりだろう。電波時計でなかったことが救いだ。ここは電波が通るはずもなく、俺のスマホを含め持っていたいろいろな機械がおじゃんになってしまった。


「もう夜か……」


 壁に掛けられた例の時計を眺め、呟く。すると俺の後ろから、女性っぽく、かつどこか幼い声が飛んできた。


「零、少し良いですか」

「ん、アーサー。どうかしたか?」


 素っ気なく返すように努めるが、実は「ん、」のあたりでちょっとかなり結構どきっとしている。ここにいるときのアーサーは、鎧は外し、可愛らしいワンピース姿。流石にどきどきしてしまうのは男なら仕方がないことだと思う。思いたい。──ピュアか!俺!


「明日からのことについて、です。……実は、そろそろ街の探索に出ようかと思うのですが」


 ハッと我に帰る。そうだ、そろそろ状況の把握に努めなければいけない。俺たちはずっとここで留まっている訳にはいかないのだ。


「ああ、そうか。俺は問題ないよ」

「では明日は、この地図のこの辺りから……」




 アーサーの説明がひとしきり終わった後、俺は寝床についた。──明日からいよいよ、本格的な戦いが始まる。アーサーと初めて出会ったときと違って、俺は無力じゃない。きっと、今なら易々と死ぬようなことはないはずだ。

 緊張と少しの興奮が入り混じって、心に少しずつ、一滴ずつ水が溜まっていくように、満たされていく。それがいっぱいになる頃には、もう眠りについていた。

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ソード・ディーヴァ 夜道 @kuro_melt

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