三話・前 鍛錬

「AI……!?お前は、アーサーは、AIなのか!?」


 にわかには信じがたい話である。目の前にいるのはどう見ても人間の少女で、AIと言われて想像するような機械的な部分は一切感じ取れない。その上、彼女は当たり前のように俺と話すし、(たぶん、)自分で考えて行動している。


「ええ、そうです。円卓キャメロットによって開発された人造のAI。……まあ、ボディや思考ブレインは人間でも見分けがつかない程のものですが」


 俺を見つめる目。柔らかそうな頬。呼吸による僅かな体の上下さえ、人間そのもの……しかも、控えめに言って可愛い。見た目で言うなら、俺よりも少し年下くらいだろうか。


「……それより、私は覚悟があるかと聞いているのです。ただの民間人を危険に晒すわけにはいかない」


 じろじろと見られて恥ずかしいのか、アーサーの視線が横に逸れる。


「覚悟か……。さっきも言ったけど、俺は死にたくない。こんな、よくわかんない“神”とやらに殺されるなんて御免だ。だから、俺もアーサーについて行きたい。……だめか?」


 アーサーはうつむいた。

 そして顔を上げると、俺の方をしっかりと見据えて、柔らかく微笑んだ。


「いえ。あなたにその気があるのなら、大歓迎です」


 ……それこそ、人間と見分けがつかない笑顔で。


 ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎


「はあ……はあ……。なあアーサー。そろそろ休まないか?」

「もう根をあげているのですか。あなたは剣を振ることすらままならない。鍛えなければ意味がないでしょう」

「いや、確かにそうだけど……。俺は逆に、これで死にそう」


 簡単に言えば、俺は今、鍛錬をしている。安全な所を見つけてすぐ、走り込みが始まり──10km走った後に、腕立て伏せを100回×2セット。スクワットも同じくだ。……いや、どこの脳筋だよ!!

 俺が覚悟を決めたからといえ、これはキツい、死にかけだ。

 そう、あれは、今から2時間ほど前…俺が覚悟を宣言した後のこと──


 ♢


『そうと決まれば、さっそくトレーニングです!安全な場所を探しましょう』

『お、俺にも剣を使えるようにしてくれる……っていう認識でいいんだよな?』

『もちろんです。ですが剣を教える以前に、基礎体力が無さすぎる。これでは話になりませんので、まずは基本的なトレーニングからです』


 所謂筋トレ、体力作りか……。俺だって中の上くらいの運動能力はあるはず。まあアーサーもAIとはいえ少女だ。そんなにキツいメニューでは……


『ではまず、10km走り込みです。そのあとは筋力作りのために腕立て伏せを200回ほど。スクワットも同じくです。それから──』

『ってうぉい、待て待て!何その鬼メニュー。いや、ギリできそうなのが怖いんだけどね!!』

『……?何を驚いているのですか。この程度は初歩の初歩でしょう。初日だから、軽めに済ませようと思ったのですが』


 ああ、これはダメだ。ダメなやつだ。どうなるんだ、俺の人生……。


 ♢


 と、いうことがあったせいでもうヘトヘトだ。ぶっ倒れたい。今すぐぶっ倒れたい。


「あと少しです、もう少し元気にやりなさい。さもなくば、あと100回追加しますよ」

「ハイッ!95!96!」


 鬼だ。この子、可愛い見た目して中身は鬼だ。


「……99!100!っはあ、終わった……」


 終わると同時に俺は地面に仰向けで倒れ込む。


「お疲れ様です」


 アーサーは、どこからタオル(と思われる布)を取り出し、俺に手渡した。


「やりすぎるのもよくないので、今日はこれで終わりです。いい寝ぐらを見つけておきました。よく休むように」

「は、はい」


 瓦礫の合間をくぐり抜けていくと、そこには地面に埋まった扉があった。幸い歪んだりはしておらず、開閉は可能なようだ。


「ここです」


 俺がおそるおそる扉を開けると、それなりに広い空間が広がっていた。身を隠しながら生活するには、十分な広さだ。設備があるわけではないが、これからいろいろ増やせばいいだろう。


「当分の間は、ここで寝泊りすることになります。せめて、何か敷いておきましょう」


 アーサーはそういうと、どこから持ってきたか分からない布を敷き始めた。俺が必死で鍛えている間に集めておいたのだろう。正直、硬い地面で寝ることも覚悟していたので、とてもありがたい話だ。


「ありがとう、アーサー。なんか、何から何までしてもらっちゃって」

「弟子にくたばられては困りますから。こんな状況ですが、健康が一番です」


 こういうところは、普通に人間っぽい女の子なんだよな。たまにAIだということを忘れそうになる。……っていかん。またアーサーのことをじろじろと見てしまった。


「なんですか、そんなに見られても困ります。…今日はもう早く休んでください。明日は朝から鍛錬ですよ」

「ひええ、こわ……、じゃなくて!……わかった。今日はもう寝るよ。おやすみ、アーサー」

「はい。おやすみなさい、零」


 アーサーが敷いてくれた布にごろんと転がる。流石に疲れが溜まっていたようで、まぶたは自然に閉じて、深く眠りに沈んでいった…。




「はあ……はあ……なんだアイツ…!」

『あれえ、まだ生きてたの?…死になよ、早く』


 俺に向かって鋭い氷の刃が飛んでくる。俺は必死で逃げ出すが、何故か速く走れない。進んでくれ、頼む、進んでくれ!


「嫌だ!死にたくない!助けてくれ!誰か!」


 俺の叫びは虚空に消え、氷の刃は無情に、そして冷酷に、俺の背に突き刺さった。



「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 目の前には、コンクリートの壁。下を見ると、申し訳程度に敷いてある布。ここは……そうだ、俺たちの寝ぐらだ。


「夢か……。はは、どんだけトラウマになってんだ、俺」


 思い出すだけでも背筋が凍る。俺はまだ息切れをしていて、一度深く深呼吸をしてみる。自分の手を見て、爪が真っ青になっていることに気づいた。


「どうしましたか、零!顔色が悪いようですが」


 ん……?これは誰だ?

 華やかなワンピースに、編み込まれ丁寧に纏められた銀髪。可愛らしい容姿で、まるでお嬢様のような……。

 ……………………もしかして、アーサーか!?


「零?体調が優れないのですか?零?」

「ああ、ごめん。ちょっと悪い夢を見ただけだ。体調が悪いわけじゃないから、大丈夫」


 これは……ちょっと予想外すぎるな。鎧を纏い、漆黒の剣を振るうあのAI少女が?オフだともはやただの可愛いお嬢様?

 ……アリだな。あのバカみたいなトレーニングの量を差し引けば、だが。


「身体に問題はないのですね、良かった。それでは、早急に支度をしてください」

「はい……」


 そういえば、今ここはどうなっているのだろう。水道は?……使えないよな。食べ物は……今はアーサーの持っている非常食があるが、なくなったらどうすればいい?俺の家はどうなったんだ?あの黒ローブの天使に吹き飛ばされたのか?

 ……だめだ。考えれば考えるほど嫌な思考が積もっていく。俺の悪い癖だ。今は、そう──とにかく鍛錬だ。昨日のトレーニングよりも過酷なものが待ち受けているに違いない。だけど、その間は嫌なことを忘れられるから、嫌いじゃない。

 俺は寝起きの体に鞭を入れて支度をし、外へと出た。空は昨日から変わらず紅く染まっていて、あれから何時間経ったのか、もう分からない。倒壊したビルの隙間から冷たくも温くもない風が吹き荒れている。

 本当に、時でも止まっているのなら……この災害を乗り越えた後は、元の日常に戻れるのだろうか。


 俺は、ただひたすらに進む他なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る