二話・後編 神域
空は未だ紅く佇んでいる。あの見慣れた太陽すら空にはなく、現在時刻もわからない。時間が分からないのでは、時間が止まってしまったようなものだ。実際、見える景色には今のところ全く変化はないのだから。
俺は歩きながら、アーサーへ質問を投げかける。
「さっき、『私の名を聞いて驚かなかったものはいない』とか言ってたけど、一体どういう事なんだ?」
「本当になにも知らないのですね、あなたは。ここは極東ですし、そういうこともあるかもしれませんが……」
「いや、アーサーの名に心当たりはあるよ。『アーサー王伝説』に出てくるアーサー王のことだよな。さっき言ってた、 “王の名を継ぐ” ってのも、これのことなんじゃないのか?」
「なるほど、かの伝説は知っていると。それでは、私が何者か──ということから、話すとします」
瓦礫の街をただ歩く。見慣れた街の風景はそこにはなく、倒壊したビル、崩れた歩道橋、ひび割れたコンクリートなどが延々と連なっている。しかしこれだけの災害が起きているというのに、やけに静かだ。なにやら不穏な空気が街全体を覆っているような気になる。
「先程、 “新たなる神” の話をしましたね。このような災害を引き起こしているのは、奴の仕業だと」
「その、 “新たなる神”っていうのは、どんな奴なんだ?もう大分現実離れしすぎて、理解が追いつかないよ」
馬鹿正直に質問をする。本当に、どういう状況で、彼女が何の話をしているのか1ミリも理解できない。
「あなたは『神話』というものを知っていますか。確かこの日本にも、『日本神話』が有りましたね」
「詳しくは知らないけど、神話ってのがあるのは分かるよ。確か他にも北欧神話とか…インドの方にもあるよな」
神話について研究したことは勿論、調べたことすら全くなく、ゲームで少し触れたことがある程度だ。しかし、その神話が一体どう関わっているというのだろうか。
「神話とは、かつて神々がいたとされていた時代のあらゆる神の行いを、人が紡ぎ、残したもの。つまりは、神の信仰の証と言えるものです」
「神話=信仰の証、ってことか?確かに、神がいたと信じられていなければ神話は成立しないもんな」
「その通りです。そして神は、信仰がなければ存在することは出来ない。例えば、現代に神が存在しない……いや、人間に干渉していないのは、信仰が薄れているから、と考えることもできます」
信仰がなければ存在できないということなら、神は信仰を集めようとするのだろうか。それとも、自ら人間から離れ、敢えて存在を薄めているのか。
「ではここで、 “新たなる神” の話に戻ります。前提として、奴は神です。そして事実を述べれば、奴は、人間に干渉しました」
「人間に干渉……?ってことは、今までの話だと、それだけの信仰を集めたってことになるよな。そんなことが可能なのか?」
「さっき言ったことを思い出して下さい。──『神話』です。奴はどうやったか、現代にも通用する強大な神話を構築しました」
「神話を構築……?神話は人の手で紡ぐものなんだろ。神が一方的にそんなことができるのか?」
「そこが鍵です。おそらくは、過去のどこか、ある歴史の<ターニングポイント>を利用して、歴史を改変した。もしかすると、それこそ神々がかつて存在していた神代から改変されている可能性もある。──全ては奴に、信仰が集まるように。神話というのは、それほどの力を持っているのです」
いや待て、情報量が多すぎる。
過去を改変?……ターニングポイントというのは、歴史の分岐点というやつだろう。
その分岐を利用して、 “神” が都合のいい、信仰の集まるようにしたってことか。
正直チートだな。そんなもの、どうしようもない。
「そうして、 “新たなる神” は、現代に君臨した。神がどれだけ強大な存在かは、言わずとも分かるでしょう。意思力だけで街を作り変えるという、出鱈目な力を行使するようになった。日本のこの街は、五番目の被害地です」
「じゃあ、この街にいる限り、俺は神の掌の上って事なのか?そんなんで、元の街に戻ることができるのか……」
アーサーは目線を逸らす。
俺は膨大な情報量と圧倒的な力に、押されていた。
本当に生きて帰ることができるのか……と。
すると、アーサーが再び口を開く。
「それは私にも分からない。敵は未知数です。しかし、それはそれです、零。まだ話は終わっていません。もともとは、私の名前──。それを説明するべく、話し始めたのだから」
「あ、ああ。そうだな、ごめん、最後まで聞くことにするよ」
すっかり飛んでいたが、もともとはアーサーの名前について話していたのだ。ここまでの前置きがあるのなら、相当なものなのだろう。
「……国際連合はこれを人類滅亡の危機と考え、とある最先端の研究チームと協力し、対策を練りました。その結果、対策の第1段階に成功します。あなたも知っているはず。──
「じゃあ、その最先端の研究チームっていうのは、A.E.を開発した……」
「その通りです。研究チーム:
「アーサーの、生みの親……?」
「順序立てて説明します。国連と
「『観測不能領域』……。あの、ニュースでやっていた」
ついさっき、この災害が起こる前に見ていたテレビで、ちょうどニュースがやっていた。確か、このことについてだったはずだ。
ここまでくると、嫌な予想が浮かぶ。もしかして今、俺がいるのは『観測不能領域』の中ってことか……?
「文字通り観測不能で、外からは何もわからない。黒い壁で覆われていて、中に入ることも不可能。国連はいよいよ本格的に重大視し、神の一連の行いを、『偽神話』と呼称し、新たな対策を練りました」
「新たな対策ってのは、A.E.に次ぐ対策ってことになるよな。一体何をしたんだ?」
「やったことはA.E.の応用にすぎません。意思の力のみでA.E.を起動できる人工知能。新型AIの作成です」
「AI……?意思の力のみで…念じただけで、ってことだろ、それでA.E.を起動するのは、人間じゃ無理なのか?」
「無理です。人間では、脳からA.E.までの回路が複雑すぎて、意思を出来るだけ具体的に形にする──例えば、口に出すとか。そうしなければ、A.E.を起動できません」
なるほど。人間はA.E.を起動するための信号回路を持っているわけじゃないってことか。一回、どこかを経由してからじゃないと無理なんだな。
もしそれが、AIなら必要ないとするなら……。そんなことが、可能だとするならば。
「でも待ってくれ。確かにAI……作られた知能なら、回路を直線的にすることはできるかもしれない。だけど、AIに人間と同じだけの意思力があるのか?」
アーサーは少し困った顔になる。言葉を選んでいるという感じだ。何か言いにくいことでもあるのだろうか。
「……あろうことか、
『実験』というワードが耳を掠める。アーサーが言いにくそうにしていた理由はこれか。おそらくは、非人道的な人体実験と言われるようなものをしていたのだろう。
「だけど、そうして作ったAIを用いてどうするつもりだったんだ?A.E.をうまく扱えるっていうだけなら、人間と大して変わりはないはずだろ」
「そうですね。しかし、AIには力があったのです。A.E.とのシンクロ率が極めて高いAIは、A.E.と連携した武器を使うことによって、破格の力を生み出す──いわゆる、人間兵器となりました」
「そんなことが……」
確かに筋の通っている話だ。一般の人間では何も出来ないこの災害の渦で、A.E.は必須だ。多分、無ければ生きていけない。そんな中で “神” に対応できるのは……力を扱えるものだけだ。そのとき、新型AIはとてつもない力を発揮する。
「『偽神話』に対抗するために残された手段は一つ。神を打倒し、神によって改変される事の無い強固な神話を作り直す。人間、またはそれに近しいAIの手によってです」
「……そんなことが出来るのか?」
「誰かがやらねばならぬことです」
アーサーは立ち止まり、彼女の漆黒の剣を取り出す。
「私はこの剣で、新たな神話を。“剣聖神話”を築きます。数多の困難が待ち受けようとも、必ずやり遂げる」
強い意思を持った声。絶対に曲がる事のない信念を表すその声に、俺は圧倒されていた。
そして同時に、彼女と道を共にするということは、彼女と同じだけの信念を持たねばならないということ──それを悟った。
「我はここに、 “
彼女がAIなのか……!?
突然の事実に困惑する暇もなく、アーサーが動く。剣を持ったまま、アーサーは俺の方を向く。
倒壊した巨大なビルの合間を風が通り抜け、その風が彼女の髪を靡かせる。
「改めて問います」
容姿は、どこから見ようとも可憐な少女。
しかしその姿は、赤い空の下凛々しく咲く1人の剣士そのものだった。
「──あなたに、私と共に行く覚悟はあるか」
俺は、覚悟を問われた。
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