二話・前編 覚悟

「私の名は“アーサー”。かの王の名を継ぐ、この世界の救世主です」


 凛々しさを兼ねた少女の声が災厄の大地に響く。

家々は燃え、アスファルトにはヒビが入り、巨大なビル群は軒並み倒壊している。

 さっきは気づかなかったが、空をよく見ると真っ赤に染まっている。夕焼けのような美しい赤ではなく、不気味な光を放つ赤だ。


「何を惚けているのですか。私の名を聞いて驚かぬ人間など初めてです」


 この人は、何を言って……。

 いたるところに怪我をしているせいか、心なしか意識が薄い気がする。それも相まって、ますますこの人の言ってることが理解できない。


「あー、悪い。ちょっと怪我が酷すぎて、意識が……」

「少し待っていてください」


 少女、もといアーサーは俺に向かって両手を伸ばす。アーサーが瞳を閉じると、手の前に緑色の紋章が現れた。

 やがて紋章から光が放たれ、俺を包んでいく。

 気付いた時には、俺の怪我や痛みは全て消えていた。


「すごいな!体が軽くなった。アーサー……だっけか。感謝するよ、ありがとう」

「礼は不要と言ったはずです。今の回復は、私がただ念じただけにすぎない。あなたも、左腕につけているそれがあれば、出来る筈ですよ」


 俺は自分の左腕につけたA.E.能力強化装置に目を落とす。たしかに、これは意思の力を汲み取るという話だが、流石に念じて怪我を治すというのは現実的に考えられないのだが。


「その装置は、強い意思力さえあれば無限の可能性を秘めています。実際、あなたも目の当たりにしているでしょう」

「目の当たりにしているって、何を…?」

「この町の変貌や災害です。どれほど強い意思を持てば、ここまで出来るのか私には分からない」

「つまりこれは、誰かが意思を持ってしたこと…ってことなのか?」

「ええ。特定の領域を作り変えるこの力は、意思力が元になっている。空が赤くなっているのには気付きましたか?これもその一部です」


 アーサーの言葉に、俺は驚きが隠せなかった。これは地震や津波のような災害ではないのか。誰かが人為的に行った、行為だというのか。だとすれば、今俺はどこにいるのだろうか。この町が、この大地が、元いた場所ではなく、作り変えられた場所だというのなら。


「なぁ、アーサー。これは、意思によるものだって言ったよな。だったらこれは…誰が、何のためにやったんだ?」

「……私にも、目的は分かりません。しかし、誰がやったのかは知っています。そして私は、それと闘うために、ここにいる」

「一体誰が、こんなことを……?」


 アーサーは俯き、俺の前に立つ。


「失礼ですが、話を戻します。私は先程、あなたを弟子に取るといいましたね」

「……?ああ、言ってたけど。それが?」

「大事なことを忘れていました。剣を取るというのは、この災害の首謀……それと、闘う覚悟がなければならない。あなたには、その覚悟がありますか?」


 アーサーの瞳が、俺を真っ直ぐに見つめる。

俺はその凛々しい目線に迫られ、ある記憶を思い出していた。



 「覚悟」という言葉は、俺がかつて最も嫌いだった言葉だ。

 「お前は皆を率いていく覚悟はあるのか」

 「皆が期待している……絶対に勝つという覚悟を背負っていけ」

 何度も聞いた言葉だ。俺は中学生の頃、祖父に勧められ剣道部に入った。他に何をやっても上手くいかなかった俺は、剣道だけは人よりもできた。顧問は厳しいがいい人だった。練習はかなりきつかったが、俺にとって何かに打ち込むことができたのは初めてで、熱心に取り組んだ。もちろん始めたのは中学生になってからだけど、あっという間に先輩達と同じくらいに上手くなってしまった。一年生でありながら、県大会も上位に入った。

 先輩がいなくなって、これからが自分たちの代だということになると、同世代の中で一番上手かった俺が主将になるのは当然のことだった。厳しい顧問から覚悟を問われたが、俺はきっとそれに応えられると思った。この時から、俺が部員の期待を背負っていくことになった。祖父にその話をすると、とても喜んでいた。

 初めは嬉しかった。あまり人に頼られたことがない俺は、自分の能力が人に認められて、頼りにされているというのが気持ちいいと思った。それなりに謙虚だった俺は、今までより一層練習に打ち込んだ。大会での成績は一年の時よりももっと上がって、県大会の一つ上、関東大会まで進出した。

 そのころ祖父は入院していたが、俺はお見舞いに行って関東大会出場が決まったと話した。俺はそのとき、祖父に全国大会での勇姿を見せると約束した。

 俺は順調に腕を上げていて、厳しい顧問からも期待されるようになっていた。しかし思えばその時も、覚悟という言葉が俺に巣食っていたように感じる。絶対に勝つという覚悟の力が、俺には求められていた。

 しかし関東大会を目前に控えて、全てが崩れることになった。祖父が亡くなった。俺は祖父と約束した、全国大会での勇姿を見せるというのがもう果たせないことを知って苦しくなった。ただ一つそれだけのことが綻びとなって、俺はもう剣道をやる気力を無くしてしまった。

 それでも俺は覚悟というものに責められ続けていた。部員の皆を率いていくと、絶対に勝つと、そう覚悟を決めたのではなかったか。何度も覚悟に問われ、自分自身に問いかけた。だが俺はもう竹刀を振ることはできなかった。

 それから俺は剣道部を辞め、高校にいる間は部活にも入らなかった。ゲームを始めて運動もあまりしなかったので、体力も衰えてしまった。大学生になった今の俺には、多分もう竹刀がひどく重たく感じられると思う。振り方ももう忘れてしまった。

 剣道を辞めたことについては後悔していない。でも俺はずっと、正しく覚悟を決められなかったことに後悔している。いや、一度決めた覚悟を、突き通せなかったことに後悔している。だから俺は、もしまた覚悟する時が来たなら、祖父のためにも諦めないと誓った。



 今、俺の目の前には凛とした目で覚悟を問うているアーサーがいる。全てが急で、何も分からないが、何かをしなきゃいけない気がする。

 アーサーは本気だ。災害の首謀である『それ』というのが誰を指しているのかは俺には分からない。──だが、ここが。ここが、もう俺の知る街ではなく、何かに作り変えられたものであるならば。俺はさっきみたいに、死にかけるのはごめんだと思った。

 アーサーみたいな、強さが欲しい。このどこかわからない大地を生き延びる力が欲しい。ここで俺が生き延びた意味を知りたい。


「俺は、死にたくないだけだ。さっきみたいな奴に襲われるのは、もう懲りたよ。アーサーと同じ強さが手に入るなら、まだ生きられるなら、何にだって立ち向かってやる」

「……」


 アーサーが何も言わないので、俺は少し恥ずかしくなってしまった。なんとか場を繕うために、言葉を続ける。


「もとより、アーサーに助けてもらった命だ。死ぬわけにはいかないしな」


 アーサーはゆっくり目を閉じ、そのかわりに、しばらく噤んでいた口を開く。


「……わかりました。あなたは不思議な人です。先刻は死にかけておきながら、よもや覚悟を決める心があるとは」

「そんな、大したことはしてないよ。さっきから助けてもらってばかりで少しは自立しないと、って」

「ふむ。無駄に肝の据わっている人ですね。私はあなたを気に入りました。では、教えましょう。『それ』とは、誰なのか」


 喉元からゴクリ──、と唾の流れる音が自分でも聞こえる。

『それ』とはつまりは、今回の災害のであるということだ。災害に犯人がいるというのも、不可思議な話なのだが、もはやこれは災害以外の何物でもない。


「『それ』は──── “神” と名乗る者です。それも、正体不明の “新たなる神”──」



 

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