エイプリルフールと救世主

茶摘 裕綽

エイプリルフールと救世主

「実はオレ……未来からタイムスリップしてきたんだ!」



 部活に向かう途中、横を歩く親友がそんなことを言ってきた。


 ちなみに今日は四月一日――エイプリルフールである。


 あまりに適当で、何のひねりもない嘘。

 正直、呆れたけれど、本人の気が済むまでやらせてやることにした。


「へー、すごいな! それでそれで?」


「実は今、未来の世界が危機にさらされているんだ」

「ほー、そりゃ大変だー」

「オレはその現状を打破するために、過去から『救世主』を連れてくるという任務でこの時代にやってきた」


 予想外に設定が作りこまれていて驚いた。

 そうだ、質問を投げかけてみよう。一体どこでボロが出るのか楽しみだ。


「そもそもさ、『未来で起きてる危機』って何なの?」

「それは……ごめん、まだ言えない。お前の返事しだいなんだ」

「ふーん、じゃあ一体どのくらい未来から来たわけ?」

「それは答えられる。オレが生きている時代は――令和18年」


 おー、なかなかトレンドを抑えてるじゃないか。でも、流行りに乗ってます感がちょっとあざとい……。


「それで? その救世主とやらは見つかったの?」

「ああ、ずっと調査を続けてきたが、最近やっと見つけることができた。身近な人の中にいたんだ」

「身近な人? 柔道部の戸部先輩とか? 全国優勝してたし」

「違う」

「じゃあ、誰? もったいぶってないで早く言ってくれよ」

「覚悟はいいか……?」

「早くしろって」

「本当に、聞く覚悟は――できてるのか……?」

 

 くどいな、と思いつつ、あまりにも真剣な顔つきに一瞬ひるんでしまう自分がいた。


「わかったよ、はい、覚悟決めました」

「その救世主っていうのは――」


 彼は大きなタメを作ってから、囁くようにその名を告げた。


「県立美原川みはらがわ高校、2年4組15番――高良遼吾たからりょうご


 その名を聞いたとき、ボクの思考は停止した。


「――お前だったんだよ……!」



 ※


 思考が再び回りだしたところで、いつしか自分が嘘を間に受けてしまっていることに気づく。


 そうだ、何で一瞬驚いたんだよ。こんなのエイプリルフールの嘘に決まってるじゃないか。


 はっきりとそう理解しているのだけど、彼の話には妙な説得力があったのだ。


「へー、や、やったー! 救世主とか憧れてたんだよねー」

「本当か!? それはよかった、早速一緒に来てくれ!」


 嬉々とした表情でそう言うと、彼はボクの手を掴んで、強引に歩き出した。


「は? どこ行くんだよ? 部活は!?」

「部活なんてどうでもいいだろ? こっちは世界の命運がかかってるんだよ!」


 踏みとどまろうと頑張ってみるものの、さらに強い力で引っ張られる。


「おい、痛いって! いい加減にしろよ!」

「そっちこそいい加減に覚悟決めろよ、救世主に憧れてたんだろ!?」

「は? あんなの嘘に決まってんだろ!?」

 その瞬間、ぴたりと彼の足が止まった。


「嘘?」


 そして度肝を抜かれたような顔でゆっくりと振り向いて、そう聞いてきた。

 その目には絶望の二文字が浮かんでいた。


「ああ、嘘だよ、嘘ですよ! 嘘に決まってんだろ?」

「……………………」


 しばらく呆然としていたかと思えば、途端に怒りで顔を真っ赤に染めた。


「何で……、何で嘘なんてつくんだよっ!?」


 あたかも心底傷ついたような顔をして、目には涙まで浮かべて。

 ボクはそれを見たとき、完全に呆れ果てた。大声を出す気もおきない。ばかばかしい。

 特大のため息が出る。


「は? 何で嘘つくんだ、だと? ふざけてるのか、先につき始めたのはお前だろ?」

「オレがいつ嘘なんてついたんだよ!? こっちは大真面目に――」


 この期に及んで嘘をついてないという発言。完全になめきった態度にボクの怒りが再燃する。


「現在進行形でついてるだろ!? エイプリルフールだからって調子乗りすぎなんだよ!!」

「エイプリルフール? 何だよソレ?」

「はー、ついにエイプリルフールまで知らないとか言い出すんだ? 本当に呆れるわー」

「だから、エイプリルフールって何だよ!?」


「お前さ、もう――気持ちわるいわ」


「え……?」

「もういいだろ? いつまでやるんだよ、何でそんなに本気出してんだよ?」

「だから世界の命運が――」

「もう、無理だわ。お前が何考えてるのかわかんない――気持ち悪い」

「そりゃ信じられないかもしれないけどさ……」

「もう、開放してくれ。やるなら他のやつにしてくれよ」

「だから、お前じゃなきゃダメなんだ!」

「救世主だから? ハハッ、仮に未来の危機が本当だとしても――ボクなわけないだろ?」

「本当なんだ! 嘘じゃない、信じてくれ!」


「どうでもいいんだよ――未来の世界なんて」

 

 冷たく言い放つと、彼はこれ以上ないくらい愕然とした表情を浮かべた。


「どう、でもいい――だと? 人の命が……かかってるのに?」

「ああ、どうでもいい。見知らぬ人間まで守ってられない」

「……そうか。……わかったよ」


 その後、彼は走り去っていった。


「オレは――信じてたのに」


 ただ一言、そう言い残して――。



 ※

 


 あれから、ひとりで部活には行ったのだが、どうにも気分がすぐれないので早退することにした。気分転換に、と書店に立ち寄るため駅前に来たのだが、そこで誰かに声をかけられた。


「あ! 高良くん!」

 

 振り返ると、大量の荷物を肩にかけ、笑顔で手を振っている見慣れた女子が一人――同じクラスの春川はるかわさんだった。ちなみにあいつとも同じクラスだ。


「おお、春川さん。何してるの?」

「えっと、さっき兄さんからメールが届いてさ。近々帰省するからお土産を買ってきてくれって頼まれちゃって」

「そうなんだ。でもちょっと多すぎじゃない?」

「まあね、色んな人に配るからさ。みんな喜んでくれるから、つい買って行きたくなるんだよ」


春川さんは、ほがらかな笑顔を浮かべる。心底楽しそうだ。


「ところで高良くんは何してるの? ラケットを持ってるってことは部活帰りだよね?」

「そうそう、本屋に寄っていこうと思ってさ」

「そっか。じゃあ、またどこかで」


 彼女はそう言うと、軽く手を上げたあとで歩き出した。

 ボクも「じゃあね」と手を上げて応える。


 彼女の背中を見送り、本屋へと足を向けたのだが、



「春川さん! ちょっと話したいことがあるんだけど時間ある!?」



 気が付くと、遠のいていく彼女を大声で呼び止めていた。

 自分でもよくわからないが、さっき起きた一連の話を発作的に話したくなったのだ。

 心に溜まったもやもやを、誰かに話すことで解消したかったのかもしれない。


「え!? あるけど!?」


 向こうからも、同じく大声の返事が帰ってきた。



 ※

 


 近くの公園に移動し、ベンチに腰掛けた。

 自分から誘ったくせに、いざとなると何故か躊躇してしまって、なかなか話が切り出せない。

 それでも、一度話し出すともう止められなくて、ボクは一方的に全てを吐き出した。


「……というわけなんだ」

「うーん……、高良くんはやっぱり嘘だと思ってる?」

「そりゃそうでしょ、ありえないよ」

「まあねー、エイプリルフールだもんねー」


 彼女は腕を組み、空を見上げて眉間にしわを寄せた。

 しばしの沈黙が流れる。


「でもさ――そこまでやるかなー?」

「そうなんだよ、ふざけるにしても程があると思うんだ」

「いや、そうじゃなくて。普段の彼なら絶対そんなひどい嘘はつかないと思うんだよ」

「でも、今日はエイプリルフールだから」

「いや、いくらエイプリルフールだからってそこまでする人じゃないよ。親友の高良くんが一番わかってるんじゃないの?」


自分でも薄々感じていたことを言い当てられて、ドキッとした。


 「『気持ち悪い』っていうのは、普段とのギャップが原因でもあるんじゃないの?」

「まあ、そうなんだけど……。じゃあ、春川さんは――信じるの?」

「決め付けることもできないと思う。……信じたいのかも」

「……なるほど」

「それに、意外と信ぴょう性はあるかもよ?」

「え?」


 予想外の言葉に、同様を隠せない。ボクは目線だけで彼女に続きを促した。


「ここからは、『本当に未来人だ』って仮定した上での考察なんだけど――実は彼、転校生だって知ってた?」

「いや……全く初耳……」


 親友を名乗っておきながら、あいつとは二年になってから知り合ったので、それ以前のことは何も知らない。


らしいの――おかしいと思わない?」

「確かに。親の転勤にしても変なタイミングだ。でも、未来にだってエイプリルフールはあるだろ?」

「それは多分、彼自身の問題かな。結構、世間知らずっていうか、テストだって毎回酷いし……」

「あー、そうだったー。アホの子だったー」

「それと、これはかなり有力な情報なんだけど――んだって。これってつまり……」

「……救世主を探すため?」


 神妙な面持ちで彼女はゆっくりと頷いた。


「あー、絶対に嘘なのに、何か本当っぽく思えてきた」

「まぁ、嘘だとしたら明日は普通に戻ってるんじゃない? 嘘が許されるのは一日限定でしょ? もしずっと言い続けるようなら、信じてあげるのもアリなんじゃないかな?」


 そう言って彼女は立ち上がり、こちらに手を差し出してきた。


「ワタシは――

「ハハッ、人類全員? 疑うことも覚えたほうがいいよ」


 その手を掴んで、ボクも立ち上がる。


「そろそろ行くね」

「うん、相談にのってくれてありがとう」

「じゃあ、元気でね」


 ボクが頷くと、今度こそ彼女は去っていく。

 ひとり残された公園、ふと最後の言葉が気になった。


 元気でね――? 


 一週間もしたらまた学校で会えるというのに。


 帰り道、ベッドの中、ずっと色々なことが頭の中で回っていた。


 なかなか寝付けないまま、静かに夜はふけていった


 

 ※



 時は流れ、新学期に入り、気づけばあの日から一ヶ月がたとうとしている。


 彼の言葉が本当だったのか、それともやはり嘘なのか。

 未だ、答えは分からない。


 ただ、ひとつだけ確かなことがある。



 ――彼はあれ以来、一度も学校に来ていない。



 転校したのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。誰も詳しいことは知らない。

 全ての真相は闇のなか、というわけだ。


 そうだ、それからもうひとつ。

 実は、あの日以来――



 ――なぜか春川さんも学校に来ていない。



 授業中も、いつでもどこでも、心ここにあらず。今でも二人のことが気になって、気づけば空を見上げて考え込んでしまう。



 未来のことはわからない。



 ただ、願わくば、



 令和が18年以降も、平和に続きますように――。


 

 世界の命運は、ボクらに託されている…………のかもしれない。      完



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