切り札はフクロウ 「窓」

@nakamichiko

「フクロウカフェだよ! 」


 これこそ、という感じで社長は言った。小さな会社の重役と、同年代の意見を求めるための若く優秀な社員を集めた会議でのこの発言は、失笑とある種の侮蔑を、ひた隠しに隠すことを社員全員に求めた。だが社長はそんなことなど全く関係ないという感じで話を進めた。


「剰余金でやる事業なんだ、利益は度外視でいい。だが会社のイメージと知名度のアップにつながらなければならないからね。これからは世界も視野に入れてゆく、そのためのものだ」


「だったら我々の給与をもっと上げてくれればいいのに」全員一致の意見であろうが、誰も口に出して言えはしない。何故なら今の時代としては我が社は高めの給料と、優れた福利厚生のシステムを持っている。これについて社長に強く進言したのは自分であった。その結果、「辞める人間」はほとんどいない。若い社員だって、入社して友人よりかなり給料がいい、休みも多い、とくれば辞める気は次第に芽をひそめてゆく。そして結婚をして子供が出来れば猶更のことだ。こちらとしても、入れ代わり立ち代わりの新人を育てる時間と労力の節約になる。


「どうかな? 」


皆の見えるところで社長は見渡したが、他の社員はちらちらと自分を見ているものがほとんどだった。仕方のないことだ、私は社長の「右腕」として会社創設時から一緒にやってきた。時には激しく意見をぶつけたこともあり、それこそ妻も子供もいるのに「辞めようか」と思ったのは数知れない。だがそのたびに社長から引き留められ、あと数年したら退職というところまで来ている。そしてもう一つとても大きな理由があった。


「社長、フクロウカフェには大きな問題があります。フクロウは夜行性、昼間に人に会うのは、彼らとって睡眠時間を奪われるのと同じなのです。ネットで暴露記事も出ていました。そんなことをすれば、今から海外に出ようとする我が社のイメージダウンでしかありません。特にヨーロッパ諸国は自然保護の意識が高い、そんな企業とは取引をしないと言い出しかねません」私の意見に

「ほおー」という声が出た。

「さすが、バードウオッチヤーだね、でも私だってそれは知っているよ、だからそれを逆手に取るんだよ」


「逆手に取る? 」思わず若い社員がつぶやいた。


「その記事は見たよ。だったらちゃんと一時間交代ぐらいでお客さんの所に行くフクロウを決める。そうすれば彼らのストレスも少なくなる。体調等々を管理してね。そしてそのフクロウだって、ケガをして飛べなくなったものをそうしたらいいじゃないか。まあ、ペットとして飼えなくなって、と言うものでもいい。保護をしているフクロウの住処になればいいじゃないか」


「ほお・・・」他の者は感心したように言った。社長がそこまで考えているとは 長い付き合いの私ですらわからなかった。だがこの人はやはり発想が違うと改めて感じさせられた。一人の男としてみた時に、やはり彼は紛れもない成功者なのだ。

「鶏口となるも牛後となるなかれ」

自分は、自分達は後者なのだと言われている気がした。


「何せ我が社には専門家もいる、本当に鳥の好きな人間のやっているフクロウカフェなら、客は安心して、気分も良くは入れると言うものじゃないかね」


誰も反論は出来ず、会議が終わって他の人間から言われた。


「今までの苦労をねぎらってと言うことなんじゃないですか? 」

「そうかな、丁度良いリストラの気がするが」

「それは違いますね、社長の性格上、だったら「辞めろ」といいますから」

「そうだね・・・」それ以上は他の社員も何も言わなかった、彼らの胸に去来したもの、それは皮肉なことに私の話であったろうから。


 まだバードウオッチングを始める前、近所に真新しいフクロウカフェが出来て、子供たちも巣立った今、妻と「行ってみよう」と二人で訪れた。


「こんなに美しいものなのか」

二人で感嘆した。いろいろな種類のフクロウがいたが、微妙な羽の色合い、それが目の部分では小さく、そしてどんどん大きくなってゆく。

「これでは脳が小さくなるはずだ」彼らの羽の遺伝情報がきっと多すぎて、そうなってしまったのだろうと夫婦で話した。彼らをほれぼれと観察していると、あることに気が付いた。

ずっとフクロウが何かを見ている、そこからほとんど目を離さない。

その方向をたどるとあったのは、「窓」だった。船のような円い小さなそれを、じっと、ずっと、見ているのだった。


「そうだ・・・彼らは翼あるもの・・・飛びたいのだ」


 二人で店を出て、二度といかなかった。その話を私は会社で何人かにしたのだ。ただ、社長にはしていなかったと思う。

結果この仕事を断ることはできず、仕方なく、でも自力で生きていくことが難しいフクロウたちを集め始めた。手続き等々でいろいろな苦労をする中、社員の一人がため息のように漏らした。


「どうも、「フクロウが社長にとって重要な生き物になる」と占い師が言ったからみたいですよ」


 それを聞いて私は驚きも怒りもなかった。そう言うことは案外経営者は素直に聞いたりするものなのだ。


「いいんだよ、傷ついた彼らには手助けがいる、ここが彼らと私の終の棲家だったらそれも本望さ」と私は答えた。そして、揃ったフクロウたちを獣医の所に連れていった。処置をしてもらうために。


「飛ぶ鳥は つばさを切り」


 吉田兼好の徒然草の中にある一文だ。教科書で習った、野生動物は飼うものではないと断言した名文だ。だが昔から飼う人間はいて、その方法も知っていた。

翼を切るというのは、実は初列風切り羽という羽の先の一部分をほんのちょっと切ることなのだ。たったそれでどうなるかといえば、車で例えるとわかりやすい。

つまり走りはするが、コントロールが全く効かなくなる状態になるのだ。そんな車に人間は誰も乗らない。彼らは飛べなくなるのではなく「飛ばなくなる」のだ。

ここに連れてきたフクロウたちは飛べなくなった者がほとんどだが、それでも獣医が羽にはさみを入れ。


「ピチッ」


というとても小さな音を聞いた時、私は全身から血の気が引いた。彼らは飛べない、だがこんなことをしていいのか? 私は野生の鳥が好きではなかったのか? 自由に飛び回り、少しもじっとしていない彼らが。


「あんなに追い回して」


と公園を散歩している人からバードウオッチング仲間とともに非難を受けても、それでも彼らはあまりに美しい。飛んでいる姿はそれこそ芸術だ。

始める前は

「何故木彫りの鷹がいいと思うんだろう」と半分バカにしたように思っていたが、鷹の、鷲の、フクロウも含めた猛禽類の翼を広げた姿は、それは勇ましく、優美だ。しかも木彫りと違って本物には色がある、大体彼らのお腹の部分は白い、それは獲物に見つかりにくくするためなのだ。すべての動物はそうだ、長い進化の歴史の中で行きついた究極の色であり形であるのだ。


「ごめんな・・・ごめんな・・・」


この年になって、こんなに泣くことがあるのかと思うほど、自分は涙を流した。家に帰って目を見た妻が驚くほどに。

そうして準備は整い、あと数日で開店というときだった。



「すいません、お世話になっています」

と店に一人の年配の女性が入ってきた。

「ああ、これは奥様」社長夫人である。もちろん自分は何度もあったことがあるが、この女性が面白い人だった。


「うちの母ちゃんが」と社長はよく言っているが、「母ちゃん」という言葉が全く似合わないタイプなのだ。上品で、苦労なく育った深窓の令嬢のように見えるが

「タダの農家の娘だ」と社長が教えてくれた。だがこの人のお陰でいろいろな事が上手くいったのは事実で「あんな奥さんよくいたな、美女と野獣だぞ」と社長仲間では有名だった。


「ああ・・・こんなにも・・・美しいものなのですね・・・小鳥は見たことがありますが、大きくなるとまた一層素晴らしく感じますね。金網がないとよく見える。ああ・・・目の周りの羽がなんて、芸術品ですね」

「そう言えば、カワセミがいるでしょう? カワセミには翡翠の漢字をそのまま使うんですが、実はカワセミの漢字をヒスイに使ったといわれているんですよ」

野鳥愛好家ではよく知られた話である。

「そうなんですか! カワセミが先なんですね、本当にカワセミの色も美しいですものね。ああ、孫も連れてきたいです、開店してしばらくたったら必ず連れてきますね」といって帰っていった。


 オープンしてこの「保護のためのフクロウカフェ」はなかなかの人気で、その中、社長夫人が孫を連れてやってきた。私はその子たちの帽子に見たことのあるピンバッチがあるのに気が付いた。

「こんにちわ」小学生の男の子が私の前に来て

「野鳥のこと教えてください、エナガがカメラで撮りたいんだけど、上手くいかなくて・・・」

「そうだね、せっかくエナガのバッチも付けているから。でも最初から小さくて速いエナガは難しいよ、はじめはやっぱりスズメで十分練習するといい」

「どうも有難うございます、おじちゃんにいろいろ教えてもらいなさいね。私あれから鳥が好きになって、野鳥の会に入ったんですよ。記念にピンバッチをもらったら、孫たちみんなが欲しい欲しいというので。寄付して貰ったんです」という社長夫人胸にもピンバッジがあった。それは北海道のシマフクロウのシルバーのもので、高額の寄付をすればもらえるものだ。


「新しい趣味が見つけられてとてもうれしいです。できる限り協力しますね、他の飛べなくなった鳥たちも保護できるといいですね」


 私はあの時のことを思い出した。


そう、私は一生忘れない、まるでプラスチックトランプをハサミで切ったようなあの音を、決して忘れはしない。

だが、鳥たちのために、ここでできることもあるはずなのだ。

それにはもちろん多額の費用と、力ある人脈がいる。


「社長には感謝しています」婦人にそう言い、はしゃぐ孫たちは「先生、先生! 」と私の事を呼び出した。


私は思った。


「切り札はわが手に」

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