それは口実のためのもの、

 ボタンを押してから、あっと思っても時すでに遅し。自販機は無情にも紙パックのイチゴミルクをおとしてくれた。隣のコーヒー牛乳が良かったのに、と思うけど、たった80円、けれど80円が惜しいし、飲めないわけではないから仕方がない。少し甘過ぎるけど我慢するかと手にしたままのイチゴミルクを見ながら歩きだして、どん、と誰かにぶつかる。


「おわっ」


 後ろによろめきそうになったのを支えてくれたのは、クラスで一番顔の整っている男、山崎やまざきだった。


「ごめん、しろがねさん、平気?」

「いや、見てないあたしが悪いでしょ、何であんたが謝んのさ」

「…どこもいたくない?」

「ないない」


 そう、と笑った山崎はポケットに手をつっこんで小銭を取り出している。こいつもちょくちょく自販機で飲み物買うよな、と思いながら歩き出す。がこん、という音を背中で聞きつつ、あまり人の来ない屋上近くの階段上で昼食をとるのが好きだから、いつもの定位置に行こうとして、後ろから声をかけられる。


「銀さん」

「なに?」


 これ、と差し出されたものはコーヒー牛乳で山崎を見上げるとやっぱり困ったように笑っている。


「ぶつかったお詫び」

「いや、…だからさぁ」

「……え、っとじゃあ」


 じゃあってなんだ、と言おうとして、そのままイチゴミルクの上にコーヒー牛乳が置かれる。


「プ、プレゼント…」

「はあ?何の?」

「何だろう、気持ち…?」


 首をかしげる山崎にこっちも首をかしげるしかない。


「あんた変な奴だよなあ、つーか二本もいらないからあたし」

「じゃあ、交換しよう」

「は?」

「イチゴミルク…間違って買ったんじゃない?」

「あんた見てたの?」


 そういうと目を左右に動かした後申し訳なさそうな顔をする。


「銀さんもよくあそこで、飲み物買うのいつも見てたから」

「いやまあ、あんたとはよく会うけどさあ」


 普通、相手の買う飲み物なんかみねえだろと思うけど、あたしが見ないだけなんだろうか。


「銀さんが嫌じゃなかったら、それと交換しよう、金額も同じだから」

「………あんたイチゴミルクでいいの?」

「いいよ?」

「………まあ、それなら、あたしも願ったりかなったりだけどさあ」


 じゃあ、交換ね、といって山崎が優しくイチゴミルクをとっていく。こいつ甘いの好きなんだなあと思いつつ、助かったわ、と言えばやっぱり山崎は笑う。

 こういう雰囲気がモテるんだろうなあとしみじみ顔をみてしまう。


「な、なに?」


 そういえば山崎は恥ずかしがり屋だったっけ?と思いつつ、あんたって顔がいいよね、というと山崎が目をぱちくりさせる。


「そう、なのかな」

「モテるじゃんあんた、自覚ないの?」

おき君にも言われる…」

「ほらな」

「見られてるのは恥ずかしいよ」

「ふうん、恥ずかしいんだ」


 じろじろとつい見てしまう。

 こっちをちらりと伺っては恥ずかしそうにするのからしてガチではあるらしい。


「銀さんは堂々としてて凄いなあ」

「いやガサツなだけだからあたし」

「…そう、かな」

「そうそう」

「銀さんあの、良ければ」

「あ?」

「昼食、一緒、してもいいかな」

「あぁ、別に?良いけど?」

「そ、そう、ありがとう、」


 山崎って結構友達いなかったっけ、と思いつつ、その日初めて山崎と昼食をとった。

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