@これで相殺したと思っただろうか
一度話をしたくらい。それでも少しだけ人柄に触れたような気がして、怖がるほどではないのかもしれない、と思うと、見かけたら挨拶くらいはしておこうかと毎朝ホームで姿を探しては見るのだけど、相変わらずクラスメイトの
川内君とは以前、一緒に駅前まで少しお話して帰ったっきり、会話もない。利用駅が一緒だから、見かけたら挨拶くらいはしようかな、と思い出したときに探してみるけど、帰りの時間は兎も角、朝、一緒の電車に乗っている筈だけど見かけない。別の車両に乗っていたのだとしてもホームでみないのも、本当に不思議だ。
「
よく一緒にお昼休みを過ごす
「ちょっと不思議なことがあって」
「そうなんだ、じゃあ、…いつかそれ、解明されるといいね」
「うん、そう思う」
彼女は内気な人で、私も、まあそれなりに内気、ではあるけど、彼女はさらに輪をかけた内気というか控えめな性格だと思う。どうしたの、とは尋ねても深く聞いてくることはしないし、聞き手に回ってにこにこと相槌を打っているタイプだ。
「そういえば」
帰り支度をしながら江坂ちゃんが思い出したように顔を上げる。
「多分、唯子ちゃんのこと待ってるんだと思うけど」
「へ?」
後ろ、と小声で言われ、振り返ると川内君がドアの後ろに立っている。しかもどうしてかこちらを見ている、気がする。
「わ、私を?」
「多分……私じゃないとは思うんだけど…違う、かな、違うかも?」
川内君はあまり女の子と話さない。江坂ちゃんは話したことがないらしいから、だとすると、私なのかな?と、恐る恐る近づいて、それから声をかける。
「か、川内君」
前髪が長いせいでどこを見ているかわからないけど、反応はしてくれたらしくて少しだけ顎が下がる。
「どう…かした?の?」
無言のまま、彼は肩から下げていた鞄の外側のポケットを指先でするすると、撫でて、それから指先だけを中に入れて、
「あ」
取り出されたのが、私の定期券入れだった。
「え、あ、あれ?」
「朝」
「も、もしかして、落とし、た?」
「落してた」
人差し指と中指だけで挟んだ定期入れがそのまま手元に差し出されて慌てて受け取る。
「あ、あの、ありがとう…!」
「……すぐ、渡せばいいんだろうけど、…タイミングわからなかった」
「そ、そんなことないよ、私てっきりいつも通り鞄にちゃんと入れた気でいたから、ありがとう…!」
「…………うん」
かくん、と頷いた川内君はそのまま歩き出してしまう。
「あ、あの、川内君、お、お礼っあの、私…」
「…いいよ、これでチャラだから」
「えっ、あ、でも、それじゃ全然…」
「じゃあね」
全然チャラ、になってないと思うんだけどどうなんだろう、と考えてしまう。起こしたっていってもあの日は結局川内くんに駅まで一緒に歩いてもらってしまったし。
「唯子ちゃん」
定期券入れを握りしめてため息をついたタイミングで、江坂ちゃんが話しかけてくれる。どうしよう、と声に出さないまま困った顔で見てしまったけど、彼女はふふ、と少しだけ笑う。
「川内くんって、恥ずかしがり屋さんかな?」
「どう、なんだろう…」
「定期券良かったね」
「うん」
「どうしても気になるなら、お返しもありかもしれないと思うけど、」
「……川内くんが気にしちゃうかもしれない、から、改めてお礼だけ言おうと思う」
「そう」
うんうん、と笑顔で頷いて、ただ相槌を打ってくれる江坂ちゃんは、時々、こうして私の背中を押してくれるような気もする。というか、江坂ちゃんが話を聞いてくれるだけで結構、一歩を踏み出す元気は貰えるんだけど、多分、彼女はそんなつもりはないんだと思う。思うけど、聞き上手なんだな、と思ってしまう。
「ありがとう江坂ちゃん」
「ん?どういたしまして、なんだか、わからないけど、唯子ちゃんにそう思ってもらえたなら、どういたしまして、って言っておく」
とりあえず、川内くんに迷惑が掛からないほうがいい、から、電車で帰る時、いつものらない車両に乗ってみよう、と小さく決意をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。