第14話 謎の男の正体
「クロガネさん。お待たせです」
「おークロガネくん。いやースッキリしたよ。トイレに人が並んでて危うく漏らすところだったよまったく」
「……」
トイレの前で待機していると、三人がハンカチで手を拭きながら同時に戻ってくる。つい数分前まで彼女たちと一緒にいたはずなのに、随分と久しい逢瀬のような感覚がする。何はともあれ、特に変わりない三人の様子を見て、俺はほっと胸をなでおろした。
と思いきや、青海が俺の近くに来て、犬のように鼻をひくひくと動かし始めた。
「……クンクン。なにやら煙草の臭いがする」
「え?」
青海の言葉に釣られて、雪那は素っ頓狂な声を出して、青海と同じように俺のもとへ近づいては臭いを嗅ぎ始めた。
「え、えっとこれは……実は俺もトイレに行っていたから、その時臭いが服に移ったんじゃないか?」
嘘は言っていない。この煙草の臭いは、おそらくあの男のものだろう。あまり広くはない男子トイレの中で男と接触していたため、臭いが移ったのだろう。
「……私が小さいころに嗅いだ臭いに似てる」
「ドキッ」
まずい。俺があの男と会ったことがバレるかもしれない。俺にとっては別に構わないのだが、あの男にとってはまずいだろう。何故なら、彼はこう言っていたのだから。「今、私があの子たちの前に姿を現すわけにはいかない」と。
その理由は分からないが……。
「ただ単に銘柄が似ていただけじゃないか?」
仕方がない。今はあの男に協力することにしよう。
「うーん。そう言われればそうかも。クロガネ君。昔、私たちとよく遊んでくれたおじさんがいてね……」
その後、青海の思い出話を聴きながら、俺たちは改めてショッピングに回った。通称“安い店”でようやく服を購入し、スーパーで買い物をしてから家路へ向かった。いつしか思い出話には雪那も乗っかってきて、桃子もどこか遠くを見据えながら相槌を打っていた。話に付き合いながらのゆったりとした帰路だったので、家に着いた時にはもう一時を回っていた。
昼食は、今日もカップ麺だった。
春の日差しが窓を突き抜けて差し込んでくる午後ののどかな空気の中、家の中では三人の少女たちが陽気に当てられて眠りに落ちていた。雪那は、前回のようにこたつの机に上半身を伏せて眠っている。青海は仰向けに、桃子はうつ伏せになって床に転がっていた。
俺はというと、三人から離れた場所に陣取って、両腕両脚を組みながら、あの男から貰った紙とにらめっこをしていた。
「本名……斎藤浩二。携帯電話番号は……」
十一桁の数字の羅列が、その紙には記されている。
「いつでも連絡してこいって言ってたけど……。どうやって電話すればいいんだ?」
この家には固定電話はある。しかし、少女たちにバレないように通話するのはなかなか難しそうだ。
「せめて住所の方を書いてくれれば、手紙を出すという選択肢もあったんだが……」
残念ながら住所は書いていない。シークレットだ。本名と電話番号しか分からない。名刺にしても情報量が少なすぎる。まあ仕方がない。電話は、平日に三人が学校へ行っている間にかければいいしな。
名字は斎藤か……。残念ながら、心当たりはまったくなかった。
「ま、考えても仕方ないか……」
無傷で戻ってこれただけよしとしよう。それに、情報が全くなかったわけではない。この家には少女たちの両親が住んでいないことは確かで、今は別居している。理由は不明だが、あの叔父の男もこの家に住むわけにはいかないようだ。いざとなったら一応連絡もできる。
それに、親子別居と草野君の失踪とは無関係ではない。これは、男と去る直前に教えてもらったことだ。このあたりのことを探っていけば、未知のベールに包まれた草野君の状況も把握できるかもしれない。
自分自身の正体も気になるが、まずはあの子たちのことだ。自分の記憶に関しては、また追々探っていけばいい。
「……ま、なるようになるさ」
頭の中の整理が終わると、急激に眠気が襲ってきた。眩しい陽光の中で小さな紙に書かれた小さな文字を見つめていたので、目も知らず知らずのうちに疲弊していたみたいだ。俺はすぐに目を閉じて、夢の世界へと誘われる。
もっと知りたい。草野君のこと。あの子たちの両親のこと。その間に何があったのか。
それらが決して軽い出来事ではなかったことが分かるのは、もう少し後になってからの話だったが。
”記憶捜索者” 梅衣ノルン @norunumei
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