第78話 ただしい過去のつかいかた
間ができた。
キリタは驚愕を通り越して石化した。マロナはどう反応したらいいのか決めかねるような複雑な顔で絶句した。サイは全員の反応を見て、楽しそうににやついている。
アシュラドは、
「は……は…………はぁっ!?」
困惑しつつ動揺し、僅かに赤面していた。
「いくら生き残り同士でも、どうでもいいひとのこどもほしいなんて、思うわけないじゃん」
「だ、だ、だって、お前」
「だって、なに?」
アシュラドは言葉を探す。
様々な思考が脳内を駆け巡るが、ひとつも適切なものが見つからない。
ややあって、ようやく捻り出したのは、
「お前は、子どもだろ」
苦し紛れのひと言だった。
「へっへへー」怒るかと思ったパニーは目を半分閉じて、薄く笑う。「言ったね」
「へ?」
「これまでのわたしなら『君にこどもとか言われたくないよ』とか『歳はわたしのほうが上だもん』とか言うところだけど、それじゃこどもって言われてもしかたないもんね。
逆に、こどもであることだけが問題なら、問題はない」
「……や、ちょっと待て」
アシュラドが反論しようとするが、パニーはそれを許さない。
「わたしは歳とるのみんなより遅いけど、大人にはなってくわけだし?
そもそも今の状態でも、こどもじゃないって認めさせればいいわけだし?
いざとなれば、すぐにでも大きくなれないわけじゃないし?」
最後のひとつの意味が解らず、アシュラドは眉間に皺を寄せる。
パニーがとどめのひと言を口にする。
「ナウマに『時の助けを必要としたとき、望みを叶える』って言われたのが、君だけとでも?」
アシュラドは牙を剥き出しにして大口を開ける。言葉が出てこない。
傍らで拍手が響いた。手を打つサイの顔に「面白くなってきやがった」と書いてある。
「あんたね……」マロナが困惑顔で呟く。
キリタはそのまま風化して砂になりそうな顔で止まったままだ。
「というわけで、これからぐいぐいいくので。よろしく、
サイすら見たことがないような複雑な表情を秒単位で更新したアシュラドは、数秒後
「しばらくひとりにしてくれ!」
頭を抱えながらなんの捻りもない台詞を吐いて、屋根に上っていった。
パニーも敢えてそれを追いはしない。消えたほうを見送り、
「ん、かわいい」
と満足げに微笑んでいる。
「あの調子だと案外、遠からず攻略されるかもな。
いいのか?」
「なにがよ」
噴き出すのを堪えるようなサイの顔に、マロナが仏頂面の舌打ちで応える。
「しかしパナコ。随分吹っ切ったんだな?」
「まーね」
声を掛けられたパニーは、サイに向き直ってくだけた笑い方をする。
それから真顔になって、肩の力を抜いた。
「あのね……はじめて会ったときにアシュが言ってたとおりなんだ」
「うん?」
「わたしはずっと、笑っちゃいけないって思ってた。
みんな死んでしまったのに、のうのうと生きる自分が幸せでいいはずがない。
誰かに優しくされたり、食べものがおいしかったり、芸をおもしろがったり……そんなの、許されるはずがないって。
いっそ忘れられたらと思って……一瞬でもそんな風に思った自分を最低だと思って。
死にたいと思って……けど死んだらそれこそ助けてくれたことが無駄になると思って。
やりなおせるっていう話に、すがった」
パニーの口調は無感情ではないものの、自責などの暗さも含んでいない。
「でもほんとうは……自分にそんな力がないことは、最初から痛いほどわかってた」
軽く、目を細める。
「だからわたしはやりなおしたかったんじゃない。
自分が、楽になりたいだけだった。
そのことに、心のどこかではとっくに気づいてて……わたしは自分をひどい人間だな、って嫌悪して、そのくせ気づかないふりをしてたんだ」
「もう、大丈夫なのか?」
答えが解っているのだろう。サイの顔は、優しい笑みだった。
「だいじょうぶ」
パニーはそれに同じ顔で返す。
「ただしい過去のつかいかたを、わたしはもう知ってるから」
「……そっか」
サイが歯を見せて笑う。
それを聞くマロナもキリタも、つられて笑う他なかった。
パニーは空を仰ぐ。
そして深く息を吸う。横隔膜を限界まで下げて腹を膨らませ、さらに胸にも空気を満たす。
真っ直ぐに、蒼穹の果てまで届くような声を響かせる。
「わたしは、幸せになりたいよっ!」
笑った姫の瞳と髪は、太陽を浴びて鮮やかに煌めいていた。
ただしい過去のつかいかた ヴァゴー @395VAGO
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